こづかい三万円の日々

40代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

ある男の物語『フィクサー』


フィクサー [DVD]

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 ジェイソン・ボーン三部作の脚本家:トニー・ギルロイの初監督作品。
 ネットを探索してみると、みんなボーン三部作のような二時間これ緊迫の塊というたぐいの映画を求めていたらしく、ネガティブな評が多い。
 主に、冒頭の馬のシーンでなぜクレイトン(ジョージ・クルーニー)が車の外へ出たのか(娯楽映画としては)よくわからないこと、また、その直後に車が爆発するがクレイトンが間一髪生き延びることが描かれるため、サスペンス状況を作り出せていないことの二つが問題点として指摘されている。
 しかし、この映画で観客に提示されるサスペンスの問題は「クレイトンの命が救われるかどうか」ではなく、「クレイトンの魂が救われるかどうか」なのではないか。
 すさんだ心でギャンブルに興じ、金のために悪人の手伝いをした帰途、本人にもよくわからない衝動に動かされたクレイトンが、偶然車を降りて命の危機を逃れる。彼が車を降りたのはなぜか? そこに至るまでの道筋を描くことこそがこの映画の眼目だったのではないかとぼくは思う。
 原題("Michael Clayton")のとおり、これはマイケル・クレイトンという一人の男についての物語なのである。彼が、自分と同じように正義の不履行を目の当たりにした人々の死や蛮行を見聞きしながら、自身の信念を見出し、事件にけりをつけるまでの遍歴を描いた物語だ。だから、クレイトンが息子に語りかける中盤の車中のシーンや、ファンタジー小説のなかに自身を重ね、愛と正義を取り戻そうとする弁護士(トム・ウィルキンソン)の姿に心動かされるし、冒頭、ある重大な選択を終えたばかりの姿で登場する製薬会社の女(ティルダ・スウィントン)に恐怖と同情の入り交じった感情を呼び起こされる。
 殺人や爆発だけに気をとられていては見えないかもしれないが、この映画のなかでは、人の魂が激しくアクションを繰り広げ、サスペンスにはまりこむ。ぼくはそういう映画として大いに楽しんだし、『ミュンヘン』や『トゥモロー・ワールド』『ザ・バンク』等々といった作品に連なるゼロ年代地獄めぐり映画の一種として、非常に重要な作品と思う。