こづかい三万円の日々

40代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

君は最近何をした? 覚醒を促す『ウォンテッド』

 映画『ウォンテッド』を試写会で観てきた。
 あまりにもボンクラ度の高い予告編、町山智浩さんの紹介*1など、たとえば最近で言えば『シューテム・アップ』みたいな、ボンクラの血は騒ぐけれど、ポップコーンと一緒にすぐに消化できちゃいそうな映画なのではと思っていたのだが、なかなかどうして、かなり熱い映画であった。はずかしいけれど、(『ホット・ファズ』未見の現時点では)08年のベスト!


 主人公は25歳の青年ウェスリー(ジェームズ・マカヴォイ)。傲慢な上司にどやされ、親友に女をとられ、うんざりするような変わりのない日常を過ごしている彼の前に、謎の美女フォックス(アンジェリーナ・ジョリー)が現れ「あなたは選ばれた人間。私と一緒に暗殺者として戦うのよ」と告げる……。


 ここで82年生まれ90年代アクション育ちのぼくが思い出すのは、なんといっても『マトリックス』第一作だ。コンピュータに管理された人類を導く救世主として、キャリー=アン・モスに覚醒を促されるネオことキアヌ・リーヴス。『ウォンテッド』の導入とほぼ変わらない。
 『マトリックス』第一作はボンクラが己の力に覚醒するところで終劇となる。当然、続く第二作・第三作では覚醒したボンクラが世界を再認識し(reloaded)、ボンクラが世界を変える(revolutions)はずだったが、ウォシャウスキー兄弟のボンクラ性は複雑な映画世界のなかに埋没し、非常にぼんやりした雰囲気のなかで(まるでぼくらにとっての「21世紀」のおとずれのように!)三部作が終結することとなってしまった。

 非常に感傷的かつボンクラな言い方をするならば、ぼくはいま、ネオが変えられなかった世界のなかで生きている。
 救世主が世界を変えてくれなかった世界。
 革新的な映像と、それがひきおこす熱狂が、新たな何かをもたらすはずだったのに。


 『マトリックス』ののち、その後を引き継いだのはサム・ライミの『スパイダーマン』だった。
 911を経て、アメリカの救世主としての荷を背負わされたスパイディは、しかし、救世を気負うことなく、ただMJというたったひとりの女子のために戦い続ける。――大いなる力には大いなる責任が伴う――ピーターくんはおじさんのこの教えを胸に、ボンクラからひとりの男へと成長する。


 ゼロ年代のもうひとりのヒーロー:ジェイソン・ボーン(『ボーン・アイデンティティー』以降の三部作)もまた、スパイディと同様に、「記憶はないけど、オレってば格闘とスパイの天才!」という非常にボンクラな地点からスタートしながらも、戦う者の理由と苦しみを常に考え続ける、求道的存在としてのヒーロー像にたどりつく。


 ならば、本作『ウォンテッド』のウェスリーはどうか?
 彼は一千年におよぶ歴史を持つという暗殺者集団フラタニティに、凄腕暗殺者だった父の血を継ぐサラブレッドとしてスカウトされる。特異な身体能力を発揮し、そこそこの自信もあるウェスリーだが、フォックスに殴りまくられる「訓練」を受けることになる。「あんたはここに何しに来たの」という問いかけに、くだらない言葉しか答えられないウェスリー。が、痛めつけられる日々のなかで、ついにかれは自分の求めていたものを見出す。

「ぼくは自分が誰だかわからないんだ」

 何が自分の真の姿なのか。
 この問いをえて、初めて彼の修行が開始される。
 彼はフラタニティーのなかにアイデンティティーの拠り所を見出すが、幾多の戦闘を経て、彼は信じたものを次々に失っていく。それでも、救世主としての義務感でもなく、男として守るべきもののためでもなく、ただ、自分のアイデンティティーを勝ち得るため、かれは戦いを続けるのだ。自分が自分であるために戦い、生きる――それはボンクラ以外のなにものでもない。

 エンディングは実に心揺さぶられるものだ。
 信じたものを全て失い、ふたたびウェスリーが戻っていくもとのくだらない日常――そこを見事に打ち抜く銃弾。ウェスリーがウェスリーとしての生を全うするために邪魔なすべてのものを打ち抜く銃弾。ボンクラはボンクラな自分のためだけに生きるのだ!
 銃弾は、『マトリックス』以来の何千何万の銃弾が描かれたのと同じように、スローモーションで発射から着弾までの軌跡を映し出される。使い古され手あかのついた、スローモーションのためのスローモーションはしかし、ここで、ボンクラのためのボンクラ表現という最高のステージを手に入れる。そしてウェスリーは、観客に向けて問いかける。

君は最近なにをした?

 それは君の本当にすべきことか。君の信じていることなのか。
 君はいったい誰なんだ。
 救世主を待つな。自分で戦え。


 『マトリックス』を祖とし、しかし『マトリックス』の描かなかった熱を抱いて、この映画はボンクラの胸に突き刺さる。傑作!