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こづかい三万円の日々

30代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

俺はここにいる『探偵はBARにいる2 ススキノ大交差点』

映画

「おっ、降ってきたな」
「俺、雪が降り始めるとわくわくしちゃうんだよ」
「子供かよ」

 冬のはじまりの札幌の空気はおもしろい。
 これから半年間続く、雪と寒さに閉ざされた苦しい時期に陰鬱となるいっぽうで、心の半分では、なにか素敵なことがはじまったという感覚を抱く。街全体がそういう空気に包まれる。

 札幌や北海道に限られた話ではないのだろう。辺鄙さや気候、貧しさといったハンディを背負った「地方」の人たちは多かれ少なかれ、こうした自分たちの背負うハンディへの愛憎入り交じった感覚を抱いているのではないかと思う。
 故郷を罵倒しつつも、ずっとそこに留まっている。たとえ、人や金のしがらみのせいで、抜け出せないということであっても。

 『探偵はBARにいる2』は原作『探偵はひとりぼっち』にさまざまな変更を加えている。まさかあのかわいい春子ちゃんがあんなことになるとは思わなかったが*1、その大半がいい結果をもたらしている。
 なかでも尾野真千子演じる弓子の設定とその生かし方は出色で、彼女の存在が最後の10分間ほどで事件の未知の側面、そして探偵とススキノの世界を逆照射してゆくさまには唸った。そして泣いた。
 札幌の街がもつ、相反した思いや空気感といったものが、そこにみずみずしく描かれていたからだ。

 原作『探偵はひとりぼっち』は、原作者も認める「地味な作品」だが、しかしシリーズを通して読んでいくと、主人公「俺」が大きな変化を迎える重要作だということがわかる。

 今まで、いろんなクズを見てきた。だが、こんな連中は初めてだ。

 真犯人とその動機にふれ、彼は愕然とする。そのうえに個人的な事件も重なって、小説の最後で彼は大きく変化を迫られることになる。
 その変化は巨大すぎ、次作『探偵は吹雪の果てに』で作者はファンが腰を抜かすような急展開を行うことになるのだが、それはまた別の話。
 映画の「俺」もまた真相を知って愕然としはするのだが、しかし彼は打ちのめされることなく持ち直す。
 真犯人の悪にここで対抗するのが、被害者マサコちゃんの生き様だ。逆境にめげることなく、人生を謳歌し、友人たちを楽しませた彼女の輝き。さらに、弓子が加える新たな一面が大きな補強となる。

 終幕まぢか、「俺」が弓子にバーで言ってきかせるくだりは、かつて札幌に暮らし今は離れている人、あるいは道外に憧れるも道内に留まる人、北海道と「ここではないどこか」を夢見た人ならば、みな胸を打たれるのではないかと思う。
 おれたちはここで輝いている、という宣言。

 ステージに復帰した弓子が思いかえす、マサコちゃんの言葉もいい。うまかろうが下手だろうが、人が音楽やショーで人を楽しませることの美しさと輝き、切なさを濃縮したせりふだ。そして、彼女の音楽を聴いているマサコちゃんの心情を、椅子に座ったままの佇まいと表情だけで伝えてみせるゴリの演技!

 弓子の成長と街の再生*2を見届けた「俺」は、再び街へ戻る。
 エンディングで流れるのはムーンライダーズ『スカンピン』だ。金や栄光への下衆な憧れを抱きながらも、飄々と生きていく者たちをうたう。

 映画の製作者たちが知っていたのかどうかわからないが、ススキノのはずれに「すかんぴん」というバー兼カフェがある*3
 もちろん店名はムーンライダーズの曲にちなむ。ぼくが初めてムーンライダーズの音楽を聴いたのは、マスターからCDを借りてのことだった。
 彼はシナリオの賞を取るほどに映画に通じており、もちろん音楽通でもある。店には大量のDVDとCD、本が並ぶ。薄暗めのカウンターには、会社員や学生、ススキノで働く人々が日夜集まる。にぎやかなときもあれば、ほんの数人で静かに過ごせるときもある。
 ぼくは本当にこの店が大好きだった。東京に住むいまは、あの店で過ごしたいばかりに札幌への旅行を夢想する。
 だから、この映画の最後に『スカンピン』が流れてきたとき、すこしばかり声をあげて、ぼろぼろ泣いてしまった。

 そういうわけで、もともと札幌の街をいとおしく思える映画としてつくられているうえに、このような個人的な思いもあって、心のど真ん中に刺さってしまったのでした。
 2013年のベスト映画。早いけど。

*1:ヒロインをひでえ女にしたうえでエロ要素と共に冒頭にガツンと出したことで、原作ファンも「おっ、これは別物なんだよな」といい意味で腹を据えられたと思う。おっぱい綺麗でしたね。

*2:原作では複数だった犯人が単数になり、あのような顛末を迎えることには少々不満も感じないではないけれども、とらえようのない暗黒の余韻を残す原作のままでは娯楽映画としてのバランスが崩れてしまう。さらに深読みして言えば、「街がみずから犯人を罰した」とも思える顛末でもある。そういえば本作にはほとんど警察が登場しない。

*3:http://tabelog.com/hokkaido/A0101/A010104/1029470/などを参照ください。こじんまりとカジュアルな造りとマスターの人徳のおかげで、女性一人やおたく、酒の飲めない人といった飲み屋の敷居を高く感じる類の人でも気分よく過ごせる店だと思います。かっこつけてお酒を飲むこともできるし、仕事帰りにさくっとご飯を食べてまた明日、なんて過ごし方もできる。札幌に住んでいる人はぜひ映画のあとに行ってみてください。