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こづかい三万円の日々

30代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

「迷う人」津島善子&ヨハネのこと/『ラブライブ!サンシャイン!!』とAqoursを考える・その5

ラブライブ!

ふたつの善子/ヨハネ

 アニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』をすべて観終わったあと、改めてアニメ以前の津島善子ヨハネの人物像を振り返ると、そこには大きな変化があることがわかります。
 2015年10月発売のファーストシングルにおさめられた、各キャストが自己紹介する「はじめてのごあいさつ」では、津島善子ヨハネを演じる小林愛香さんは、高めできゅるきゅるとした甘い声を出しています。そのシングル発売イベントにおいても小林さんは、善子/ヨハネを甘い声を出す小悪魔のイメージで演じている。


 甘い小悪魔キャラは、プロジェクト開始からシングル発売までの時期、いわば公野櫻子の筆によって『ラブライブ!サンシャイン!!』の世界が構築されていた時期においては、書かれたキャラクターの個性を素直に汲み取った正確なものでした。
 G's Magazine誌上などで断片的に描かれる善子/ヨハネの小悪魔的ネットアイドルふうの姿は、「中二」的痛さや、アイドル文化にしばしば現れる子供っぽさを存分に打ち出したものではありますが、書き手の公野櫻子*1がそれをよしとする限り、作品世界のなかではアリになる。変わったキャラだなーと微苦笑しつつも、あからさまにネガティブな反応をする読者はそう多くはなかったのではないでしょうか。


 そんな善子/ヨハネ像に決定的な変化がもたらされたのは、2016年1月のファーストシングル発売記念イベントが契機だったのではないか、と思われます*2
 Aqoursのキャストたちが、それぞれの演じる人物を二つの言葉で紹介する、という冒頭のコーナー、その一番手として小林愛香さんは善子/ヨハネを象徴するキーワードとして「堕天使」「かわいすぎる」の二語を示します。
 その時の司会役は、キャラクター的にも声優本人としても、ざっくばらんに率直に自分の考えを表に出す黒澤ダイヤ/小宮有紗さんでした。彼女は、中二的キーワードと、そんな自分を「かわいすぎる」と紹介する善子/ヨハネ小林愛香に、ユーモラスな渋い顔をつくって驚愕と呆れの反応を示してみせる。さらに、高海千歌伊波杏樹が「(かわいすぎて堕天しちゃうなら)Aqoursは全員堕天使になっちゃうよね~」と、絶妙に間の抜けた、マジなのかバカにしているのかわからない口調で追い打ちをかけます。
 この後、他のコーナーにおいても、善子/ヨハネの小悪魔キャラは、他のキャストによって笑いあるいは呆れの対象として扱われていきます。公野櫻子自身が執筆した台本を朗読するコーナーでもそういう雰囲気があった。
 公野櫻子の世界観を盲信しがちな自分としては、当時、かなりヒヤヒヤしたことを覚えています。「ええっ、畏れ多くもGOD御大の御言葉に対してこんなふうにあからさまに笑っていいんすか…」とか思っていた。
 でも、たぶんこれは仕方のないことだった。公野櫻子が書き、読者が読む、というほぼ一方通行のやり取りだけで成立するキャラクターと、他のキャストやスタッフ、観客たちとのやり取りのなかで形づくられていくキャラクターには、なにがしかの変化が求められるものです。特に『ラブライブ!』は、様々な人によって形づくられていく作品であることを前提としているのですから。
 このとき、小林愛香さんが、ヨハネのキャラクターをやり通していたら、また違ったことになっていたかもしれません。ツッコミを入れられたとき、それを上回る質の高い中二感やかわいさで乗り切れていれば、そのキャラクターが維持できたかもしれない。
 ですがわたしは、それができなかったのは、小林さんにとっても、善子/ヨハネにとってもよかったのだと思っています。その理由はのちほど。

「私は声優の仕事自体が初めての経験で、いろいろ悩んだんですけど。
(中略)
特にヨハネの声は、テレビアニメになる前のドラマCDなんかではもっとかわいくやっていて、テレビアニメになるときにもっと中二成分を増やそうとなったので難しくて。低音でローテンションで一定に話す感じって言ったらいいのかな。あとは、回を重ねるごとにヨハネをつかんでいった感じです。」

