こづかい三万円の日々

40代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

売野機子『薔薇だって書けるよ』

 うわー、すごく好みだ、この人。
 売野機子という新人漫画家の短編集である。

薔薇だって書けるよ―売野機子作品集

薔薇だって書けるよ―売野機子作品集

 タイトルからしてはっきりわかる言葉の使い方のうまさや、もちろん絵のうまさ、あと絵のかわいさ(どの女子にもちょう萌える。点子ちゃんはおれの嫁!ととりあえず叫んでおきたい)、その他もろもろ語るべきところはいくらでもあると思うけど、まあそのあたりはこれからどんどんたくさんの人によって語られていくでしょう。10年に一度の才能とかいわれてしまうのもまあわからないではない。
 確かにすげー才能ではある。表題作は非常に大島弓子っぽいし、『オリジン・オブ・マイ・ラブ』はぼくの妻曰く吉田秋生っぽいらしくて、しかしそれらの大作家を想起させてなおひけをとらないのはこの人自身の実力がいかに高いかを表わしてはいよう。



 でもぼくが心動かされたのはそういう技巧だけじゃない。もっともぐっときたのは、この短編集のどの作品にも共通して描かれる、決して手に入らないなにかを追い求めるひとの心の取りあつかい方なのだ。
 理想のひと、片想いの相手、叶わぬ夢、そういったものへの想いをあきらめながら決して捨てられないでいるひとたちの心。諦めないことが格好悪いとわかりながら、走りだそうとしてしまうひとたち(決して、走り続けられるひと/手に入れるひとではない)。ここではないどこかに恋焦がれる魂が、おだやかな笑顔の向こうにずっとずっと隠されている。たとえば表題作はいっけん平和な着地点に至るラブストーリーのようだけど、八朔くんは決してダメなままの点子ちゃんを受け入れてはいないんだよなあ。
 そういう心が鮮やかに描かれているから、『遠い日のBOY』は直球なタイムトラベルSFとしての感動を味あわせてくれるし、ありきたりな恋の物語『晴田の犯行』もなんど読み返しても心震える傑作になっているのだろう。



 というわけでなんとなくむかしのU2を聴きながら読み返したいといまはおもっている。「私はいまだ私の追い求めるものを見つけていない」――、この本はああいう寂寥感と疾走感をぼくにつよくイメージさせるのだ。ま、書き手の趣味とはぜんぜん関係ねーだろうけども。

ヨシュア・トゥリー~デラックス・エディション

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