こづかい三万円の日々

40代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

持たざるものたちの叫びと輝き『SR サイタマノラッパー』

 まず最初に断っておく。
 ぼくはTBS RADIO ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフルポッドキャストで欠かさず聴くリスナーだ。かつては日本語ヒップホップに対して偏見を抱いていたが、いまは毎朝ライムスターを聴きながら出勤する日々を過ごしている。そんな人間がこの映画を嫌いになるわけ、ないじゃない!
 さらにぼくは、札幌ATTICでの4月25日18:30〜の回、すなわち主要スタッフ・キャストによるトーク&ライブつきの上映を鑑賞した。ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で賞を獲得していたことや、北海道出身のキャスト・スタッフがいたこともあってか、客席は大盛り上がり*1。鑑賞後はサウンドトラックを購入し、キャスト・スタッフの方々にサインしていただきましたよ!*2 そんな状況を体験した人間がこの映画を嫌いなわけ、ないじゃないのさ!

 タイトルのとおり、物語の舞台は埼玉。デブでニートで、先輩・女子には頭の上がらない弱気な男IKKUを中心とするラッパーたちの、夢を追い求めてもがく姿が描かれる。
 中学生のとき『耳をすませば』を観て以来、青春映画にはめっぽう弱いぼくだが、90年代からゼロ年代を通して、注目に値する青春映画は『下妻物語』くらいしか日本では作られなかったと思う*3。アメリカでは『アメリカン・パイ』サーガを金字塔に、近年ではジャド・アパトウ組が台頭し、すばらしい青春映画が大量に作られているにも関わらず、だ。そんな折、09年になって『愛のむきだし』に続いてかような傑作青春映画が公開されたことを、心から祝福したい。
 ヒップホップ映画としてのすばらしさはすでに宇多丸さんが語りきっているのでそちらを聴いてほしい*4。要は、日本でヒップホップをすることの気まずさと、それでもヒップホップをやる格好良さとの両面をぼかさずに捉えている、というのがこの映画の美点であるわけだが、青春映画としてのすばらしさも、同様の姿勢から生まれていると思う。すなわち、青春のダメさと輝きとを、どちらに傾くこともなく、それぞれ描ききっている、ということだ。
 たとえば、主人公IKKU(駒木根隆介)がヤンキーや先輩に絡まれたときの、なんともやりきれない敗北感。くだらない見栄を張って、好きな女の子とまっすぐ向かい合えないときの情けなさ。ひたすらどうしようもない姿をつなげていく描写は容赦がなく、上映中何度「も、もうやめてやってくれええ」と叫びたくなったことか。同じような経験を少しでもしていれば、IKKUたちに感情移入すること必至。
 青春の輝きも描ききっていると前述したが、理想化された美しさ、格好良さを志向する描写はまったく含まれていない。ここにあるのは、ダメな人間が、ダメで格好悪くても前進しようとするときの、道半ば、運動としての格好良さであって、達成された、あるいは生来の格好良さではない。ラストシーンは、そこだけを取り出したら、薄汚いところで薄汚い男たちが向かい合っているだけの、なんの美しさもない映像であるが、観客には彼らが自身の心をさらけ出し、まっすぐぶつかり合っているということがわかっている。ハタから見たらしょうもない、しかし当事者たちにとっては人生を賭けた戦いである――という、青春のもっとも輝かしい(と同時に、もちろん、愚かしい)運動の瞬間が、そこには見事にあらわれている。あの、IKKUの叫びに答えて振り返るときの、TOM(水澤紳吾)の表情とモーションといったら! これぞ、映画でしかできない青春の描写だろう。

 物語は、主人公たちの末路を語らずに終わる。いくつかのレビューでは、その後も語るべきではという指摘もあるようだ*5。それはそれで的確な意見だと思うが、ぼく個人としては、道半ばゆえの輝きをもって映画を終えた監督の判断を支持する。
 映画の続きは、観客にゆだねられている。ぼくはそれを受け取りたい。物語の行く末を想像する鑑賞者としてだけでなく、かれらと同様に現実と戦う、夢を追う人間として。

*1:ファンの方が監督にプレゼントしていた、お手製らしいブロッコリーのネックレス、すごかったなあ。つーか、そのファンの方々含め、客席にも関係者にも非常に見目麗しい方が多かったのはなぜ。そうか...。やはりヒップホップはモテるんだな...。

*2:超見難いけど...。駒木根さん、水澤さん、奥野さん、上鈴木兄弟のお二方、ありがとうございました!

*3:ドラマやアニメではいろいろあるけども。また、現代を舞台にしない『フラガール』『パッチギ!』は、ぼくがここで想定する映画とはちょっと違う態度で鑑賞されているので対象外。

*4:http://podcast.tbsradio.jp/utamaru/files/20090321_hustler.mp3

*5:映画芸術:試写室だより『SR サイタマノラッパー』「ニッポンノラッパー、スクリーンノラッパー」http://eigageijutsu.com/article/115330835.html