こづかい三万円の日々

40代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

ぼくはぼくをこんなふうには物語れない『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』


 『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』第三話を観た。本州での放映に比べれば遅く、ぼくの取り違えもあるかもしれないが、今のところ考えたことをまとめておく..とか書き始めてみたんですけど、「俺の妹がこんなに可愛いわけがない+気持ち悪い」とかでぐぐってみるとけっこう自分と同じ違和感を持っている人はたくさんいて、じゃあいいや、と思えてきたので少しトーンを下げてしばし語ります。



 人が物語を求めるとき、ひとつの根っことして、「おれの物語がほしい」という欲望があるとおもう。自分の人生の意味を明らかにしてくれたり、日常を彩り豊かに思わせてくれるような、自分を投影できる物語を読みたいという欲求。その方向が反転すると、物語の登場人物に憧れて、行動を模倣したりもする。最初からその方向に向けて作られる物語が、極端な例でいうとハイファンタジーだったり、ロマンス小説だったりするんでしょう。
 むちゃくちゃざっくり言うと、歴史的に、おたくにとっての物語は、後者のベクトルで作られたものが多かったのではないかと思う。というか、現実からかけ離れた物語にこそ惹かれるのがおたくであった。世間の人がホームドラマやトレンディドラマを観て「おれの物語」をそこに見出しているあいだに、おたくたちはあくまで憧れの対象としての物語を消費し、かつ産み出していったんじゃないかな。
 で、なんやかんやを経て、おたくであることを悩み自己言及しなければならないときが来たとき、おたくはずっと目を向けないでいた「おれの物語」への欲求にはたと気づいてしまう。
 ぼく自身にとってはそれは『こみっくパーティー*1だったのだけれども、『辣韮の皮』が2000年、『げんしけん』が2002年、『私立アキハバラ学園*2が2003年で、2004年には『電車男』と『らきすた』とくる。宮崎勤事件から長きクールダウン期間を経て、ふたたび世間がおたくに目を向け始めたときに、そうしたおたくの欲求がちょうど発露して、出来上がったのが『電車男』だったのだろう。もう何年も経っているのでそうとういい加減な把握ですけど、同時期にそうしたおたくにとっての「おれたちの物語」が大量に生み出され、その作品群はぐんぐん充実していく。
 さらに、『となりの801ちゃん』(2006年)、『ぼく、オタリーマン』(単行本は2007年だけどweb版はWikipediaに情報なく不明)、といったカジュアルな雰囲気の漫画が、わりあい一般にも受け入れられるようなかたちでヒットをかますと、おたくの「おれの物語」に対する屈託は薄れていく。おたくである自分に対する羞恥心、自己嫌悪、どうやって周囲との折り合いをつけるか、といったテーマは深刻さをなくし影を潜め、おたくがおたくのままフランクに生きていく物語が増えた。
 で、そういう時勢を、世の中が変わりおたくがありのままに生きていける時代が到来したと考えるってのは早計で、裾野は広くなってもむしろ掘り方は浅くなっているのではないか*3..などと思っていたころにやってきたのが『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』なわけですよ、ぼくとしては。



 で、これっておたくの「おれの物語」の極北というか、己の欲望のすべてを叩きつけている感がある。
 今のところ、原作も読んでいないのであくまでアニメ版第三話を観終わった今のところ、という前提ではあるけれど、やっぱこの物語、自分の性欲をかわいい女子が全肯定することで心の平安をえたいおたくのすごく浅はかで愚かしい欲望に基づいているとしか思えない。「おれの物語」を極端に「おれ」の欲望寄りに設計した結果、エロゲーをやってる「おれ」がキモイ男の「おれ」じゃなくて、「おれ」がいつも一緒にいたいと思っているかわいい二次元の女の子だったらいいじゃないか!最高!ついでに妹にしとけば、「おれ」は妹を守ってやる男らしい「おれ」にもなれる!ということになった、と。
 ふざけんじゃないよ、なに女の子に責任押し付けてんだよ! おたくならお前自身が、お前自身こそがおたくであること、己の性欲を背負って堂々と生きてみなさいよそれができないならひきこもれってんですよ、何男らしい態度偽装して世間の価値観におもねっちゃってるんだよ!と血が頭にものぼるってもんです。



 ..あ、結局激昂してしまった。いけないいけない。
 冷静に自らを省みてみれば、自分が好む「おれの物語」というと、前述の『こみっくパーティー』『私立アキハバラ学園』といったおたく業界以外には目をくれないタイプのものか、『エレGY』『AURA』といった痛さを中心にしたタイプなわけで、たぶん自分の思春期のころおたくが抑圧されていたぶん、明るい物語は受け付けられないってなことなんだろうなあ。いまの中高生には『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』がけっこうリアルなのかもしれません。それならそうでいいやもう。きもちわるいのはおれだけだよ、どうせ。ちぇっ。

*1:古典。

*2:大傑作。

*3:そんなある日起きてしまったのが秋葉原通り魔事件であり、ぼくを含めた一定数のおたくがあれをも「おれの物語」だと消費してしまったのだ、たぶん。