こづかい三万円の日々

40代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

ゼロ年代後半 スパイの凋落と復活

 イランとアフガンの勢いにのって、2004年にはブッシュ・ジュニアが大統領が大統領選に再選。
 同年、マイケル・ムーアがブッシュ再選を阻むために『華氏911』を製作します。
 ムーアやモーガン・スパーロックをはじめとするドキュメンタリー映画のブーム*1、そして2007年のウィキリークス公開は、ゼロ年代後半のモキュメンタリー/実録もの/地獄めぐりもの*2へとつながっていきます。
 アンダーグラウンドの事情を見聞きしたふつうの人たちが、ライトな陰謀史観を抱くアマチュアスパイと化していく。そうなるともう本職のスパイの立場なんてありません。『アメリカを売った男』は、スパイがもっていた幻想をすべて身ぐるみ剥がされたしょぼい中年スパイの物語*3

 2006年、スパイ映画を代表する二大シリーズの新作が揃って公開されます。『カジノ・ロワイヤル』、そして『ミッション:インポッシブル3』です。前者はボンド役のダニエル・クレイグ、後者は監督のJ・J・エイブラムスによって、フレッシュな魅力をそなえる映画となりました。
 しかし、いずれの映画においても、主人公のスパイを動かすのは私的な動機でした。国家のため、大義のために動かなければならないという使命も忠誠心もなく、個と公が対立する葛藤も生じません。ジェームズ・ボンドもイーサン・ハントも一人の男としてしか戦っていない。


 英米のスパイ・フィクションに失われた葛藤と色気、ロマンは、ゼロ年代後半に『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』『ノー・カントリー』を頂点とする、悪意に満ちた荒んだ世界を好き好んで描くハリウッド映画の趣味みたいなもののなかから再生してきたように思います。
 その契機として、2007年の『フィクサー』、2009年の『ザ・バンク』を挙げたいところですが、最も世間に影響を与えたのはやはり2008年の『ダークナイト』でしょう。



 ところどころに散りばめられた冒険小説風味、盗聴の背徳感、大義のために恋人をさえ犠牲にせざるを得なかった仕事人の矜持。いや、あくまであれはアメコミヒーロー映画であって、いずれの要素も、個々を取り出してスパイ・フィクションの文脈で賞賛するには薄味なのですが、それでも歴史的な大ヒットをとばしたこの映画が、「たとえ陽の目を見なくとも戦え」という鼓舞を、世界を暗くとらえる観客に与えたことは確かで、それがブッシュの任期終了・オバマ大統領当選の年に重なっていたのはなかなか象徴的です。


 同じく2008年には『ハート・ロッカー』『ランボー/最後の戦場』も公開され、そのいずれもが、際限のない地獄としての世界で、それでも戦い続けることを選択する者を描いています。

*1:日本においては彼らを日本に紹介した町山智浩、それに今は見る影もないですが上杉隆の活動にも注目したいですね。

*2:トゥモロー・ワールド』を頂点とする、主人公が世界の各地を彷徨い絶望的な状況を目にするフィクション。ぼくが勝手つくったジャンルです。

*3:http://d.hatena.ne.jp/tegi/20110731/1312093387