こづかい三万円の日々

30代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

東京湾のほとりで夢をみる 日野啓三『夢の島』

夢の島 (講談社文芸文庫)

夢の島 (講談社文芸文庫)

 1929年生まれの男に強い共感を覚えるってのはなんとも不思議な気分だ。でも、こういう文章を読んじゃうと、日野啓三はそう自分と違う人間じゃないなと思えてくる。

鏡にも写真にも絶対に写ることのないあの異様な生きものの感触こそ、本当の自分なんだ。こんなおれは(と昭三は両腕と腹とズボン、汚れた靴を眺めおろす)三次元の世界への無様な投影にすぎない。

 そうそう、さよなら三次元、ばんざい二次元*1。なんとこの小説には同人誌即売会が登場するのであります。いやあびっくり。

細長い机をブロック毎に整然と並べて、雑誌やパンフレットのようなものを置いている。
(中略)
そっと子供たちの背後から机の上をのぞくと、漫画というよりこの頃はコミックというらしい線描きの絵物語風の粗末な印刷物である。どうやらそういう種類の同人誌を互いに売り合う集まりのようだった。

 主人公の中年男は東京湾岸をうろつくうちに、「スタディアムのような大きな建物」で行われているイベント*2にさまよいこんでしまう。
 もともと東京の街=現実に違和感をもって湾岸地帯=非現実を放浪していた男は、その経験を一つのきっかけとして、ますます湾岸にのめりこんでいく。イベントの描写は文庫版でわずか2ページ程度で、この物語はおたく文化とこれ以上に関わることはないが、同人誌即売会のもつ非現実感をとらえた、的確な登場のさせ方だと思う。


 主人公は「本当の自分」を求めて、湾岸でのささやかな冒険に身を投じる。が、結局彼は、真に拠って立つことのできる何かを自らの中に見つけ出すことはできない。彼が虚ろなままに物語は終わる。しかし、自分は「魂は手に入れられないとしても、この世界をめぐる力が滲みとおってくるような何者かだ」という確信は彼の中にある。
 自分が何かになれるとは思わない。けれども、世界は自分を圧倒するものとして確かに存在している。それを観察できる自我くらいは己の中にあるはずだ。日野啓三の、そういう自我の見積もり方が、ぼくにはしっくりくる。


 ところで、男の書き手がこういう世界との交感についての物語を描くとき、世界と自分の間に女を置いてしまうことについて、女の読み手はどう思うのだろう。人を勝手に世界との通信機にすんな!とかいって怒らないのだろうか。男にとって女は、自分とは似て非なる、未知なる世界そのものだから、仕方ないとは思うんだけど。

*1:あるいは2.5次元。作中のマネキンの描き方も好きだなあ。

*2:これが他の即売会ではなく「コミックマーケット」なのか否かは不明。発表年の昭和60年=1985年にはすでに晴海でコミックマーケットは開催されていたらしい。