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こづかい三万円の日々

30代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

2014年のスパイフィクション十選

 本ブログとは別に作っている「スパイフィクションリスト」では、「早川の『冒険・スパイ小説ハンドブック』のアップデート版」を目標に地味にその折々のスパイフィクション(小説、映画、ゲームなど)を少しずつ紹介しています。「リスト」と銘打ちつつも、紹介できている数が少ないのが悔しいところです。年間ベストを決めるにしても分母が少ないとお叱りを受けること間違いなしなのですが、とはいえこういうのは毎年区切りをつけていくのもまた大事なはず。ってことで、今日は2014年のベスト・スパイフィクションを紹介します。

 なお、下記で紹介するものを含め、2014年に発表された作品全体を眺めていただくためには、「2014年のスパイフィクションカレンダー」をご覧ください。いやこれも網羅的というには程遠いのですけども。

■ザ・イース

 民間警備会社の若き女スパイ:ブリット・マーリングが、アレクサンダー・スカルスガルド率いる過激な環境保護活動組織に潜入する。
 環境テロというフレッシュな分野で、直球の潜入ものを見せてくれるだけでも充分面白いのに、「混迷する現代において、スパイがまっとうに生きるにはどうすればいいのか?」というテーマまでばっちり描いてくれるのだから絶賛せざるを得ない。アイデンティティ・クライシスとその克服はスパイフィクションの王道です。
 民間警備会社ならではの倫理観や職業意識の描き方、環境テロという異質な文化への潜入手順など、ディテールのみごたえも屈指。

■機龍警察 未亡旅団
 快調をきわめる「機龍警察」シリーズ長編新作。
 シリーズ一作目の完全版に短篇集も出たし、ノンシリーズの『土漠の花』もあったし、biribiri酒場でのジョン・ル・カレイベントもあったしで2014年は月村了衛先生イヤーという印象でした。
 警察もの、近未来ロボットものという要素と不可分にすることで、日本の冒険小説ではともすれば空虚に感じる海外との関わりを、肌触りあるリアルなものに変換してみせた偉大なシリーズ。新作ごとに筆のキレも増しています。女子供が自爆テロをする、という厄介すぎるテーマへの誠実な姿勢、政府内で蠢く果てしない陰謀の魅力等など、今の日本のスパイ小説分野では他の追随を許さないすばらしさです。

機龍警察 未亡旅団

機龍警察 未亡旅団

■『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー

 情報機関の暴走、個人の監視、無人兵器に先制攻撃の是非とハードなテーマを大量に盛り込みつつ、マーヴェルのヒーロー映画としてもゴリゴリに楽しい一作。
 ロバート・レッドフォードの出演に、旧ソ連で養われた暗殺者ウィンターソルジャーのかっこよさなど、古参のスパイ映画好きから子供まで誰でも楽しめるスパイフィクションの魅力全点盛りです。

■暗殺者の復讐
 古巣のCIAに追われながら暗殺稼業を営むグレイマンの前に現れる、彼同様に組織から離反した男。二人を中心にヨーロッパで繰り広げられる、一大マンハント活劇。
 ヨーロッパで複数の国の思惑が絡み合ったマンハントということで、冷戦下の冒険小説群の雰囲気や面白さを、『ボーン・アイデンティティー』を通過したアクション密度&倫理観でリビルドしている、という印象もあり。
 一作目じゃちょっとナメてかかってたグレイマンシリーズも、ついにここまで来たか…と呆然としました。

暗殺者の復讐

暗殺者の復讐

■残響のテロル

 たぶん今年一番自分が熱量をもって接していたスパイフィクション。放映時期後半はずっとツイッター上で大騒ぎしておりました。
 高校生のテロリストたちが主人公…というと、日本のアニメが商業的に課された制約の不自由さ(「メインターゲットと同じ世代を中心に物語を作らないと売れない」)を感じてしまいがちですが、その手のネガティヴな印象はさっぱり忘れていただいて結構。むしろ、十代のテロリストたちを設定することで、現代日本の、また諸外国でも普遍的な問題をクローズアップすることに成功しているのです。若きテロリストたちは、なぜテロリストになるのか。2015年年明けすぐ、フランスで起きたテロ事件を考えるときに、『残響のテロル』が教えてくれるものは決して小さくないのです*1

■アトミック・ボックス
 『残響のテロル』と不思議に呼応して、「日本の核兵器」を描いた小説。
 福島原発事故以降の、反原子力を出発点にしたフィクションではありながら、核兵器を設計してしまった工学者のある種の喜びや、反政府・反権力だけに堕しない風通しの良さまで包含できてしまうのが池澤夏樹の偉いところ。
 ル・カレや北欧ミステリを愛読するというだけあって、冒険小説としての面白さもばっちり。四国から東京まで一人の女性科学者がひたすら逃げる、シンプルなマンハントサスペンスとしてお楽しみください。