 

 小林愛香(『日経エンタテインメント!アニメスペシャル 声優バイブル2017』Guilty Kissインタビュー)


 演技プランの変更が厳密にいつ、誰によって確定されたのか明らかではありませんが、もしかしたら、この1月のイベントのときのキャストやファンの反応が、影響を与えていたのかもしれません。テレビアニメの製作自体はもっと前から進められていたと思われますが、キャストがテレビアニメの製作を知らされたのはこの1月のイベントの夜であり、その直後からアフレコ作業が開始されていったからと推測されるからです。


 かくしてテレビアニメの善子/ヨハネは、より中二な雰囲気をまとった、低めの声を出すことになった。アニメ第1話、彼女の初登場シーンでその低い声が披露されます。このシーンは、アニメの動きと台詞がやや馴染んでおらず、またそもそも「奇っ怪な振る舞いをしている」というシーンなので、色々な意味での違和感を強く感じるつくりではありました。
 ですが、不思議と心配にはならなかったし、それまでの小悪魔キャラとの乖離に不満を感じることもなかった。なぜならアニメに先立つ6月、ユニットシングル『Strawberry Trapper』において善子/ヨハネ小林愛香は、すでにその見事なボーカルを披露していたからです。低く芯のあるその声は、聴くものがもつ従来のヨハネ/善子像を更新し納得させるに十分な魅力をもっていたのです。

 

 

 さらに言えば、2011年に発売されている小林さんのデビューシングル『君を守りたい』では、彼女の低い声が存分に活かされています。彼女を昔から知るファンや、スタッフにとっては、善子/ヨハネのキャラ造形に大きな変更が加えられたとしても、小林さんの声の魅力が聴くものの心を離さずにいる、ということは自明のことだったのかもしれません。

 

 

「好き」だけじゃ足りない

 アニメ第5話を詳しくみてみましょう。
 ここでは冒頭から、ヨハネ/善子自身による自分へのツッコミがなされます。彼女の物語は、堕天使・ヨハネとしてのあり方の否定からスタートする。

もう高校生でしょ、津島善子
いいかげん卒業するの!
そう、この世界はもっとリアル!リアルこそ正義!リア充にわたしはなる!

*3

 入学式当日の大失敗から不登校になっていた善子/ヨハネは、幼馴染の花丸の助けもあり、登校を再開するようになります。しかし、普通の少女らしく振る舞おうとしつつも、占いを頼まれたことをきっかけに、初対面に等しいクラスメイトたちに向けてフルスロットルで趣味を開陳してしまう。
 占いでコミュニケーションを取る、といえば言うまでもなく東條希を思い出し*4ますが、占いを使って転校先の人々と適度に仲良くなっていた希のような器用さは善子にはありません。
 希にとってスピリチュアルな能力は生来のものですが、占いは人付き合いのためのツールに過ぎませんでした。彼女がμ'sのなかで変化していくにつれ、占いという行為の意味も変わっていきました*5
 善子にとって占いは、自ら選んだものです。堕天使という自分の妄想を強化するための行為であって、それは彼女の自意識に直結する。うかつに肯定的な態度で触れられれば暴走してしまうし、普通の高校生になるのだ、と決意しているくせに、占い道具を学校に持参しないと「わたしはわたしでいられない」と不安になってしまう。
 好きなものと現実との間で右往左往する彼女の姿はユーモラスですが、視聴者の多くは、『ラブライブ!』という、毀誉褒貶半ばする、決してメインカルチャーではないけったいな作品を愛するような人間たちなわけで、笑いながらも身につまされ、そして大きな親しみを抱いたはずです。


 善子/ヨハネの好きなことをめぐって、千歌はポジティブに反応し、梨子やダイヤはネガティブに反応する。自分の起こした騒動を経て、善子/ヨハネAqoursから身を引き、さらにはヨハネとしての自分をも捨てることを決意します。
 5話終盤、衣装一式を片付けようとする善子の前に、Aqoursの面々が現れ、「好きなこと」を存分にやりきることこそ、μ'sのような輝きに繋がるのだ、と伝える。
 千歌は言います。

いいんだよ、堕天使で! 自分が好きならそれでいいんだよ!
だから善子ちゃんは捨てちゃだめなんだよ。自分が堕天使を好きな限り!

