こづかい三万円の日々

40代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

「見る人」東條希のこと 『ラブライブ!』文その5

 東條希は「見る人」です。
 彼女は子供のころから、人ならざるもの、八百万の神々や不思議な存在たちを見てしまっていた。それはあまりに自然なことでした*1


ラブライブ! School idol diary ~東條希~

ラブライブ! School idol diary ~東條希~

 μ's結成においても彼女は各学年のメンバーを幅広く観察し、間接的に、ときに直接に影響を与えてきました。
 見る人が力を発揮するのは、人々から距離をもって観察するときです。遠すぎてもいけないけれど、近すぎてもいけない。だから見る人は、動く人、見られる人たちと真に接近してまじわることのできない悲しさ、寂しさもかかえることになる。穂乃果が「スクールアイドルになる」という革新的行動をはじめるまでは、各学年に散らばる熱い心の持ち主たちを見ていることはできたけれど、「どうやってつながったらいいかわからない」*2でいた。穂乃果という「それを大きな力でつないでくれる存在があらわれた」からこそ、見る人・希は的確なアシストを開始することができたのです。

 この立場は、彼女のキャラクターソングにもあらわれています。2012年発表のソロ曲『純愛レンズ』は、徹底して恋愛をする人を応援する立場から歌われる。本当は私も恋したい、といったような展開もまったくありません。明るく楽しい曲調だけれど、どこか決定的に切ない名曲です*3


乙女式れんあい塾

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 「見る人」は全体を俯瞰できるけれど、何らかのブレイクスルーがないかぎり、決してそこに参加することはできない――これはぼくたち視聴者にも近い立場です。ぼくは『ラブライブ!』を愛しているし、μ'sを愛しているけれど、けっして彼女たちの近くには行けない。現実の世界で、彼女たちのような輝きを放つこともできない。ぼくは時々、希とそういう寂しさを共有できる気がする。
 見る人・希はそういう立場だから、ほかのメンバーに比べて、μ'sの中心にいることは難しい。アニメ1期のころ、目立たない存在として揶揄されていた*4のもそれゆえです。

 アニメシリーズにおいて、そんな希に大きな転機がおとずれるのは、2期8話です。彼女の願いが、μ'sを代表する名曲『Snow halation』を生み出すことになる。
 希の立場が揺らぐこの回においては、得意であったはずの占いのちからも揺らいでいます。彼女の提案で作り始められたμ's初のラブソングですが、なかなかうまくいかない。そこで彼女は、「新曲づくりをやめ、次のステージでは既存曲を歌うべきだとタロットカードが示している」と言う。しかしこの託宣はおそらく間違っている。屈指の名曲『Snow halation』でなければ、次のステージ、すなわちラブライブ地区決勝において最強のライバルA-RISEを破ることはできなかったはずです。
 あるいは、タロットは違う答えを示していたけれど、みなに迷惑をかけたくない希がそれを隠したのだ、という考え方も可能です*5。いずれにせよ、そこにいるのは名占い師の希ではない。自分の気持ちをつかみかねて揺らぐ、一人の人間です。
 曲ができず迷うμ'sと希。そんななか、絵里に、そしてμ's随一の「めんどうくさい人」*6真姫に、希は自分の想いを知られる。見いだされる。それまではほかのメンバーの想いを見いだす存在だった役割の希でしたが、ここではじめて彼女は見いだされる側になる。
 最後に彼女の殻を破るのは、紅茶のカップに映る自分――かつての、さみしさを抱えた少女の自分からのまなざしでした。この瞬間、希は自分自身に見られることで、見るだけの立場から完全に逸脱します。希はようやくここで、完全にμ'sの残り8人と同じ立場に立つのです。それまで絵里以外だれも招いたことのない自室にμ's全員がやってきて、新曲のことを考えながらわいわい楽しんでいるさまを、ぼくは涙なしに見ることができません。なぜならそれは、見る側の人間だった、ぼくと近い立場の人間だった希が、自分の真の心を見出すことで、μ'sの側へと渡りきったあとの情景なのだから。

 このように、アニメ2期後半において、希は「見る人」の役割をいったん解除されます。彼女の個性の最大の拠りどころがうしなわれたと言ってもいい。そんな彼女が劇場版において目立った活躍をしないのは当然のことではあります*7
 唯一希らしいのは、真姫がひそかに曲を作っていることをみなに明かす、というところです。これは1期10話から繋がる真姫と希との関係を思い返させて非常にぐっとくる。ただ、曲づくりを知ってしまったのは偶然で、希ほんらいの「見る」という素質からとは若干異なる雰囲気もありました。
 また、全体を「見る人」ならば、たとえば穂乃果の迷子騒動は決して見逃してはいけないはずですが、彼女が駅の改札を通れなかった瞬間、希はことりの話を聞くのに集中していてすぐ後ろの穂乃果の状況に気づかない*8。それは一方で、ことりの先輩・指導者として彼女を見ている*9ということでもあるので、依然として彼女は他のμ'sメンバーを「見る人」ではあるのだけれど、全体を俯瞰することはできていないのは確かです。

