こづかい三万円の日々

40代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

田園のなかの第二次大戦『エニグマ』


 1943年イギリス。療養中だった天才数学者トム・ジェリコ(ダグレイ・スコット)は、緊急の命を受け職場へ復帰する。アメリカからの大輸送艦隊を救うため、四日以内にナチスの暗号を解析しなければならないのだ。しかし、かつて愛を交わした事務員クレア(サフロン・バロウズ)が失踪したことを知り、職務のかたわら彼女の謎を追うことになる..。
 ロバート・ハリス『暗号機エニグマへの挑戦』の映画化。

暗号機エニグマへの挑戦 (新潮文庫)

暗号機エニグマへの挑戦 (新潮文庫)

 ナチ暗号解読の中心となり、戦局に多大な貢献をしたという「ブレッチリー・パーク」が舞台。田園地帯のなかに鎮座する秘密機関、そこに大量に集められた天才たち、巨大な計算機、日々傍受される膨大な通信文..と、スパイもののなかでも超花形な「暗号」にまつわるイメージが映画冒頭から連打され非常に興奮します。でも、あくまでイメージというか、そこから立ち上ってくるべき情感(すなわち「俺スパイ感」)は薄めなのが、監督マイケル・アプテッドならでは。『007』も薄味だったしなあ..。
 終劇後のテロップやメイキング映像では、ブレッチリーパークの暗号解読者たちを讃える言葉が繰り返されるが、ドラマの内部ではそうしたものごとへの執拗なこだわりはあまり感じられない。ジェリコを中心とする暗号解読者集団のチーム感、田園風景のなかに大量の人が集まっている秘密基地感は醸しだされているんだけれども、いつものマイケル・アプテッドらしく薄味。ポーランド人や風変わりな天才、怪我で一線を退いた海軍将校など、暗号解読者集団のひとびとのドラマはいくらでも盛り上げられそうなものなんだけど。
 幕引きの仕方やジョン・バリー*1の音楽が、むしろ歴史ロマンの風合いを強くしており、暗号解読はもう一つの戦争だった、というような悲壮さはむしろ打ち消されている。映画の後半で明かされるある大きな要素*2を考えると、こののどかさは実は致命的なのではないか、とも思えてくる。
 もちろん暗号解読者たちは必死でやっているんだけれど、前半の主人公の迷走ぶりが強すぎて、「ちょっとこいつバカなんじゃないの..」と一瞬思わされてしまうのだ。スパイ映画にとってこれは絶対に起きてはいけない瞬間です。このために映画はスパイ映画ではなく歴史ロマン映画になってしまう。


 ただマイケル・アプテッドって毎回キャスティングだけはそれなりのうまさがあって、今回も、病的だけど正義漢な主人公像をコンパクトに印象づけたダグレイ・スコットほか、どの俳優もしっかり役をつとめあげている。いやそれが「しっかりやってるなー」以上にいかないのがまた問題ではあるんだけど。伊達男の情報部員ジェレミー・ノーザン、眼帯の海軍将校マシュー・マクファディンの二人はかっこうよかったです。
 ま、総じて、「古き良き戦争」としての第二次大戦をロマンティックに味わいたい向きにはちょうどいい塩梅なのかもしれません。ダブルヒロインの片方、ケイト・ウィンスレットは俺スパイ感から最も遠い女優だしな*3

*1:これまた007の人

*2:暗号解読者が知った情報を、政府首脳が歓迎しない――という超盛り上がる話なんだけど..。

*3:『レボリューショナリー・ロード』でレオナルド・ディカプリオのスパイ的生活を否定し、また実生活でも007を監督するサム・メンデスと離婚した、っていう。いやおれの勝手な印象ですけど。