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こづかい三万円の日々

30代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

『そして夢みるものたちは』 序.六月の映画館

 『ラブライブ! The School Idol Movie』公開一周年記念。

 一週間遅れたし途中ですが。

 小説です。連作短編です。

 未完とはいえたいへん長いので、ここではさらにその一部だけ載せました。

 全文はpixivに載せました。

www.pixiv.net

 

 また、以下にてこの続きを含むepubファイルを公開しています。

https://drive.google.com/open?id=0BzrrvYn0CvL5U2YtelpLSzZJV1U

 

 完結は2016年夏の予定です。

_________________________________

 

 この物語に登場する人物、団体、その他すべては架空のものである。
 唯一、μ'sの九人のみが実在する。

 

序.六月の映画館

  金曜の夜の映画館は人が少なくひっそりしていた。

 おまけに23時はじまりのミッドナイトショーだったから、よけいに寒々しい雰囲気があった。
 劇場にはわたし以外にも何組かの客がいた。女ひとりで来ているのはわたしだけだった。
 映画の最後、スクリーンのうえにLoveLive、とアルファベットでタイトルが映しだされたころ、わたしは苦しくて苦しくてしかたがなかった。ずっと観たい映画だったのに、大好きでたまらない、かわいい女の子たちが大活躍する映画なのに。スクリーンのなかの彼女たちはあんなにも笑顔だったのに、わたしの目は真っ赤で、目尻が涙でふやけて、手はずっと握りしめたままだったせいでできた爪のあとに、じっとりとした汗がたまってびしょびしょだった。
 化粧を直すのも面倒で、そのまま売店へ向かった。もうほとんどの商品が売り切れていた。一体だけ、西木野真姫のぬいぐるみが売れ残っていた。棚の上に転がった彼女と目があってしまったような気がして、わたしはそれをつかんでレジに向かった。わたしの雑然とした一人暮らしの部屋にはふさわしくないが、彼女ひとりをこのうら寂しい映画館に置いていくのは忍びなかった。
 ガラスケースのなかのパンフレットを注文するとき、うまく映画のタイトルが言えなくて慌てた。どもって赤面するわたしの挙動不審をスルーして、優しい笑顔の店員さんは品物を赤い袋にていねいに入れてくれる。世界中で、自分のなかの歯車だけが食い違っているような気分だった。
 階下のテナントはもうすべて閉まっているから、一階直通のエレベーターに乗って映画館から出た。映画館の入ったビルと向かいのマンションのあいだの高い空に月がのぼっている。やけにあたりが明るかった。
 自転車にかけたチェーンをはずして、映画館わきの駐輪場から漕ぎだす直前に、思いついてエミにメッセージを送る。「約束どおり観たよ」。
 ちょっと迷ったけれど、鞄のなかから通話用のヘッドセットを出して上着のポケットに入れておく。自分からはかけない。ペダルをゆっくり漕ぎはじめる。
 エミは高校の時からの友だちだ。もう十年近い付き合いになる。
 『ラブライブ!』にはまったのはエミのほうが先だった。わたしはアニメの二期から。何日かまえ、仕事で忙しく劇場版を観れていないと話したら、「じゃあ週末行こう! 声出しOKな女子限定の上映してるから、絶対楽しいよ!」と言うが早く、数分後には「チケット予約した!」というメッセージが来た。そしてついでに、「スペシャル上映はやっぱ普通に一回観といたほうがいいから、今週中に必ず観といてね!」とくる。
 いや、だから、その時間が取れないんだってば――といった言い訳をするのも疲れるから、わたしは今晩、こうして映画館にやってきて、一人で映画を観た。
 次から次にやってくる仕事の山をこなして、くたくたになって会社を出るとき、それでもわたしの顔は多少ほころんでいたらしい。まだ残っていた先輩の一人に、「お、デートかよ」なんて言われた。そんなこと言われるのは初めてだったから、いえ、別に、としか言えなかった。先輩は申し訳なさそうな顔で、「悪い、セクハラか、これは」と謝る。オフィスのドアが閉まるまえ、上司が先輩に、「お前、気をつけろよ。だいたいあいつはそういうタイプじゃないだろ」と、叱っているのかフォローしているのか、余計に失礼なことを言っているのが背後から聞こえた。
