こづかい三万円の日々

40代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

初音ミクNightに行ってきた

Q.VOCALOIDにあって、人間の歌手にないものはなんだと思いますか?
A.難しい質問ですね。普通に考えれば、VOCALOIDは人間の歌を模しているのであって、むしろVOCALOIDのほうが何か欠けているはず。それとは逆の考え方ですよね……。
結局のところ、VOCALOIDはソフトウェアでしかない。そこに想いを乗せたい、音楽を吹き込みたいという何万人というユーザの存在、でしょうか。共用し、サポートする存在は、人間の歌手にはないものでしょう。

――伊藤博之氏・「初音ミクNight」質疑応答における発言より

 サイエンスカフェ初音ミクNight」@紀伊國屋書店札幌本店。
 開場が17:30からで、ぼくが現地に着いたのは16:50ごろ。その時点ですでに開場をまつ長蛇の列が、紀伊國屋書店前にできあがっていた。最終的に、ビルの外側を囲む格好で行列が出来、関係者に聞いたところ、紀伊國屋書店札幌本店でのサイエンスカフェ史上最高の人出だったそうである。おおよそ100人くらいだったろうか? 北海道新聞の取材も来ていた。
 ネット各所での反響はScience and Communication*1にまとまっている。

 一時間半のうち、前半は司会者と伊藤氏のトーク、後半は事前に受け付けた質問をもとにした質疑応答が行われた。

 前半で主に語られたのは、VOCALOIDの歴史、VOCALOIDの基本的な仕組み、科学と芸術の関係、といったところ。
 伊藤氏の発言の中で、特に下記のような部分が印象深かった。

  • あくまで音楽ソフトとして作っているので、キャラクタービジネスを行うつもりはなかった
  • VOCALOIDは改良の余地がまだまだある技術であり、逆にそれがユーザに力量を競わせてもいる
  • 音声のサンプリングは苦労する。声優も一日演じていれば疲れてくるので、一定のコンディションで録音することをこころがけた
  • 新しいコンピュータが発売されると、必ず最初にゲームと音楽のソフトが創られる。最新技術を音楽に応用したいという欲望が人々の根底にあるのではないか

 質疑応答では、技術的なところから、現象としての初音ミク、その他もろもろ幅広い質問が出た。

 質疑応答にせよトークショーにせよ、mixi上の日記で笹本祐一先生(!)が指摘されている*2ように、全体的にクリエイター的な部分への言及が多く、初音ミクのサイエンス的面白さをクローズアップしようという運営側の意志は薄かったように思う。
 でもまあそういうことは、札幌でSF大会でもやったときのためにとっておけばいいことだ*3

 で、冒頭に掲げたものは、ぼくが後半で発言させていただいた質問と伊藤氏の回答だ*4
 ロボットとか人工知能とかもっと言えばラブドールとか、人が創り出した人的なものが持つ魅力とはなんなのだろう、と初音ミクの声を聴く度にぼくは思う。
 あるいは、人なのに「人間らしさ」を持たない人や、社会や組織やなんやらはいったいなにものなのか、と(また、そう感じてしまうぼくの「人間らしさ」の判断基準はいったいなんなのか)。
 そういう文脈で、この質問をしたかったわけである。
 ふたたび笹本先生のご指摘を引くなら「プロバイダーにクリエイター的なことを聞いても無駄」なのだし、そもそもこれは受け手たるぼくが考えるべき問題だ。
 それでも、一度、初音ミクを売り出した人に、聞きたかったのだ。
 伊藤氏は、ぼくのめんどうくさい質問に対し、丁寧に答えてくださった。それはいわば、初音ミクというキャラクターが成立する環境についての言及であって、初音ミクそのものへの言及ではなかったとも思う。しかし、なんというか――ぼくが考えるべき問題の範囲はより狭まった、というか、外堀は埋まっていることを確認できた、というか。

 いっぽうで、ぼくのように初音ミクに熱狂するものがいれば、いっぽうで、伊藤氏のように初音ミクを「楽器」ととらえ、ツールとして冷静にあやつるものもいる。初音ミクを取り囲む幅広い人の存在を知ることができたというその一点だけでも、ぼくにとってはとてもたのしいイベントだった。行ってよかった。

 私たちは、「ミク」が実在しないことをよく知っている。それがデータの塊でしかないことも分かっている。にもかかわらず、ただ「いる」という存在感だけは受けとってしまう。逆にいえば、そこには「誰もいない」、いや「何もない」ことを知悉している。だからこそ、この圧倒的な空虚、絶望的な孤独の前に、あるいは、ただ世界に「存在すること」だけがむき出しのまま放り出されているという事実の前に立ちすくみ、涙するのである。
――伊藤剛「ハジメテノオト、原初のキャラ・キャラの原初」(『ちくま』08年3月号)

*1:http://sciencecommunication.blog.so-net.ne.jp/2008-10-12-2

*2:http://mixi.jp/view_diary.pl?id=961576867&owner_id=209282

*3:いま発作的に思いついてしまったが、いいじゃん、札幌でSF大会。どうか、どうなのか、おれ。

*4:メモからおこした文章なので、あくまで概要である。伊藤氏の本来の発言と異なる可能性がないとは言えないので注意されたい