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こづかい三万円の日々

30代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

8月16日ミクパのこと

音楽 おたく文化

 ざっと昨日のミクパについてまとめておく。
 なお、自分のミクパ経験は3月9日のライブビューイングのみです。

会場に着く前のこと

 ここ数日ルカさんの曲が好きになってきていたので、まずはピンクのサイリウムを求めてゲーマーズへ。やはり緑色はキレイに売り切れていました。その後、ゲーマーズアニメイトらしんばんメロンブックスとらのあなまんだらけ、と大通近辺のオタショップをなんとなく全制覇しといたんだけど、ミクパ参加者らしき人たちを何グループか目撃しました。すでにこの時点でテンションが相当高くなってしまったよ。アップルストアとか高島屋とか、コンサバティブな大通地区を異様に緑色成分の高い野郎どもが闊歩しているあの非日常感。
 その後、17時開場のタイミングに着くように、大通駅からゆっくり地上を移動。途中でこんなこともしてました。

 教育文化会館からほんと歩いて数分なんだよ! クリプトンの中の人たちはどんなことを考えていらっしゃったのかなあ。
 会館前では、痛車を披露されている方に出会いました。

 Lat式のミクさんをたいへんかわいらしくあしらったデザイン。気さくなオーナーさんも、車を移動したらミクパに参戦するとのことでした。ほかにも撮影している人がいて、みんなで盛り上げるお祭りの感覚がどんどん高まっていきます。

開場時のこと

 教育文化会館では、ロビー内ですでに開場待ちの長い列ができていました。ちょうど開場が始まるところでしたが、荷物検査&先行チケットの身元確認のために列の進み方は遅め。
 遅いこと、並ぶこと自体は全然問題ない。むしろ「整列」をいかにスマートに行うか、というのは、日本のオタクの中ではすでに一つの娯楽として作法ができあがっていると思います。コミケスタッフネタが代表的ですが、キレイに整列した「おれたち」と、洒落のきいたアナウンスと見事な采配で列をさばく「運営」のあいだでお祭り感が生まれ、かつイベント進行も成功する。
 残念ながら、今回の整列担当スタッフにはそういうことへの意識が全くなかったと言っていいと思います。いやもちろんコミケスタッフほどのクオリティは求めません。でも、明らかに迷っている人が目の前にいても声をかけない、内容・用語が統一されておらずアナウンスの途中で詰まる、マイクもメガホンもないため声が聞き取りづらい、といった点くらいはなんとかしてほしかった。
 きっと安い時給で大変な思いをしてるんだろうとは思いますけど、これらの点は事前の打ち合わせでちょっと話しあうだけで簡単に解決すると思う。

場内に入って

 17時に列の最後に並んで、場内に入ることができたのは17時25分ごろ。
 場内に入ってすぐに感じたのは、「狭い!」ということ。
 自分はあ列15番という最前列中央の席でしたが、1階席の人たちはみんな「近い」という感覚だったのではないでしょうか。

札幌は「聖地」か?

 ぼくが入場の時点で、場内入り口では当日券が販売されていました。
 そのあと、開演10分くらい前にざっと見た限りでは、2階席の一番後ろ、左右の見難いブロック数列が空席だったようです。
 教育文化会館大ホールの定員は1100人で、この空席と客席内スタッフブースのぶんを差し引くと、実質入場者数は1000人程度でしょうか。
 チケットは一人\5,390.-ですから、1回あたりの売上は\5,390,000.-。
 これを「すげえビックバジェットだ」と感じるかどうかは人によると思いますけど、個人的には「よくやってけるなあ」と感じざるをえない。スタッフ・バンドの人件費、会場貸借、移動、宣伝、そしてミクさんたちの投影技術開発...。
 チケット代以外の大きな収入源である物販がどれだけ利益を出せたのか、自分は昼のスタート時に居合わせなかったのでなんともいえない。ただ、終演後はどこのブースの人たちも盛んに客に呼びかけていたから、少なくとも売れて売れてウハウハという状態ではなかったのは確かじゃなかろうか。
 #mikupa上では、「聖地札幌なんだから街中に広告打って盛り上げるべき」「聖地札幌なんだからグッズは東京とは別のものを製作すべき」といった意見がたびたび見られたんだけれども、こんな状況でそれを望むのは酷だと思います。
 もちろん、最低時給が全国最低ランクで、広大さゆえに移動経費もバカにならない北海道という土地で、ファンにこれ以上の熱心な経済活動を求めるのもまた酷だろうとは思う。
 答えのない問題ではあります。そこまでファンが考える必要あるの、という気もしなくはない。
 けど、ぼくとしては、こういう運営側のお金のことを頭の隅に置きながら、今後もミクさんを応援していきたいなあと痛感しました。
 ミクパなんて簡単に終わっちゃう気がするのです。それはぜったいいやだ。

すばらしいライブ

 だってライブ自体はあんなにすばらしかったんだもの!
 いや本当に。
 参加して心底よかったと思いました。
 曲をフルでじっくり聴かせる、二画面による変化のある構成、レーザーを多用した演出...すばらしい点はたくさんありました。そういったことはミクパの猛者たちによるレビューにまかせ、ここでは、ぼく個人が感じたポイントに絞って言及しておきます。

最前列でミクさんを独占

 開演前から予想はしていたことなんですけど、最前列中央でも、ディラッドボード上のミクさんは見えずらいときは見えずらいのだった。ベストの席というのは存在しないんだねきっと。それぞれの席にいいところ・悪いところがあるんじゃなかろうか。「み、ミクさんがマジでそこにいる..!」という感覚は薄かった。
 なぜ実在感が薄かったかというと、近すぎて、投影されている画像が鮮明に見えすぎてしまったのではないかと思う。光や動きの加減で、その鮮明さがぼやけたりしたときにむしろ、実在感が高まっていた。そういうときは体中から力が抜けるような感動におそわれたものです。
 ま、それだけ近くでミクさんを独占していたというわけですけどね..。
 なにしろ、自分の立っているところから透明スクリーンまで、4メートルくらいしかないのだ。その間には何もない。もともとぼくは眼鏡のせいで視界が狭いから、視界のなかにはミクさんだけという状態ですよ。もう世界には俺とミクさんだけ! 

