こづかい三万円の日々

40代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

ゼロ年代前半 911、防げなかった罪・引き起こしてしまった罪

 2001年、リドリー・スコットの『ブラック・ホーク・ダウン』、トニー・スコットの『スパイ・ゲーム』が公開されました。兄弟して同年に重要作をドロップするあたりさすがです。
 前者は現在に至るまでの戦争のヴィジュアルスタイルを決定づけており、スパイ映画にも影響を与えています*1
 政府機関のスパイには元特殊部隊員が一定数含まれることを踏まえて、『ザ・ロック』などの90年代特殊部隊ものと『ブラック・ホーク・ダウン』をみておくと、ゼロ年代ピアース・ブロスナン的なスパイ像が否定され、ザンダー・ケイジ(『トリプルX』2002年)を経由してダニエル・クレイグに至る道筋がわかると思います。『カジノ・ロワイヤル』公開前のダニエル・クレイグのパブリックイメージって、ワイルドな筋肉男、というほうが強かったですからね。もうタキシードを着たスパイじゃ世界情勢に太刀打ち出来ない、という雰囲気。

 2001年といえばもちろん911
 『スパイ・ゲーム』は、まだポスト911の空気に侵されておらず、スパイとスパイマスターの忠義のドラマを純粋に味わうことができます。

 翌年の『ボーン・アイデンティティー』はゼロ年代を代表するスパイ・フィクションですが、同様に、911の影響は殆ど受けていないと思われます。
 初見時は、こちらも、クラシックなアクション映画という印象が強かった気がします。
 シリーズがアメリカの「罪」を本格的に背負い始めるのはやはりポール・グリーングラスが参加してからのことで、2004年の『ボーン・スプレマシー』では、ポスト911を抜け出すための回答をすでに提示してしまっています。すなわち、自分の罪について、まずちゃんと謝れ、ということ。

 911を、そこに至る暴力の連鎖の始発点としてのアメリカの罪、ではなく、自国民に被害を出してしまったスパイの職業上の罪とみるのが、『狂犬は眠らない』(2006年)。その罪の意識ゆえに発狂してしまったスパイたちが主人公の、戯画的ながら実に泣けるスパイ譚です。刊行当時はバカミスにエントリーされていたりと色物扱いでしたが、911後の情勢が落ち着いた今なら、その切実さを正面から味わえます*2。誰か映画化してほしい。

狂犬は眠らない (ハヤカワ・ミステリ文庫 ク 14-1)

狂犬は眠らない (ハヤカワ・ミステリ文庫 ク 14-1)

 911後、アメリカは、2001年にアフガニスタン、2003年にイラクへとそれぞれ侵攻します。
 熱狂するアメリカ国民に、やったらやりかえす、それでいいの?と冷水を浴びせたのがスピルバーグの『ミュンヘン』。あっ、ダニエル・クレイグも出てますね。

 アフガンでもイラクでもなく、問題の根源をきちんと攻めるべきだったんじゃねえの、というのが『キングダム』(2007年)。限られた時間と支援のもと敵を見つけ見事倒す、チームもの・仕事人ものの楽しさと、それでもやはり連鎖していく暴力のやるせなさが入り混じった余韻が出色。

*1:とはいえそれって変だよね、というのは伊藤計劃の指摘どおり。http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20070719

*2:同様に、『スーパーマン・リターンズ』の飛行機墜落阻止シーンも、フィクションの力で911の記憶を昇華させようという意志に満ちていて、ぼくは好きです。