こづかい三万円の日々

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『暗黒の河』

暗黒の河 (新潮文庫)

暗黒の河 (新潮文庫)

 続いての作品は第10作目長編。『凶弾』に続いて池央耿の翻訳、新潮文庫。4年あいているとはいえ連続の出版で、あとがきでの絶賛ぶりを見るにグレイディをヒットさせたい意向が感じられるが、恐らくそれは叶わなかったのだろう。この布陣の翻訳もこれで打ち止めとなる。

あらすじ:
 CIAのエリート工作員としてベトナム、イランと世界各地で活躍したが、今やアル中の錠前屋に身を落とした男ジャド。孤独に暮らしていた彼のもとに暗殺者が現れた。自分が関わった過去を隠蔽するための陰謀だと察知したジャドは、作家ニックに接触する。

 池央耿は訳者あとがきで言う。「スパイ小説は冷戦の集結によって過去のジャンルに堕しはしない。それどころか、新しい時代を迎えたのだということを、本書は語っていると思う。」
 ソ連が崩壊した1991年に本国で発表され、911の3年前である1998年に日本で出版された本作は、実は『コンドルの六日間』とおおまかな構造を同じとしている。
 政府内部の腐敗。それを知る者のが、味方であるはずの者たちに狙われる悪夢的戦い。異なるのは、主人公ジャドがコンドルと異なり、実際にCIAの現場要員として、数々の活動に携わってきた男だということだ。何も知らなかったコンドルの、数年後の姿と言えなくもない。ジャドは必死に逃走しながら、過去の作戦について思い出してゆく。自分はどんな罪を犯してきたのか。アメリカは冷戦を勝ち抜くためにどんな悪行に手を染めたのか。そう、冷戦は終わっだが、冷戦を戦った者たちの内なる戦いはそこから始まったのだ。
 己の中の敵。贖罪としての戦い。言うまでもなく、ゼロ年代にスパイ・フィクション史の金字塔となった『ボーン』シリーズが描いたテーマでもある。
 敵は誰なのか。そして、傷ついた人々はいかに戦えばよいのか。グレイディは本作の最後で、あまりに哀しい戦い方を登場人物の一人に選択させる。