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こづかい三万円の日々

30代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

渡辺さんはそれでいいんですか/『ラブライブ!サンシャイン!!』11話のこと

 『ラブライブ!サンシャイン!!』11話を観て一週間が経ちました。その間、スクフェス全力疾走しながらえんえん考え続けていた渡辺曜さんのことについて書きます。

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 11話は脚本も演出もとても力が入っているのがわかって、というかもう『ラブライブ!サンシャイン!!』は毎週のように最終回のような密度・熱気が感じられて、もう圧倒されるほかないのですけれども、それでもやっぱり正直に言わざるをえない。11話、なんか引っかかる。

 

 10話で、梨子にはAqoursよりも自分のことを優先してほしいと言った千歌。彼女の心はいま明らかに梨子のほうを向いています。その姿に戸惑う――あるいは戸惑う自分に戸惑う曜。11話は、彼女を中心に、ラブライブ地区予選に臨むAqoursが描かれました。

 

 鞠莉は、曜は嫉妬しているのだと言います。曜はそれを否定するけれど、鞠莉は自分の気持ちを正直に言うよう諭す。自ら言うとおり、正直になれなかったからこそ、彼女と果南・ダイヤは二年間すれ違い続けたのですから、その言葉には重みがあります。

 けれども曜は、「正直に言うって何を?」と思い悩む。千歌に、梨子と自分のどちらを取るかはっきり訊く? 正面から好きだと告白する? ……思い悩む彼女の妄想が次々とコミカルに描かれますが、そのいずれもが彼女にはしっくり来ません。
 そうこうしているうちに、今度は東京に行っている梨子からの電話がかかってきます。話しているうち千歌は、自分は千歌に必要とされていないのではないかという心情を、彼女にとってはもっとも千歌に必要とされているように思われる梨子に対して吐露します。いわば、恋敵に対して弱音を吐く。
 なぜ曜はそのように思うのか。
 曜は鞠莉に、要領がよいと見られがちな自分が、千歌にとっては一緒にスクールアイドルを続けたくないたぐいの人間なのではないか、という疑問を明かしています。やや飲み込みづらい話だと思うのですが、これは恐らく、梨子と比べてのことでしょう。ピアノの曲が作れないからと、東京から内浦まで引っ越してくるのですから、梨子はまったく要領がよくありません。けれども、そのように音楽と格闘している梨子だからこそ、千歌は彼女との出会いに運命を感じた。

 

 梨子に、千歌もまた曜のことを強く思っていることを聞かされた曜。彼女のなかで、何かが変わります。そこにちょうど千歌が現れて、ラブライブ地方予選では、梨子の代わりではなく、曜のために作りなおしたダンスを踊ろう、と呼びかける。そんな千歌に、昂ぶった曜は思い切り抱きつく。その訳を千歌に訊かれても彼女は答えません。
 やがてラブライブ予選でのステージと梨子のピアノコンクールの様子が交互に描かれるみごとなライブパートに移って、11話は終わります。

 

 さて、11話の最初と最後で、曜はどう変わったのでしょうか。なぜ曜は予選のステージで、あれほどまでに晴れ晴れとした顔でいられたのか?

 ライブパート直前に語られる梨子と曜の会話に拠るならば、曜は千歌が自分を含めた「仲間たち」と一緒にスクールアイドルをやりたがっているということを理解したことで変わった、ということになる。

梨子「私ね、わかった気がするの
あのとき、どうして千歌ちゃんがスクールアイドルをはじめようと思ったのか。スクールアイドルじゃなきゃ駄目だったのか」
曜「うん。千歌ちゃんにとって、輝くということは、自分一人じゃなくて、誰かと手を取り合い、みんなで一緒に輝くということなんだよね」
梨子「私や曜ちゃんや、普通のみんなが集まって、一人じゃとてもつくれない、大きな輝きをつくる。その輝きが、学校や、聴いている人に広がっていく。つながっていく」
曜「それが、千歌ちゃんがやりたかったこと。スクールアイドルのなかに見つけた、輝きなんだ」

 これは、1話でμ'sについて語る千歌の言葉ともきちんと符合しています。

「みんなわたしと同じようなどこにでもいる普通の高校生なのに、キラキラしてた。
それで思ったの。一生懸命練習して、みんなで心を一つにしてステージに立つと、こんなにもかっこよくて、感動できて、素敵になれるんだ、って」

