こづかい三万円の日々

30代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

どこにもいない君と僕/livetune『Re:package』

 同人版に新曲を加え、リマスタリングされた『Re:package』が27日発売になった。ぼくは札幌駅横のヨドバシでゲット。アニメ音楽のコーナーに三枚面陳されていた。オリコンデイリーランキングでは三位になったそうで、非常にめでたいことである。

 歌詞を読みながら通して聴いて、あらためて、初音ミクという存在の不思議さを想う。
 ここには確かな、強い感動を誘う何かがある。
 それはlivetuneのハイレベルな楽曲ゆえのものではあるはずだ。しかし、それだけでもないだろう。初音ミクが歌わなければなしえない何かがある。

 私たちは、「ミク」が実在しないことをよく知っている。それがデータの塊でしかないことも分かっている。にもかかわらず、ただ「いる」という存在感だけは受けとってしまう。逆にいえば、そこには「誰もいない」、いや「何もない」ことを知悉している。だからこそ、この圧倒的な空虚、絶望的な孤独の前に、あるいは、ただ世界に「存在すること」だけがむき出しのまま放り出されているという事実の前に立ちすくみ、涙するのである。
――伊藤剛「ハジメテノオト、原初のキャラ・キャラの原初」(『ちくま』08年3月号)

 めでたい日には不似合いな話題だけれども、ぼくは初音ミクの歌声を聴きながら、秋葉原通り魔事件の犯人のことを思い浮かべる。

 最近、通り魔事件のキーワードは「誰でもよかった」ですが、精神科医の斎藤環氏が言うように、被害者だけでなく加害者すら誰でもよかったのではないか。
――東浩紀秋葉原事件と時代の感性:識者座談会」(毎日.jp)

 徹底的に「不在」な初音ミクと、二十数年生きたリアルな人間のはずの加藤智大。
 この二つのしろもののあいだに、何とか橋をかけられないものか。
 「僕らの音楽」をたからかに歌いあげる初音ミクの声を聴きながら、ぼくはそんなことを考えている。

この世界に 響いた声
見えないけど 確かなんだ
livetune『our music』