アトミック・ボックス

アトミック・ボックス

誰よりも狙われた男

 幸福な映像化の続くル・カレ先生、ドイツを舞台にした本作も傑作でありました。
 急逝したフィリップ・シーモア・ホフマンをはじめとした名優たちの演技によって、ル・カレの近作がまとう、終わりのない対テロ戦争の悪夢的日常が、恐ろしく身近に感じられてしまいます。
 ホフマン演じるよきスパイたちは、絶望するのか、まだ戦うのか。袋小路のエンディングの余韻のなかで、ホフマン主演で映画オリジナルの続編が観たかった、なんてことも夢想してしまいました。

誰よりも狙われた男 [Blu-ray]

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■ピルグリム
 オーストラリアの書き手による、全世界を股にかけた大作小説。アメリカの情報機関内で、対諜報のリーダーをつとめて数々の活躍をなしたものの、911とそれに前後した自分の失態を機に一線を退いた男が主人公。内外のスパイたちによる妨害工作や殺人の現場を渡り歩いてきたために、警察機関を超えた捜査の知識と技術を得てしまったという設定がユニークです。
 この、スパイ小説であると同時に、検視官もの的な謎解きでもある、というところが、リーダビリティを高めると同時にまとまりの悪さをも産んでしまっているのですが、そのまとまりのなさが主人公の成長譚としての魅力にも繋がっている――という、短所も多いけど長所も多い、実に面白い小説でした。アメリカ本土攻撃をもくろむイスラムのテロリストを描くパートにも、主人公と同じくらいの量と力が割かれていて、善悪の闘いではなく、信念を異にするがために激突せざるを得ない人々の闘いになっているところもグッド。
 『ミレニアム』と並べて語る評者もいるようで、なるほど、このごった煮ぶりと法外なボリュームは『ミレニアム』に似ているかもしれません。

ピルグリム〔1〕 名前のない男たち

ピルグリム〔1〕 名前のない男たち

■MI5 消された機密ファイル
 イギリスのテレビ映画発、日本じゃビデオスルーですが、これは全力でおすすめしたいたいへん楽しい一作です。
 主人公はビル・ナイ演じる老情報部員。「信念なんてないね」とうそぶくクールな男が、マイケル・ガンボン演じる旧友であり上司でもある男の誇りのために奔走する…という、『裏切りのサーカス』で男たちの関係性に萌えた諸氏にも全力でおすすめできるお話(レイチェル・ワイズとのロマンス付き)。
 とりあえずこのオープニング http://vimeo.com/37597308 を観てください。そしてレンタルショップに走れ!

■窓際のスパイ
 当初選んでいた「十選」では、巨匠ジョニー・トー描く冷酷無比な駆け引きと暴力の一大絵巻『毒戦』、そして主演のハ・ジョンウがたまらなく魅力的な『テロ、ライブ』を入れていたのですが、年末にやってきたイギリスの二作、『MI5 消された機密ファイル』と本作のせいでそれらは泣く泣く選外としました。奇しくも、どちらもMI5(イギリスの国内を担当する情報機関)が中心のお話です。
 諧謔味あふれる筆致で、情報機関の窓際部署「泥沼の家」の面々をのんびり描く序盤は、オックスフォード大で英文学を学んだという著者の略歴のイメージ通り。正直、「めんどくさい人がまたイギリスからやってきたな…」と思わざるを得ないのですが、いざ事件が本格的に走りだすと、そのめんどくささを維持しつつリーダビリティもどんどん加速していきます。なんなのこれ。
 燃えカスのようだった「泥沼の家」の連中が、各人の大切なもののために戦う後半は、スリル満点、燃える展開の連続。「泥沼の家」のリーダーにして最大の嫌われ者ジャクソン・ラムというおっさんの意外な信念と能力にも驚かされます。かっこいい。かっこいいぞおっさん。
 憎まれ口を叩き続けるラムのもと、各人の出過ぎた個性を発揮して事件を追いかける泥沼の家の面々は、基本的にはダメ人間ばかりなので、超人的な活躍を見せるわけでもないし、事件も鮮やかに解決されるわけでもないんだけど、その妙におかしく、妙にリアルなバランス感覚が愉快です。おい早く続編出版してくれよそして映像化もしてくれよ!
 かようにキャラ立ちとストーリーの楽しさがすばらしいので、やや厄介な読み口さえ我慢できれば、これは2014年でも最高に初心者におすすめしやすいスパイフィクションかも。

窓際のスパイ

窓際のスパイ

 以上、2014年に輝いていたスパイフィクションの数々を紹介いたしました。
 みなさまの読書/観賞の一助になれば幸いです。
 2015年も引き続きスパイフィクションを追っかけていくので、今後ともよろしくお付き合いくださいませー。

*1:"子どもたちはもはや教育システムがきちんと機能していない学校に取り残されてしまいました。それとともに高まるレイシズムや差別が彼らの困難に追い打ちをかけているのです"-『「共生」が憎しみ合いに転じるのを許さないために立ち上がる〜フランスからの報告』 - 稲葉剛/BLOGOS http://blogos.com/article/103410/