こづかい三万円の日々

40代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

馬好きだったのかあんた ジョン・ダニング『愛書家の死』

愛書家の死 (ハヤカワ・ミステリ文庫 タ 2-10)

愛書家の死 (ハヤカワ・ミステリ文庫 タ 2-10)

 古書探偵ジェーンウェイ・シリーズ第5作。老いさらばえて死んだ馬主が遺した膨大な蔵書。それは二十年前に謎めいた死を遂げた馬主の妻が収集した稀覯書の山だった。盗まれた稀覯書の行方を追い、ジェーンウェイは競馬界に足を踏み入れる。

馬と本の組み合わせは、わたしを惹きつけずにはおかない。わたしは馬を偏愛している。

 ……ってあれ、ジェーンウェイってそんなやつでしたっけ!?
 もちろん、ジョン・ダニングの著作を追ってきた者としては、作者自身が競馬界にも非常に造詣が深く、競馬界を舞台とした『ジンジャー・ノースの影』を書いていることも知っている。

ジンジャー・ノースの影 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ジンジャー・ノースの影 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 でも、ジェーンウェイっていままでそんなそぶりを見せたことあったっけ……。
 個人的には『失われし書庫』あたりをピークにダニングの作品は精細を欠けはじめている気がしていて、競馬界を持ち込んだのもシリーズに新鮮さをもたらすための苦肉の策なのでは、という思いが少ししてしまった。それも作家のファンにとっては全然新鮮ではないという悲しみもある。身体を壊していたらしいし、そのあたりも関係しているのかもしれない。
 とはいえ、ダニングの競馬界への愛情は生半可なものではなく、彼の筆は厩舎の一日をあざやかに描き出し、そこで働く人々の喜びと悲しみももらさずすくいとる。馬という特別な存在のために半ば放浪の生活を送る競馬界の人々の情熱が、真犯人の歪んだ欲望と比較されるように配置されているのも、競馬界を舞台としたことの説得力を増している。
 なにより、競馬界での探偵仕事を経て、また犯人や競馬界の人々の情熱に触れ、ジェーンウェイが自身のなかの願望に気づき、シリーズの新たな展開を強く思わせる幕切れとなっているのが好ましい。長期の病気療養を経た68歳のダニングが、今後どれだけジェーンウェイの物語を紡いでくれるのか不安ではあるが、本書の訳者あとがきによれば現在新作を執筆しているという。期待して待ちたい。


*なお、ジョン・ダニングのベストはこれだと思います。
こづかい3万円のひび 深夜特別放送

深夜特別放送〈上〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

深夜特別放送〈上〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

深夜特別放送〈下〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

深夜特別放送〈下〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)