こづかい三万円の日々

40代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

学園映画の傑作『クロニクル』

 『アメリカン・パイパイパイ!』公開に向けてアメリカの学園映画のことを考えている時期に観たので、SFとしてよりも、学園映画としての美点がつよく印象に残りました。

 もっとも「うまいなー」と思ったのは、主人公がカメラで撮影していると「キモいから止めて」と言われるのに、ちょっといけてるブロガーの女子は全然言われない、というところ。
 カメラを持つ人が二人もいるっていうのは登場人物の配置としてはやや不格好でもあるのですが、同じ行動をするにも関わらず周囲からの扱いが180度異なるというやるせなさが、じつに学園映画らしい。ちょっとした差異がすべてを変え、天国から地獄まで一瞬で行き来させてしまう。
 学園映画らしいディテール*1は映画の随所に見られ、それらの効果は、作り手の力とともにアメリカにおける学園映画の歴史と蓄積をも感じさせてくれます。

 物語の中心にいる三人はみな、愚かな自分を乗りこなしながら、自分の信じる善きことを目指そうとする。それが少しずつ少しずつ悪い方へ絡み合っていく。
 「このいじわる!」と監督をなじりたくなるほどに、映画は各人の「正義」といやらしさを浮き彫りにしていきます。病室でのアンドリューの父親なんて絶品でしたね。ぼくも途中まで信じちゃったよ。
 82分の映画とは思えないほどに、プロットも演出も的確かつ細部まで作りこまれていて、映画としての上手さにも驚きです。むろん、上手い映画と愛せる映画とはまた別で、十代で観たならばともかく、今はこの映画もやや遠くから眺めたような気分でもあるのですが。

 眺める、といえばなんといってもこの映画のキモは視点です。ふわふわと近づいたり離れたりする「視点」。
 本来ならこの視点について語るにはPOV映画、はたまたカメラそのものの歴史を掘り起こすべきなのでしょうが、ぼくの浅い映画の知識と記憶のなかから即座に思い浮かんできたのは、『タクシードライバー』と『ボウリング・フォー・コロンバイン』(特に、コロンバイン高校における監視カメラの映像)でした。肥大化した自意識が生み出す暴力をありのままに映しだした映像/鏡像。
 心底愚かで面倒くさく、でもそこに託された自意識の生暖かさがいやに親しくも感じられる、あの視点。自分の写った映像に感じる醜さと愛おしさ。

 語らずとも語るこの映画の視点の力は、大げさにいえば映画というものの可能性を示している。
 もう少し小さい話に言い換えるなら、その視点の力は、青年たちへの叱咤と慰めをもたらす。自他を冷静に見ることのできないでいる彼らをときに暴走させときに賢くさせる(と願いたい)。

 日にちも場所も限られたかたちでの上映のようですが、一人でも多くの青年たちが、観て、楽しんでくれればいいなと思える映画でありました。傑作。

コロンバイン銃乱射事件の真実

コロンバイン銃乱射事件の真実

↑若者の心がからみ合って生じたあの悲劇を、細部にわたって冷静に描き切ったのがこちら。


デジタルカメラ時代の学園映画といえばこちら。

*1:階層の異なる子供たちの友情、タレントショーで一躍人気に、パーティとゲロ、などなど。