戒厳令下チリ潜入記―ある映画監督の冒険 (岩波新書 黄版 359)
- 作者: G.ガルシア・マルケス,後藤政子
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1986/12/19
- メディア: 新書
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とか書くと、いまならポール・グリーングラスあたりが映画化しそうなネタに聞こえますが、じっさいは意外とヌルい話なのでした。
たとえば、チリ潜入後、思いつきで地方撮影を決めるリティン。何十人もの人間が一緒に潜入している危険な状況でんなことすんなと思うのだが、この地方への移動手段でスタッフともめる。飛行機を使うか、鉄道を使うか――しかしこれも、検問の数や警察の配備状況などを考えたマジメな議論ではない。
本当のところは飛行機恐怖症のため、とにかく私は列車のほうが良かったのだ。
こ、こどもか!
ほかにもリティンは、チリ到着当日に激情にかられて外出禁止令下の街に飛び出そうとしたり、せっかく身分を偽っているのに本物のパスポートを持参していたり、間抜けかつ自分勝手な行動・失敗を繰り返す。リティンが無謀な行動をおこさず、計画通りにことを進めていればもう少し撮影はスムーズにいったのではないかという疑問さえ浮かんでしまう。撮影は苦労の連続ってなことになっているけど、その多くは自分のせいだよリティン!
もちろん、そういう人間臭さがこの冒険譚の魅力にもなっていることはいなめない。かように滑稽でしかし情熱的なこの男の目を通すと、現代のぼくにとってはもう歴史のひとこまとなっている二十年以上前のことが、そのへんの居酒屋でわいわいやっているおっさんたちの話と同じテンションで感じ取れる気がする。そんなおっさんの口から、ピノチェトと数メートルの距離で接近遭遇する緊張極限のエピソードなどがときに語られるわけで、おもしろくないわけがない(そうじゃないときはわりかしイライラするけど)。
マルケス自身が序で述べているとおりリティンの膨大な口述を圧縮しているため、薄めなこの本から重厚な歴史の流れを感じることはむずかしい。しかし、新書にして200ページの薄い本でさくっと語られるからこその、独特の味わいを備えていることは確かだ。マルケス筆ということは一旦脇において読みたい一冊。