 スマートな受け答えができない自分とか、無作法と紳士的態度がまだらに存在する会社の空気とか、そしてただひたすらに疲れる仕事のこととか、それらのせいでわたしの心はささくれだっている。
 エミのテンションの高いおたく話はこういうときに聴くと落ち着く。けれど自分からはかけたくなかった。自分勝手、とごちる。
 街なかを抜けて、郊外へつづく橋をわたる。時折、おだやかに走る大きなトラックがわたしを追い抜いていく。ヘッドライトが歩道を照らしてはまた暗闇になる。橋をわたりきったころ、かばんのなかのスマートフォンが光って、エミからの着信を告げた。
「もしもし」
「観たかー」
「うん」
「どうだった?」
「うん」
「うん」
「うん」
「うんってなに」
「うーん、尊い、的な、うん」
「わかるね」
「うん」
「わかる。ていうか最高でしょ。最高か、としか思えなかった私。最高か。ここまで最高の映画があるのか。最高の最高か!ひゃっほー!!」
 声でかいよ、と言いつつ当然わたしの顔はほころんでいる。うん、最高だよ。
 冒頭、穂乃果たちの子供のころのシーンに始まって、それぞれの画面の微に入り細を穿って、作画や演技や音楽や、ありとあらゆる美点を語っていくエミ。わたしは自転車を降りて、歩いて押す。
 通り過ぎた川のほうから、ゆるやかな風が流れてきてわたしの顔をなでた。はれていた目が気持よく冷やされる。映画を観ているあいだに感じていた苦しさが、少しずつ喜びに変わっていく。苦さと甘さが混ざって、わたしのなかをぐるぐる回っている。人と同じ映画を観て話すっていうのは、こういうときに本当に救いになる、としみじみ思う。
 わたしの心は、素直に感想を口にできるようになる。
「わたしは、すごく苦しかった」
「へ? 映画が?」
「うん」
「…………」
 エミは黙ってわたしの言葉を待った。
「苦しかった。冒頭からずっと。μ'sが解散するって決める前から。なんでだろ」
「なんでだろうね」
「もちろんすごく楽しい映画だよ。μ'sが解散するとはいえさ、みんな笑顔じゃない。泣くけど、笑顔でしょ、みんな」
「うん」
「雪穂も亜里沙も、最後はちゃんとあんなに堂々としててさ。だから、こんな苦しくなる自分はだめだって思った。μ'sが笑顔なんだから、こっちだって笑顔で見送ってあげなきゃいけない。なのにね」
「そうか」
「そう」
 住宅街の長い坂を登る。息が苦しくなってきてわたしはしゃべるのをやめる。エミもしゃべらないでいる。次の次の曲がり角、小さな公園の前を曲がったところがわたしのアパート。エミがゆっくり話しだす。
「私さ、『SUNNY DAY SONG』が大好きなんだ」
「ええと、秋葉原でみんなで歌う曲だね」
「あのイベントの準備をはじめるとき、雪穂が、『まだスクールアイドルじゃないけど参加していいですか』って言うじゃない」
亜里沙とふたりでね」
「そしたら、μ'sたちがさ、『大丈夫!』って大声で言ってくれるじゃん。スクリーンのこっち側を向いてさ」
「こっち側?」
「カメラの側、って言えばいいのかな。もちろん雪穂たちに向かって言っているんだけど、あれは観客の方でもあるじゃん。で、観客の私たちに言うんだよ。大丈夫だよ、って」
「うん」
「だから、大丈夫なんだよ」
「大丈夫って、なにが」
「みんな。雪穂も亜里沙も、それだけじゃなくて、スクリーンのこっちがわもみんな。私も槇原も」
 ふいに自分の名前が会話のなかに飛び込んできて私は驚く。エミは私の話をしてくれていたのだ。
SUNNY DAY SONGの歌詞でさ、『受けとめる場所がある』って言ってくれてるんだよ。μ'sは。雪穂も亜里沙も、全国のスクールアイドルも、ここにくれば大丈夫だよって言ってる。スクールアイドルになろうと思ったらなれるし、穂乃果たちみたいに学校を盛り上げたいと思ったらそうなるし、にこみたいにアイドルになりたいって思ったら誰だってそうなれる」
「誰でもは無理じゃない」
「無理だけど、無理じゃないんだよ。んー、なんて言えばいいんだろ。確かに誰でも一番の人気者になれるわけじゃない。誰でもラブライブで優勝できるわけじゃないよ。でもさー」
