こづかい三万円の日々

40代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

社長冒険記『北北西に進路を取れ』

 広告屋ソーンヒル(ケーリー・グラント)は、偶然から全くの他人と間違われ、謎の男たちに拉致される。一晩の軟禁ののち男たちの手を逃れたソーンヒルだったが、彼の行先には更なる苦難と冒険が待っていた。
 1959年、アルフレッド・ヒッチコック監督。

 俺スパイ感探求の旅9本目。
 ゲオのサスペンス棚でこれを手にとって気づいたのですが..超恥ずかしいことに..お、おれ、ヒッチコック観たことなかった! ぎゃー! 恥ずかしい!
 ゴダールとかフェリーニとかそういう系統(ってなんてヒドイまとめぶり)はまだいいんですよ。いやあ学がなくってサーセン、みたいなごまかしができるので。でもヒッチコックはダメだろう。自分にとって最初の一本を観て、そのことを痛感しました。だってめっぽう面白いんだもの。
 ソール・バスによるオープニングにはじまり、50年たっても古びない映像のつるべ打ちが実に楽しい。往年のハリウッド映画らしい豪勢なセットには、現代の目からすると逆に牧歌的な雰囲気を感じてしまうのだけれど、随所に挟み込まれる超遠方からのショットが、スケール感をがっつり出していて帳消しにしている。この遠方からのショットは、個人のまえに立ちふさがるアンダーグラウンドの圧倒的な巨大さも体現していて、巻き込まれサスペンスの演出としてもすばらしい。
 主人公のソーンヒルは、これまたケーリー・グラントの当時の人気を知らない現代の人間からすると「こんなおっさんの追跡劇を観ていてもそんなにたのしくないなあ..」という第一印象を持たざるをえない。でもさんざ酷い目にあい、裏切りに傷ついても、惚れた女のために奮闘する姿には思わずキュンとしてしまうのだった。広告代理店のボンクラ社長ということで、これは要するにいまのロバート・ダウニー・Jrなのだ、と思って観るとなんだか腑に落ちる。
 キュートさだけでなくて、窮地を切り抜ける口八丁手八丁もなかなかに格好良い。ことの真相を把握して敵の懐にとびこむシカゴのくだりなんて、会話の応酬が実にクールで惚れ惚れしました。

 アクション映画としてみると、最も盛り上がるのは、この名作のなかでも特によく言及される中盤の飛行機チェイスシーン。とうぜん素晴らしいんだけど、演出の力もあれど、複葉機を得体の知れない敵の航空メカとして魅力的に描けたのは、時代のなせるところでもあろうなあとも思う。
 適当な見当だけれども、ジェット機とヘリコプターが大勢を占めていくこのあとのアクション映画界においては、複葉機をかように描くのは辛くなっていったろう。じゃあジェット機をここにあてはめればいいかと言ったらそれは無茶な話なので、代わりに台頭したのがヘリコプター。ベトナム戦争で米軍が多用したのも大きかっただろう。
 80年代、90年代を通過していくとヘリコプターも登場頻度が高すぎて、謎の恐怖メカという感触はもはやまとえない。そういう文脈で考えると、ここ数年のアクション映画で登場するようになった無人機プレデターは、久々に現れた謎の敵メカとして非常に貴重だといえる。ぼくは『北北西に進路を取れ』の飛行機チェイスを見ながら、『ミッション・インポッシブル3』のプレデター空爆シーンを思い出したんだけれども、これはあながち無関係でもないのかもしれない。

 巻き込まれサスペンスなので本来的な意味での「俺スパイ感」は薄いんだけど、前述の個人対巨大な悪の構図がまずきれいに決まったうえで、主人公の奮闘ぶりが鮮やかなため、「スパイと戦ってる俺感」とでもいうようなクールさ/痛快さ/格好良さがある。これはこれでたいへんおいしくいただけます。
 そのおいしさに大きく寄与しているのが、ファムファタル役のエヴァ・マリー・セイント。前半の冷酷さ、中盤の惑いぶりと、まあそんな女ァいねえよ!という王道のファムファタルぶり。たいへんステキでした。リアルタイムでこの映画を観ちゃったおじさんたちは、さぞいかれちゃったんでしょうねえ。

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