世間的には大傑作と評判だけれど、個人的にはそう騒ぐような映画ではなく、静かな印象を残す良作、というふうに思えた。この映画をいいと思ったなら、映画について騒ぐのじゃなくて、自分の人生のうえで何かをしなくちゃいけないと思うようになるのだ...って、イーストウッドの説教に見事感化されているなあ。いけないいけない。自分を含め、世間があまりにべた褒め風潮なので、ここは一つ水を差しておこう。
イーストウッド演じるコワルスキーおじいちゃんの説教に簡単に頷いちゃうのには理由がある。彼がとってもチャーミングなのだ。はた迷惑な頑固さと、ナイーブな苦悩、そして男としての格好良さのそれぞれの要素をあわせもちつつ、綱渡り的なバランスでどの要素にも傾きすぎることなく、イーストウッドでしかできない魅力ある人物を演じている。彼のキャリア込みのキャラクターなため、映画ファンは過去作品の記憶を次々に想起させられる――という意味でもきわめて魅力的だ。
同時にそうした魅力は、この映画を喜んで消費するであろう高齢の映画ファンの自己愛に燃料を大量に投下しそうでもある。長谷川町蔵言うところの”ザ・マン”*1たちはきっといまごろ、この傑作映画の威光の前で、心置きなく増長していることだろう。
イーストウッドは確かに非常に魅力的な老人であり、『グラン・トリノ』の彼のごとき老境に達したいと多くの人が思うはずだ。が、老いた人々がいかにすばらしい晩年を過ごし死んでいこうとも、その後現世で暮らし、生き残っていかなくてはいけないのは若者たちなのだ。
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コワルスキーは、一個人が払える最大の犠牲をもって他者に尽くそうとした。彼を写す最後のワンカットの構図を見れば明らかなように、その所業は最高の善行として周囲に受け入れられる。ぼくもその姿に心震わされた観客の一人であり、『グラン・トリノ』が傑作であることに間違いはないと信じているが、しかしそれはイーストウッドという20世紀〜21世紀を代表する稀代の映画人が創造したヒーローだけに許された理想の境地だということは肝に銘じておきたい。