「気づいたら全部の曲を聴いてた。毎日動画見て、歌を覚えて。そして思ったの。私も仲間と一緒にがんばってみたい。この人たちが目指したところを、私も目指したい。
私も、輝きたい、って!」

 

 自分が一番に、とか、ある特定の誰かと、とかではなく、「みんなで」あるいは「仲間と」輝くことこそが千歌の目指すスクールアイドルだ、というわけです。だから、千歌はセンターで組む梨子だけではなく、曜を含むAqours全員を必要としている。
 と同時に、梨子によれば、千歌は曜とスクールアイドルをやり遂げることも強く想ってくれている。
 これらのことを理解して、曜は自分のなかの不安を解消する。

 

 恐らくわたしがこの曜の変化を飲み込めないでいるのは、ここで曜が求められているのが、(少し強い表現になりますが)自分の否定だからです。
 曜以外の人々はみな、自分を解放することでAqoursの一員になってきました。スクールアイドルへの思いを解放したルビィ、彼女によって自分も気づいていなかった気持ちを解放される花丸*1。突飛なキャラを解放できる場としてAqoursに迎え入れられた善子、そしてそれぞれの感情を露わにすることで和解することができた三年生たち。

 程度の差はあれ、彼女たちはみな、自分のなかの気持ちを肯定されてAqoursに入ってきた。ですが、曜は違う。11話で起きたのは、曜の変化であって、彼女の千歌を求める気持ちが肯定されたわけではありません。いや、千歌は確かに曜を求めてはいるのですが、それはこれまでの話数でたびたび描かれてきた曜の千歌への視線に見合うほどのものではないように思える。
 視線ということで言うならば、曜の家を訪ねてきた晩、千歌は曜を正面から見ることができていません。それは涙を見られたくない曜のせいでもあるし、どこかとぼけた態度の千歌のせいでもある。視線の行き違ったままの二人の抱擁は、10話ラストで描かれた梨子と千歌の手を繋いでの愛の告白とは、到底並び得ない。

 

 11話ラストの『想いよひとつになれ』を聴いていてわたしは複雑な気持ちになりました。

何かをつかむことで/何かをあきらめない
想いよひとつになれ/どこにいても同じ明日を信じてる

 確かに梨子はピアニストとしての道とAqoursにおける繋がり、両方をつかみとっています。けれど曜は、「みんな」のなかの一人になることで、千歌にとっての特別な一人になることをあきらめてはいないか。そのように思えてならないのです。

 

 わたしはかねがね『ラブライブ!』シリーズをある種のドキュメンタリーだと思っているので、多少の物語の不備や、自分が飲み込みづらい部分があったとしても、「とはいえ現実にAqoursたちがそうやって生きているんだから、部外者のぼくが文句をつける筋合いはないな」というややトチ狂ったスタンスで静観することができます。だから今回も基本的にはそのように思っている。思ってはいるのですが……ぐぬぬ

 

 三年生の和解のドラマですでに示されているように、『ラブライブ!サンシャイン!!』においては、複数の話数をまたいで展開されるドラマや行動、繰り返しの表現が実に効果的に使われています。
 ですから、曜と千歌のあいだにおいても、今後、曜がさらになんらかの決定的な行動をすることで、真の決着がつくことを期待しています。
 これまでの話数でもっとも印象的な曜の行動といえば、千歌が苦境に陥ったときにあえて「辞めちゃう?」という声をかける、というものでしょう。最初は効果的だったその言葉も、東京でのイベント開催後には事態を変えることはできませんでした。そのとき千歌を助けたのは梨子です。
 ならば、もう一度彼女の口から、「辞めちゃう?」という言葉が放たれ、今度こそ千歌を変えることになる、そんな展開があってほしい。あるいは、これまでの曜なら「辞めちゃう?」と言っていたはずの状況で、それを言わないことで、千歌を変える、ということでもよさそうです。
 一度果南が否定した鞠莉の「ハグ」を、果南から鞠莉へ投げ返すことでかなまりの関係が再生されたように、ようちかにおける「辞めちゃう?」も彼女たちの関係を決定的に変えてくれるのではないか。

 

 かような期待をわずかに持ちつつ、残りの二話を思いっきり楽しみたいと思います。Aqours、いったいどうなるんだろうなあ。