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こづかい三万円の日々

30代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

みんなでユルく楽しくがんばる。そして辛かったら逃げる。『ガッチャマンクラウズ』

アニメ おたく文化

GATCHAMAN CROWDS   Blu-ray BOX

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 『ガッチャマンクラウズ』について書いた。
 好きなところが大量にある作品で、ぜんぜん語りきれていないのだけれども、立川あにきゃんトークショーの熱気が自分のなかに残っているうちにアップしておきます。

◆◆◆

 震災から仕事のミスまで、生きることは苦痛に満ちている。嫌なことばかりの毎日、フィクションのなかくらい、颯爽と活躍するヒーローの姿を見たい。
 でも一方で、もはやそれだけじゃ足りないんだ、という気分もある。たった一人の超人がいれば世界は救われるのか。世界を知れば知るほど、そう単純にことはおさまらない、ということがわかってくる。
 こうして、いまヒーロー譚を観るぼくの心は、二つの相反する気持ちに引き裂かれることになる。ヒーローを求める心と、ヒーローを否定する心とに。

 『ガッチャマンクラウズ』は、この二つの心をフルスイングで同時にぶっ叩いてくれるアニメーションなのであった。

 シリーズ冒頭こそ、普通の女の子が突然ヒーローに任命され宇宙人と戦う、というわかりやすい入り口だったけれども、その後の展開は、前述のようなヒーロー譚周辺の諸問題や、現実への返歌を織り交ぜた斜め上のもの。なにせ、「敵」とされた地球外生命体とは、二話目であっさりコミュニケーションが取れてしまい、万事解決してしまうのである。
 軽やかな斜め上展開の原動力となるのは、主人公の一ノ瀬はじめだ。ヒーロー譚の相対化、脱構築化といえば『ウォッチメン』や『キックアス』といった陰鬱な作品群が思い浮かぶが、彼女に深刻さはびた一文ない。
 演じる内田真礼に「彼女のことがよくわからなくなってしまったことがあった」と言わしめる*1までに、はじめは何事にも動じない。「ヒーローって何すかねー」と鼻歌まじりに、人の命やガッチャマンの存在意義に関わる問題に向かい合い、決断していく。

 とはいえ、この子はこれはこれですげえ超人ぶりではあるのだが、はじめ自身はフィジカルなヒーロー的活躍はほとんどしない。はじめと出会った人物たちが、彼女の影響を受けて変わり、真のヒーローとなっていく。いわば、ヒーローの果たす役割が複数の人物に分割されているのだ。

 ヒーローの役割を分割し補い合う、いわば人類全体がヒーローになる、というテーマは、ガッチャマンとは別のところで動く副主人公・爾乃美家 累(にのみや・るい)によってより強く示されている。
 彼が開発し運用するSNS「GALAX」のキャッチコピーは「世界をアップデートするのはヒーローじゃない。僕らだ。」。
 累はGALAXのユーザたちが相互に助け合い、事故や事件を解決していく社会を夢見るが、現実のネット同様、ユーザたちの欲望や妬みや無知によって、彼らの持つ力は暴力となり国家を揺るがす自体を引き起こしてしまう。
 ネットワークにより繋がり、共感をしやすくなったはずの現代でもなお、助け合えない人類への処方はあるのか。ぼくたちはヒーローになれるのか。

 思春期からインターネットやソーシャルネットワークに親しみ、それはもうありきたりの当然のものだとわかったうえで、それを利用して世の中はちょっとずつ良くなっている――そう信じたい1982年生まれの人間にとって、こういうテーマ設定はとても魅力的だ。
 ネットワークで繋がった社会でのヒーローを描いた作品といえば、『攻殻機動隊 Stand Alone Complex』と『東のエデン』がこれまでの最高峰じゃないかと思う。『ガッチャマンクラウズ』、とくに一ノ瀬はじめの存在は、盲滅法な軽やかさの一点で、それらの作品からさらに一歩先に行ったと言えると思う。

 さて、そんなはじめたちが到達する、『ガッチャマンクラウズ』なりのヒーローの理想とはなにか。
 言葉にしてみるとたいへん恐ろしいことなのだが、それは「みんなでユルく楽しくがんばる」ということなのである。
 んなあほな、と思うでしょう。そんな簡単なことかよ、とか。
 でも考えなおしてほしい。いま僕たちはマジで「みんなでユルく楽しくがんばる」ことができているだろうか。ユルい、楽しい、がんばる、の三点を満たした生活をしている人というのは珍しいのじゃないかと思う。さらに、その三点を他者にもしてもらいたい、と思えているかどうか。
 けっこう難しいと思う。

 『ガッチャマンクラウズ』の登場人物たちは、このあほな、でも大層難しい目標を示して、でもこいつたちと一緒にやっていこう、と思わせてくれる、そういう魅力をもっている。
 シリーズを観終わったいまは、浮ついたカラフルな絵作り、軽薄ぎりぎりのはじめやベルク・カッツェ、そういったものが、すべてこのあほで難しいことを示すためのものだったとわかる。

 はじめは、強大な敵に怯える仲間:パイマン(平野綾の名演!)に対して「逃げてもいいんじゃないっすかね。とりあえず逃げて、で、また考える」と言う。
 パイマンは、逃げてもいい、と言われたことで、逆に逃げなくなる。真面目一辺倒だった彼は、ユルくやる、楽しくやる、そして時には逃げるという選択肢を持ったことで強くなれる。
 ぼくもいまそういう気分である。

 今夏はハリウッドの超大作が目白押しで、なかでも個人的には『マン・オブ・スティール』が印象に残っているのだけれども、青空とアルカイックスマイルのスーパーマンに対比するように、現代日本の生み出したヒーロー:一ノ瀬はじめは立川の空のもと、ビルとマンションとモノレールの風景のなかで微笑んでいるのだった。

*1:2013/10/26 立川あにきゃんトークショーでの発言。