試写会で『TOKYO!』を観る。
ミシェル・ゴンドリー、レオス・カラックス、ポン・ジュノの三人による、東京を舞台にしたオムニバス。
オフィシャルサイト*1には「世界のトップクリエーターが、ポップカルチャー溢れる東京の今を鮮明に描く!」なんて惹句があって、いくつかのファッションブランドとのタイアップ企画なんかも始まっていて、オサレな映画として売り出されているようだが、気を付けろ! そんな生やさしい映画じゃないぞ! 特にみっつのうちひとつは相当な地雷だ!
ゴンドリーの『インテリア・デザイン』は、藤谷文子がすばらしい。彼女の魅力が炸裂する後半までがまどろっこしく、地方から東京に出てきたアーティスト志望のカップル(藤谷&加瀬亮)の描写はそれなりに面白いけれど、それでもダメ人間過ぎてときどききびしかった。もうちょっと物語を整理すればいいのに、と思ったら、原作があるらしい*2。ふーん。
カラックスの『メルド』は……はい、これが地雷です。地雷ですよー!!
フランス語で「メルド」と言えば「糞」って意味。その「糞」って名前の怪人が、銀座で暴れ回るところから映画ははじまる。序盤のひたすらくだらない雰囲気、これは『ジャッカス』や『ボラット』的コメディなのかな、と油断していると、メルドは旧日本軍の残した手榴弾を使って無差別殺戮を繰り広げる。このくだりのリアリティは、しょぼい『クローバーフィールド』ってな調子*3で、東京で観たらとても恐ろしいと思う。
その後いろいろあるんだけれど、ひたすら観客を置いてけぼりにした不穏な速度で映画は突っ走る。オサレなデート映画を期待した観客はすぐに座席を立ちたくなるはずだ。いやそういうヌルい人じゃなくても激怒する可能性は高いかもしれない。みんな気をつけろ!
カラックスは『ゴジラ』をモチーフにしつつ、低予算・短時間で撮影したと語っている*4。初代ゴジラの不穏さをゼロ年代にアップデートしたらたしかにこうなるかもしれないと言えなくもないが、深読みや賞賛の言葉を完璧に拒絶するような態度が全編にわたって貫かれていて、やっぱり地雷としか言いようのない作品である。
つうか、日本人的には『ゴジラ』のテーマがここまでしつこく流されるともうお笑いにしか感じられないんだけど、きっと海外からは、不穏なサムシングの表現として有効なんでしょう。たぶん。知らないけど。
で、かように過酷な『メルド』に耐えると、その先には蒼井優が待っている!というわけで、ポン・ジュノの『シェイキング東京』が最後の一本。
十年以上引きこもりを続ける香川照之の家をピザ配達員の蒼井優が訪れたとき、大地震が起きて……というのが物語のはじまり。
香川照之の、少年と老人のあいだを自在に往還する年齢不詳な存在感もいいのだが、蒼井優が発揮するこの世のものとは思えない可愛さに目が釘付けになる。蒼井優かわいいよ蒼井優。ピザ配達員の制服に大きめのヘルメットをかぶって、眉間に皺を寄せるというおよそ可愛さとはかけ離れた瞬間なのになんであんな可愛いのか。おそるべし。
で、それでもやっぱり真に恐るべしはポン・ジュノで、どんなに蒼井優が今旬の可愛さを持っていたとしても、彼に撮られていなかったらここまでの可愛さは発揮できなかったろうと思う。
この人、構図やカット割り、照明、プロットの組み立て方、その他もろもろに(どちらかといえば職人的な)天才性を常に発揮しやがる韓国のスピルバーグ(兼カミンスキー)とでも言えそうな人なんだけれど、スピルバーグに出来ない「女の子をかわいく撮る」というスキルまで持っていて、もうこれで弱点ないじゃん最強じゃん、とおもう。
まあその「女の子をかわいく撮る」ってスキルの裏側にはボンクラな変態性があって、蒼井優も片方の太ももだけが露わになっている衣装をさりげなく着せられたりしている。正しい。非常に正しい。
そんな可愛い蒼井優を求める香川照之の冒険が始まるのだけれど、実はここにも、『メルド』に通底しそうな不穏さが充満している*5。
そういや『インテリア・デザイン』だってばっちり不穏当な映画なんであって、そうか東京ってずいぶん不穏な都市なんだなあ、というのがこれら三部作から強く受けた印象。じっさい東京はぼくにとっても不穏な都市であって、その不穏さを三人それぞれのやりかたで切り取って見せてもらえてとてもおもしろかった、というのが一応の感想です。地雷は地雷だけどな。