こづかい三万円の日々

40代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

地獄からの往復切符『ドライブ・アングリー』(ネタバレ気味)

 カルト教団に誘拐された孫を救うため、無法者ミルトン(ニコラス・ケイジ)は決死の追跡劇を開始するのだった――という本筋だけをみるとなんだか『神は銃弾』の映画化みたいですが、あの小説を百倍頭悪くしてある要素を付け加えた、似て非なるものであります。
 実はミルトンはある重大な事実を隠していまして、いやまあ多少の読解力がある観客にはバレバレなのですが、ヒロインは最後までわからないまま。日本版予告編や宣伝でもそこは隠されているので、以下はいちおうネタバレ含むと断っておきます。

 ミルトンは実は死人でして、孫の危機を知って地獄から舞い戻ったということになっています。それを追うのが地獄の監査人ウィリアム・フィクトナー
 地獄の人なので、当然様々なスーパーパワーでもって人間を翻弄します。ヒューゴ・ボスのスーツを一切乱すことなく南部の大男を血祭りに上げ、アホな警官たちを騙し、大カークラッシュからも涼しい顔で生還する。彼に驚いた目撃者が「ジーザス!(なんてこった)」と叫ぶと、「あいつ短髪のほうが似合うんだよね」と能天気な返答をする――というギャグに大笑いしました。「神殺し」なる巨大銃が登場したりとか、まあキリスト教っぽいボンクラなネタがたいへん楽しい。

 つまり、ヲタ業界にたとえるなら、キリスト教は二次創作がむちゃくちゃやりやすい宗教だということだ。同人のネタにしやすい世界設定があるのだ。そういうわけでダンテもミルトンもキリスト教同人誌を書き、「神曲」と「失楽園」はともに大ヒットして書物の歴史に名を刻んでしまった。キリスト教の公式設定に俺様脳内設定を付け足した、TRPGのアドバンストブックみたいな本が。これはちょっと他の宗教にはない情熱だ。
――神は沈黙する-伊藤計劃:第弐位相

 『コンスタンティン』(大好き!)のレビューで伊藤計劃が指摘する通り、世にはキリスト教二次創作というジャンルが存在する。ぼく自身、ちょっと高級なのは辛いんですけど(遠藤周作くらいが上限)、とくにハリウッドの軽いノリのそれは非常に大好物です。たぶん吸血鬼ものもキリスト教二次創作の一種として楽しんでいる。
 たぶんこれは偽史ものとか忍法帖ものとかの楽しさとも共通している。教科書に載っている正典をハックし、勝手な落書きを加える楽しさ。「俺たちだけが知っている秘密」を厨二的にキャッキャと披露しあう感じ。
 『ドライブ・アングリー』もこの手の映画の歴史に残るであろうたいへん楽しい映画でした。

 『コンスタンティン』もそうだったけど、この手の映画って、かっちりした設定を作るよりは、「お客さん、わかってますよね?」という顔で、説明抜きでやられるほうが楽しいんですね。今回も、地獄からどうやって脱獄したのか、「神殺し」をどうやってミルトンが入手したか(ミルトンいわく「そこにあったから盗っただけだ」...ってアホか!)、といったあたりの説明は非常にずさんなんですが、ゆえにゲラゲラ笑いながら楽しめる。
 そういえば、観ていて『黒執事』をぼんやり思い出していました。あの作品も、説明が薄いときのほうが楽しかった気がします。

 なお、『黒執事』を思い出したのは、ミルトンと監査人のイチャイチャ喧嘩してる感じも手伝ってのこと。序盤での監査人は、何考えてるかわからない恐怖の存在なんだけど、中盤からなぜかミルトンの益になるようなこともし始めて急激に甘くなる。カルト教団が赤子をルシファーに捧げようとしてるのを「あんなことしたら、マジメなルシファーさん怒っちゃうんだよなあ」などと嘆いているので、ミルトンと共通の目的がある――という体にはなっているんだけれど、フィクトナーの演技を観ているとどう考えても監査人がミルトンと「仲良く喧嘩」することを楽しんでいるとしか思えない。ラストでミルトンの運転する車の助手席に乗っているときのいい顔ぶりときたらもう。
 『コンスタンティン』でも、主人公が神/天使/悪魔から嫌われつつ愛されてる感じがあったので、この雰囲気は実はキリスト教二次創作の世界と深いつながりがあるのかもしれません。そういやルシファーだって神様と仲良く喧嘩してる感じするしな。

 なんだかちょっと腐ってる人向けのことが多めになりましたが、先日観た『ピラニア3D』*1に通じる、見世物小屋的3D映画の快作でもあると思います。『シューテム・アップ』リスペクトな駅弁銃撃戦とか、"Thet's the Way"を聴きながらノリノリでトラックを暴走させるウィリアム・フィクトナーとか、常に非常に頭の悪いアクションシーンの演出には拍手したくなりました。こういう3D映画がこれからもどんどん作られてほしいものです。


エンディングで流れるこのミートローフがまたいいんだよねー。俺は生きてる!死んでるけど!

*1:音楽のマイケル・ワンドマッチャーという人は『ピラニア3D』もやってたんですね。