こづかい三万円の日々

40代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

ジブリ美術館で、仕事のことばかり考えていた

 一昨日、ジブリ美術館に行ってきました。8月の頭にわーっと衝動的にチケットを取ったら、偶然にも宮崎駿引退会見の日にあたってしまった。
 夏期休暇をとっていたんですけど、そう簡単には休めず半日仕事をして、しかもこういう日に限って今後しばらくの間へとへとにさせられそうな超ヘヴィな案件がいくつも発生し、この秋おれは生きて越せるのだろうか、と泣きながら吉祥寺へ向かいました。いやほんとヘヴィすぎて笑った。なんでこんな日に。

 ジブリ美術館については妻が行こうと言い始めたもので、ぼく自身は特に下調べをせずにいました。なので、展示の中心がジブリの個々の作品についてではなく、アニメーションや映画そのものの成り立ちや面白さを伝えることにあったことに驚きました。
 立体ゾーエトロープやパノラマなどの、ただそこにみえるものが「動く」、「異世界を作り出す」、だけで感じる気持よさ(「動きはじめの部屋」)。その原始の喜びをそのままに、イメージボード、原画、動画..と順を追って体感していくアニメの作業工程(常設展示室「映画の生まれる場所」)。そして、それらが結晶化した作品が上映される場(映像展示室「土星座」)のいとおしさ!
 原始に戻って再度アニメへの愛と欲望を更新できるような流れの展示に、興奮しっぱなしでした。「いまおれはとにかくアニメ映画を観たいぜ!」という気分になる(疲れたから行かなかったけれど)。
 建物じたいも、カフェの食べ物や図書室の本もみな魅力的で、また季節が変わったら繰り返し訪れてみたいと思っています。

 さてそんなすばらしい展示のうち、特に印象的だったのは「映画の生まれる場所」コーナーにいくつも並ぶ、大量の資料やがらくたに囲まれた仕事机でした。
 企画とか原画とか、映画の各段階の作業を行う人の机、というイメージなんだけれども、でもそれは明らかに「再現」ではない。「こういう環境で仕事をしたい..!」という宮崎駿の声が聞こえてくるような雰囲気。ヨーロッパ風の歴史と文化を感じさせる調度品に、いい具合に手垢を吸収したよれよれの本。その「工房」とでも呼びたくなる雰囲気の机は、ドキュメンタリー映像等で目にするスタジオジブリの実際の風景とは全く異なります。
 で、宮崎さんは、スタジオジブリという場もこういう場を目指して作ったんじゃないかなーと思ったのですね。
 あんな作品を作りたい、素晴らしい映画を作ろう、とかいうよりは、労働者としてハッピーな場を作りたいという動機のほうが強かったんじゃなかろうか。
 で、ジブリでもある程度はできているけれど、より究極に近い仕事場をかたちにしてみたい、ということで、展示の場に出力したのではないか。
 あくまで勝手な空想なんですけども。でも、彼が若きころ東映動画の労組書記長をやって職場のために奮起していたことなんかを考えると、そう的外れな妄想でもないはず。

 彼が引退するにあたって、「宮崎駿の後継者は誰か」といった議論をよく見かけます。ですが、もしかしたら天才・宮崎駿個人の継承というのは、スタジオジブリにとっては些事なのかもしれません。むしろ、ジブリという場がいまの質を保って存続し、内に抱える人たちの労働の質を守ることのほうが大事なのではないでしょうか。
 今回の引退宣言も、その本意は「一定のペースで長編作品を制作できなくなったので、スタジオジブリの長編製作サイクルから外してもらった」ということのようですし。

 とすればこれからは、スタジオジブリを「傑作を生み出すかどうか」ではなく、「労働者たちに末永くよき環境を提供できるかどうか」で評価すべきなのかもしれません。
 そしてそういう方向にジブリが自ら意識しながら進むのならば、その試みはなにもアニメ業界にかぎらず、日本の働く人の多くに示唆を与えてくれるのではないでしょうか。
 異常なまでに高い業績をあげ、しかし今は平均あるいはそれより少し下くらいのポジションで低空飛行を続けていく...スタジオジブリの現在は、まるで戦後日本そのものじゃないですか。
 再びの宮崎駿=高度経済成長を期待せず、現状できることを、皆ができるだけ快適になるように、やっていく。上向きの業績じゃなくったって、偉業を達せなくたって、ぼくたちの仕事には価値がある*1。そう信じていたいので。
 そういう構図に、日本の一サラリーマンとしては、希望を見てしまうのです。

 仕事でたいへんなことが連続した日だったものだから、ジブリ美術館では始終こんなことを考えていたのでした。
 まったく、いったいなにをしに行ったんでしょうね。

*1:アニメーション映画を作ることはただそれだけで偉業であり、ぼくのような凡人の駄目な仕事ぶりとは比較できない――ということも思いますが、でもここはぐっとこらえてそんな考えは捨てておきます。