三遊亭円朝の幻の落語を捏造する。そう簡単には挑めない所業だが、当代一の語り部辻原登なら可能かもしれない。
小説の書き手としての辻原登が語り手となり、辻原の『黒髪』という短編にも登場する橘菊彦という大学教授の妻が秘匿していた、三遊亭円朝の落語の速記が翻訳されていく。しかしそれはどうも円朝以外のだれかが書き手となった贋作であったようで……と、小説と作中作の間に何本もの複雑な回路が張り巡らされている。『夫婦幽霊』の翻訳部分では、なんと注記が物語を前進させたりもする。
偶然作者の手に入った物語といえば言わずもがなの『ドン・キホーテ』だし、モーパッサンにフローベール、さらには芥川まで召喚されるにぎやかさ。
かように複雑に物語が構築/分解された小説でありながら、それらのギミックがすべて、物語としての小説の面白さ(批評としての面白さ、でなしに)に直結していくのがすばらしい。小説を壊すことはけっこう誰にでもできる芸当だが、壊すと同時に創り出す、これは相当な書き手にしかできないことだ。いったいこの書き手、この後どこまで行くのだろうか。事象の地平線?
- 作者: 辻原登,菊地信義
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2007/03/21
- メディア: 単行本
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