こづかい三万円の日々

40代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

ハリウッドの外で

 ところで英米のスパイ・フィクションが華やかさを失っていたころ、日本では、二つの偉大なスパイ・フィクションが盛り上がっていました。
 ひとつめは、小島秀夫によるゲーム『メタルギアソリッド』シリーズ。
 1998年の『メタルギアソリッド』、2001年の『メタルギアソリッド2』と、英米の冒険小説やアクション映画を祖としつつも独自進化を遂げた日本を代表するこのスパイフィクションシリーズは、冷戦下の戦いを描く『メタルギアソリッド3』(2004年)において、愛と裏切りのドラマの濃厚さ、アクションやメカの豪華絢爛さ、そして何より俺スパイ感の高さにおいて、スパイ・フィクションの頂点を極めました。


 もうひとつは、神山健治による『攻殻機動隊 Stand Alone Complex』(2002年)、『攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG』(2004年)。
 押井守より、士郎正宗とイギリスドラマ『特捜班CI5』のテイストをより濃厚に、超高度に情報化された社会で展開される刑事/スパイ・フィクションであるこのシリーズは、恐らく世界的な影響力は低いと思いますが、ここまで振り返ってきたようなゼロ年代の空気は濃厚に呼吸していて、個人的にはとても好きです。
 個人が組織に果敢に戦いを挑む第一シリーズ、仕組まれた紛争の内で「個々の場でスタンドプレーすることで結果として優れたチームとなる」公安九課が熱い第二シリーズと、どちらも甲乙つけがたい面白さ。
 菅野よう子によるサウンドトラックの俺スパイ感も最高です*1


 『メタルギアソリッド』にせよ『攻殻機動隊』にせよ、近年の新作は少々テンションがダウンしてしまっていますが、日本を代表する現代スパイ・フィクションとして今後もがんばってほしいものです。
 たとえば、08年の『メタルギアソリッド4』はゲームとしては残念な出来だったものの、伊藤計劃による傑作ノベライズを生み出しています。伊藤計劃自身がそうだったように、小島秀夫神山健治の作品に触れることで、スパイ・フィクションの世界を知る若いファンも多いことでしょう。


 伊藤計劃版『メタルギアソリッド4』が、語り手と戦う者とを分離させて語ったために、盗み見るものとしてのスパイという要素は薄めていたのとは対照的に、2009年のジェイムズ・エルロイアンダーワールドUSA』は、「腰抜けの覗き野郎」である童貞の探偵を主人公に据え、全編に覗き見の背徳感を漂わせています。
 裏側から覗き見られるアメリカの暗黒史。男たちの色気がすさまじい三部作の一作目『アメリカン・タブロイド』(1995年)から『アメリカン・デス・トリップ』、そして『アンダーワールドU.S.A.』最終章「NOW」に至るとき、911の「罪」は何ら新しいところのない、ずっと昔から存在したものだったのだと痛感します。

アンダーワールドUSA 上

アンダーワールドUSA 上


 小説といえば、本国スウェーデンでは2005年から2007年にかけて刊行された『ミレニアム』シリーズにもスパイが登場します。政府情報部の老人たちと、スーパーハッカー:リスベットとジャーナリスト:ミカエルのコンビの対決に、かつての「スパイ」と、情報化社会で力を増したアマチュア「スパイ」がぶつかりあっている構図を読み取ることも可能です。

ミレニアム2 火と戯れる女 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ミレニアム2 火と戯れる女 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

*1:2nd GIGの"To tell the truth"、"We can't be Cool"は、スパイ小説を読む時の定番。