 しかしここでμ'sを「見る人」としてのぼくは、希の変化を喜ぶべきなのです。「見る人」だけの立場から転じて、彼女はμ'sの仲間とまったく同じ場所で生きはじめている。
 絵里・にことともに歌って踊る『?←Heartbeat』のミュージカルシーンを思い出しましょう。いまや世界中から見られる存在になったことを認識した三人は、屈託なくその立場を楽しみはしゃぐ*10。にこの家の居間と、テレビのなかとに同時に映しだされる三人。彼女たちは――希は、見る人と見られる人の壁を越えて自由になっている。
 希がスクールアイドルとして輝くのは、彼女の人生においてもほんの一瞬だけの出来事でしょう。けれど、たとえアイドルでなくなっても、彼女の心はいまや自由なはずです。絵里が穂乃果にメールを送っているときに描かれる、希の自室での三年生たちの姿をみればそれはわかる。かつてあれほど自分の部屋を、そして自分と仲間たちが写った写真を見られるのを恥ずかしがっていた希が、一番の親友*11の絵里だけでなく、にこも自然に招き入れているのですから。

 映画の冒頭、初登場のシーンで、希は空港の玄関でひとり、タロットカードを引きます。「旅立ちには最高のカードやね」。
 転入先のクラスでなじむために、本来は関心のないガールズトークに溶けこむための処世術として習得した*12タロットカードを、いま、彼女は一人で引く。それは誰のために引かれたものでしょうか。誰の運命を占ったものでしょうか。

ウチはこれから、このアルバムの続きに、もっともっと写真を撮っていこうと思ってる。
嬉しいときも悲しいときも、笑ったときも怒ったときも。
びっくりぎょーてんしてしもたときも、パンツ丸見えになってしもうたときも――。
みんなみんな、包み隠さず。
一緒に笑って一緒に泣いて――。

心と時間を分け合える仲間ができたから。

(SID「パパのカメラ。」より)

*1:幼稚園の映画鑑賞会で『となりのトトロ』を観てはしゃぐ級友を観て、そうしたものたちが自分には見えているが周りにはまったく見えていないのだ、と悟ったというのも実にいいエピソードです(公野櫻子『School idol diary 東條希』(以降、SIDと記述)所収)。なお本文を含め、今後の『ラブライブ!』関係ではアニメ・SID・スクフェスその他を、発表時系列や物語内時系列に厳密にならずに引用・読解していくつもりです。そのようなゆるやかな読み方のほうが、極めて広範囲に広がったこの作品の総体を掴むにはふさわしいし、よりその魅力を引き出せると思うからです。

*2:アニメ2期8話、希の独白より。

*3:なお、μ's 1stベストアルバムではこの曲のあとにことり&花陽の『告白日和、です!』がきて、今度は徹底的に恋する主体であることり&花陽の切なさが爆発するという相乗効果をあげています。この曲順によって、それまでことりに関心のなかったぼくも彼女の魅力に気づきはじめたのでした。

*4:この空気感は知人のファンからの伝聞なのでリアルタイムには知りません。でも希って今もファンの数は相対的に少ないよね。ぼくはそれでいいけれども。

*5:これも前述の知人の指摘で気付きました。持つべきはよきラブライバーの友人です。

*6:1期10話。

*7:というか、穂乃果以外は大きく目立たない。μ's全体の葛藤「μ'sを続けるかどうか」は穂乃果が代表して背負っていて、それ以外のみんなの個人的な葛藤はすでにTVシリーズで乗り越えられているから、穂乃果以外の8人が大きく目立つことは難しいんですよね。

*8:穂乃果が帰還するさいにも、希はμ's内で唯一「女性シンガー」の正体を見破れるかもしれないのに、ホテルのロビー内にいて直接目にすることはない。

*9:このとき、ことりは希のファッションに関するアドバイスが役にたったことを報告している様子。

*10:と断定するには実は劇中で歌われる『?←Heartbeat』の歌詞は戸惑いを含んでいて曖昧ではあるのですが、あのアホかわいい三人の様子をみれば断定していいと考えました。来週発売されるシングルCDの歌詞を確認して、大きく違っているようであれば訂正します。/2015/07/08、『?←HEARTBEAT』のシングルCDを聴いて歌詞を再確認しました。「パラレルな世界に迷い込んで/でられない想像なんてしちゃったよ」なんて、ぎょっとする歌詞も含まれています。うーむ、「屈託なく」っていうのは言い過ぎかもしれない。今度は、改めて映画の映像を確認して更に追記したいと思います。

*11:a.k.a.恋人。なお秋葉原ライブの朝、絵里と希が同伴出勤しているのに一年生と違って何の話題にもならないのが、「あっμ's内では二人の関係は自明なんですよねそうですよね」って思えてサイコー。

*12:SIDに拠る。