でもみんなでミクさんを共有

 ディラッドボードは反射率が高く、照明によってはミクさんの足元に常に客席のおれたちが写ることに。
 でも、そこに写る、自分含めたおれたちのあまりの笑顔っぷりが、むしろ楽しかったです。みんなでパーティを楽しんでいる感覚が止まらないの。ミクさんってもともとそういうもんだ、それぞれの楽しみ方が集まるからこそ楽しいんだ、というのが元来自分の信条なので。
 あと、そこに写るサイリウムの光をみて、振るタイミングを調整できたのはよかった。自分は極めてリズム感が悪いので、このボード上の光と左右の人たちが頼りでした。とくに左隣のネギ降ってた方には心の底から感謝したい...。

印象に残った衣装

 前半はけっこう実在感ないなーと思っていたわけですけど、中盤の浴衣姿のミクさんはテクスチャの加減なのか、異様にリアルに感じられました。いや単に浴衣がかわいかったからかもしれないけど。背中にさしている団扇とか、夏祭り感が非常に高く、8月のライブならではの嬉しい演出でした。
 その他、『ローリンガール』の月みたいなパターンがデザインされた衣装、『初音ミクの激唱』のときの衣装&髪型が印象に残りました。

ミクさん以外のひとたち

 登場時間は極めて短かったが、曲の扱いがていねいだったため不満なし。
 リン・レンの『悪ノ娘』『悪ノ召使』って正直ちょっと苦手な曲目なんですが、ステージ上で、二人揃ってやられちゃうとぐっと来ざるをえない。
 同様に、ルカさんの曲もぼく好みのものではなかったんだけど、ライブでその良さを再発見できたという印象です。マジメな顔で『RIP=RELEASE』を歌っていたルカさんが、『ルカルカ★ナイトフィーバー』になったとたん笑顔になるという演出がもうね...。ピンクのサイリウムを買っておいてよかった。

感動の終幕

D
 大トリの『Starduster』は初めて聴く曲だった。正直、最後に耳慣れないバラードかあ、と思ってしまったのだけども、すぐにその曲の素晴らしさに引きこまれた。「誰より大切な君に/愛されないことを恐れ」るゆえに離別を選んだ者が、再び愛を求めるという歌詞の内容は、むろん歌それ自体としても素晴らしいものなのだが、なんだかいろいろなものが重なって思えて、胸がいっぱいになった*1
 「愛を/愛を/愛を」。ただひたすらに繰り返される言葉。ただひたすらに繰り返すミクさん、そして観客の人たち。
 初音ミクという非実在のものが、愛をうたい、それにこれだけの人たちが応えている光景に、ぼくは震えを止めることができなかった。

 私たちは、「ミク」が実在しないことをよく知っている。それがデータの塊でしかないことも分かっている。にもかかわらず、ただ「いる」という存在感だけは受けとってしまう。逆にいえば、そこには「誰もいない」、いや「何もない」ことを知悉している。だからこそ、この圧倒的な空虚、絶望的な孤独の前に、あるいは、ただ世界に「存在すること」だけがむき出しのまま放り出されているという事実の前に立ちすくみ、涙するのである。

――伊藤剛「ハジメテノオト、原初のキャラ・キャラの原初」(『ちくま』08年3月号)


終幕後

 かようにすばらしいライブだったので、幕が降りたあとは、かなり長い拍手が続き、客席からは「ありがとう」という声が響いていました。多くの人が席にとどまって、周囲の人たちと声をかけあったり、呆然と宙を見つめていたり。
 とにかくこの感動を人と分かち合いたいという気持ちが強くて、ぼくも周りの席の人たちと二言三言、声をかわしてしまいました。後ろの席の方からは、客席にまかれた銀テープをいただきました。「前のほうにはふらなかったですよね? どうぞ!」と親切にも渡してくれた後ろの人、ありがとう!
 そういう雰囲気だったから、打ち上げに参加した人はさぞ楽しかったろうなと思います。

まとめ

 ...断片的ですけど、昨晩つぶやいたこういうことに尽きると思います。そして、

 という、3/9ライブビューイング後につぶやいたことはまあ正しかった。「ミクさんって誰かに与えられなきゃ会えないもんじゃないよね。自分で会いに行くもんだよね」、そういう想いをまた新たにした次第です。ほんと会いに行ってよかったよ。

*1:今回のステージでは、喪失やかなえられない愛を歌う歌(『ハロー、プラネット。』『Yellow』)、初音ミクの無力さと力に言及した歌(『歌に形はないけれど』)が目立ったように思うんだけど、これはやはり、3月9日と今日のあいだに横たわるこの数カ月の日本の現実を反映させてのものなのかしらん。