こづかい三万円の日々

40代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

これはアメリカじゃない『コードネームはファルコン』

 1974年、アメリカ。
 神学校を退学し、政府関係企業に就職した青年ボイス(ティモシー・ハットン)は、CIAの機密通信を取り扱う部署に配属される。他国の内政に干渉する政府のやり口に反感を覚えた彼は、麻薬密売に手を染めている幼なじみ・リー(ショーン・ペン)を通信役として、ソ連に情報を流そうと企てる。
 ロバート・リンゼイ『スパイ衛星を売れ』を原作とし、実在の事件を描く。ジョン・シュレシンジャー監督、1985年作品。

 俺スパイ感探求の旅、8作目。
 日々わたくしの愛用するステキなレンタルショップ:ゲオにおいては、サスペンス→アクションの順に配列されているため、スパイ映画を端から観ていくとなると、まずは爆発や銃撃成分が少ない映画が続く。スパイに関わっているだけでもちろん楽しいことは楽しいのだけれども、どうしても地味映画によるある種の疲れが溜まっている今日この頃です。ここらで一発、ドンと派手な映画*1でも観ておかないともっと気分が暗くなるぜ...とは思ったものの、こういう地道な作業こそスパイの本道!というわけで、ジョン・シュレシンジャー監督*2ショーン・ペン主演のスパイ映画という、これで鬱々としなかったら嘘、というこの映画を手にとったわけですけど..。
 これは大した拾いものでした。


 素人、それも自暴自棄な青年たちが主人公のスパイ映画なんて、苛々鬱々とするだけではないのか、というのが観る前の想像だったわけだけど、タイプの異なる二人を配置し、ダメな奴と冷静な奴の立場を交互に入れ替えることで、苛々するだけのダレ場を回避している。
 前半では、ショーン・ペン演じるボイスがストリート感覚の交渉術でソ連の人々を翻弄し、「ちょっくら大使館経由で麻薬の密輸手伝ってくれよー」などとふっかけるのが痛快だ。華やかなスパイ映画ばかりに慣れていたらがっかりするだろうが、数々のいい加減で泥臭いスパイたちを通過してきた2011年のぼくからみたら余裕で楽しめる。むしろ、小悪党とちょっとだけ反動的なインテリが道を踏み外していくさまは、現代ではいくらでも類似の話を探せそうで、リアルな面白みがある。
 そもそも、スパイ映画の醍醐味のひとつは、ちっぽけな一個人が、圧倒的な力をもつ国家と対峙する、その極端な差によるドラマだ。前述のような方法で観客のフラストレーションを回避しつつ、最終的には抜け道なしの地獄へと主人公たちをぶちこんでおり、『ワールド・オブ・ライズ』や『ザ・バンク』*3のような、昨今の第三世界地獄めぐり映画のもつ陰惨さまで醸し出している。「アメリカ」の力が及ばないところで言葉もわからずさんざんな目にあう、寒々しい恐怖感。メキシコ警察怖いよ!


 かようにスリリングで暗い話ではあるのだけれど、主演二人のチャーミングさもあって、切ない青春映画の体もなしているのがまたおもしろい。愚かなショーン・ペン、利発だが青くさくナイーブなティモシー・ハットン、そのどちらもが実に魅力的だ。
 彼らの動機は金と薄っぺらな正義感で、手垢のついたものではあれど、根底に20代の青くさい迷いがせつなく横たわっている。それを描くのにあまり尺を使わず、詩の暗唱*4鷹匠といったモチーフを手際よく盛り込んで、決して声高にみせていないのがうまい。自滅する主人公たちを淡々とうたうデヴィッド・ボウイの主題歌"This is not America"もあいまって、決して割り切れない哀しみが胸に残る。
 この、ナイーブで愚かで愛おしいアメリカの男たちのまとう空気は、ショーン・ペンが20年ののちにそれぞれ主演作・監督作としてものしたふたつの傑作『リチャード・ニクソン暗殺を企てた男』と『イントゥ・ザ・ワイルド』にも通じている。
 歴史的な事件やトピックを大きく扱わず、派手な特殊効果・ガジェットにも頼らないぶん、20年以上を経た今だからこその普遍的な魅力を味わえる映画だとおもう。傑作。

コードネームはファルコン [DVD]

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*1:『xXx』とか『M:I』とか。

*2:などと失礼なことを言っているけど、未見ながらナチ残党もの『マラソンマン』も監督しているんだなあ。勝手に、ヒューマンドラマプロパーの人だとばかり..。

*3:このへんはもっといい例があると思いますが思いつかないので。

*4:映画の前半、リーがテニスンの『軽騎兵の突撃』を暗唱するよう父親に強制される。誤った指令に従いながらも英雄的な死を遂げる兵士たちを讃える詩である。最初のうち、暗唱を拒むリーをみて、父は「昔のお前なら簡単だったのに」と現在のリーを責める。しかし、実はリーは完璧に詩を覚えているのだ。英雄的な詩を暗唱する気分になれない自分の心を慮ろうともせず、ただ無能だと決め付ける父の態度に傷つき、リーは詩を叫びながら部屋を出ていく。