 エミは、んー、と唸りながら言葉を探す。頭をかきむしって考えている姿が目に浮かぶ。
「でもさ、みんななんでμ'sが好きなの? ラブライブで優勝したから? 音ノ木坂が廃校にならなくなったから? 違うでしょ。アニメの一期を思い出してみなよ。ライブに誰も来なくたって、ラブライブで優勝できなくたって、μ'sはμ'sの輝きを手に入れてたじゃん」
「うーん」
「成功した人が自慢しているのとは、たぶん違うんだよ。穂乃果たちが歌っている『場所』っていうのは、勝ち抜いて立てる、限られた人しか入れないようなところじゃないんだ、たぶん。飛び込めば入れる場所なんだよ」
 ね、ね、そうじゃない? エミが懸命に同意を求めてくる。
 私は公園の角で立ち止まる。深夜の誰もいない公園のところどころを、LEDの常夜灯が照らしている。光が届かない場所がたくさんあるから、私はここを通るとき、いつも少し怖くなる。
 けれど、今日は月が明るい。
 ちょっと月の光が増した気がして、私は後ろを振り返る。
 月ではなくて、坂の下、ずっと向こうに一かたまりになって輝く街の灯りが目に飛び込んできた。
 穂乃果たちが、音ノ木坂の屋上から秋葉原の灯りを眺めるシーンを思い出す。
「たとえばさ」
 私は立ち止まったまま、街を見下ろし、話す。
 暗闇のなかで輝く、街の灯り。映画館の灯りも、職場の灯りも、きっとあのなかにある。うんざりすることのたくさん詰まった光の塊。わたしが生きていかなくちゃいけない場所。穂乃果たちとは違う場所。
「たとえばさ、わたしがμ'sたちと同じ世界にいたとして」
 音ノ木坂の屋上から街を見た穂乃果と、わたしと、見ているものにどれだけの違いがあるのだろう。どれだけの距離があるのだろう。めまいがしそうだ。
「わたしは当然μ'sにはなれないし、スクールアイドルにもならないし、きっと彼女たちを遠くから見ているだけの人なんだよ。あの世界にも、わたしと同じような人間がたくさんいるんだよね」
「いや、でも……」
「あ、ごめん、ネガティブなことを言いたいんじゃないの。成功する奴はするし、しない奴はしない、みたいな、そういう悲観論を言いたいわけじゃない。たぶんエミとわたしは同じ話をしているんだ」
「同じ? そう?」
 ちょっとうれしそうなエミ。
「無理だけど、無理じゃないって話。違うけど、同じっていうか。……なんて言えばいいのかなあ」
 わたしもエミみたいに大声でわめきたくなる。
 あの灯りは秋葉原の灯りじゃない。
 私は穂乃果にはなれない。
 けれど、でも――。
「わわっ」
「どうした、槇原」
「いや、なんでもない。えーと、その、なんか虫が飛んでて」
「なんだよ、驚かせるなよー。夜道を歩いてるんだろ? 危ないから早く帰りなよ」
 うん、もう近くだから大丈夫だよ、言ってわたしは目元の涙を指先でぬぐう。
 わたしが驚いたのは、いきなり、また涙が流れだしたからだった。
 違うけど、同じ。わたしの場所は、穂乃果たちがいる場所とは違うけど、でも――。そんなことを考えていたら、映画を観ていたときに感じた、あの苦しさと喜びとが入り混じった感覚が一挙に蘇ってきたのだ。その感覚を、わたしはまだうまく言葉にできそうにない。
 自転車のハンドルを握る手に力を込めて、また歩き出す。指先と目尻の涙が、また風に吹かれて乾いていく。わたしはいったん、その涙のもとになった気持ちを心の奥に閉じ込めることにする。あんな感覚を相手にするには、今夜はちょっと疲れすぎている。
「明日、何時だっけ」
「夕方の回だから、三時くらいに待ち合わせで――」
 わたしとエミは、明日の予定を相談する。映画館の近くの大きな文房具屋で待ち合わせて、喫茶店で近況報告をしあおう。きっと映画を観終わったら、もっともっと話したくなるはずだから、近くでおいしいごはんが食べれるところを探しておいて……。
 わたしは話しながら、さっき自分が言ったことを頭の片隅で考え続けている。
 きっとあの世界にも、わたしと同じような人間がたくさんいる。エミと私のように、μ'sの活躍に胸をときめかせている人間が。スクールアイドルの輝きに心を奪われ、あの秋葉原のライブに集まった、ふつうの人々が。わたしはそんな人たちのことを想像する。
 彼らの物語。
 彼らの物語は、輝いているだろうか?

 

(つづく)