 行き場をなくした善子の「好きなこと」を、Aqoursが受け止めようとする。感動的な展開です。
 しかし、第5話の冒頭を思い返してみましょう。冒頭、彼女は儀式めいたパフォーマンスをネットで中継していました。ニコニコ生放送らしきその画面には視聴者からのコメントが多数踊っていて、彼女がある程度の人気を持つ生主であることが察せられる。
 彼女は確かに「リアル」では不登校だったけれど、堕天使キャラを喜んで迎え入れてくれるコミュニティがネット上にはあったわけです。Aqours以前にも、ヨハネを歓迎する場を獲得していた。Aqoursへの正式参加以降*6もネット中継を行い続けていることが示すとおり、そこは彼女にとって大切な場所なのです。
 では、なぜAqoursが必要なのか。なぜ善子はAqoursに参加するのか?


 思うに、このとき千歌たちが受け入れたのは、堕天使ヨハネだけではなかった。そして、ただの15歳の運の悪い女の子・津島善子だけでもなかった。ヨハネと善子、二人両方だったのです。彼女が本当に必要としていた場所とは、自分の好きなことをひたすらに通せる場所ではなく、好きなことと現実とのあいだで迷うことを許された場所、なのです。


 彼女は6話以降、ころころと善子とヨハネの間を行き来します。

切り替えの瞬間は私もまだちょっと謎なんです。花丸ちゃんに羽を刺されるといきなりヨハネになったり(笑)。

前掲『声優バイブル2017』より

  ヨハネ/善子は、ふたつの自分のあいだで右往左往する。

 もう堕天使ヨハネとしては生きていけない。けれど、運の悪いただの人、津島善子としての人生なんて受け入れられない。

丸、わかる気がします。ずっと、普通だったと思うんです。わたしたちと同じで、あまり目立たなくて。そういうとき、思いませんか。これが、本当の自分なのかな、って。

もともとは、天使みたいにキラキラしてて、なにかのはずみで、こうなっちゃってるんじゃないか、って

  国木田花丸が共感するように、それは、ひとつのあり方に自分を固定できない、十代の自意識の普遍的なありようそのものです。

 そんなふうに迷うヨハネ/善子を受け止めてくれる場所。それこそがAqoursでした。そしておそらくは、スクールアイドルという文化もまたそういう場所だった。高校生でアイドルという、本来相容れないあり方を同時に行ってしまう、多義的で、未分化で、ごちゃまぜな輝きが重ね合わされた状態こそ、スクールアイドルの魅力なのだから。


 テレビアニメ以前の段階で、小林愛香さんがもし、かわいい小悪魔としてのヨハネを圧倒的な存在感で演じきることが出来ていたとしたら、このような、迷うヨハネ/善子は見られなかったかもしれません。
 でももしそうなったら、ヨハネ/善子が獲得していた人気のありかたも、今とは違っていたものになっていたように思います。いまの彼女の人気は、右往左往する自意識の不甲斐なさとかわいさへの共感によって成り立っていて、だからこそ、同世代のティーンエイジャーや、同じく風変わりな趣味をもつオタクたちからの支持が、強固になっているようにわたしには思われるからです。

 

彼女のなかのふたりの彼女

 これから善子はどんな高校生活を送っていくのでしょうか。
 彼女はまだヨハネからの「卒業」を目指しているかもしれませんが、わたしは無理をすることはないと思います。
 すでにヨハネという人格は、彼女が現実から逃避し隠れるための鎧としてだけではなく、現実や他者と触れ合うための媒介にもなっているからです。
 東京のライブ後に中二的な言葉でみなのフォローをしようとした場面や、地区予選直前にぎこちなく感謝の言葉を口にした場面を思い出しましょう。あれは、善子が、ヨハネというキャラを通じてこそ取ることの出来たコミュニケーションだった。そのようなときの彼女が放つ人間的な魅力は、二つの自分を抱えるからこそのものでした。
 かように、ヨハネ/善子がふたつの自分のあいだで迷い、輝く姿を見るにつけ、わたしは小林愛香さんがたどってきた道のりにも思いを馳せてしまいます。

 

やっぱりわたしは
歌いたいよ踊りたい。


小林愛香 ブログ Aikyandys. 2011年10月4日更新「sy」 *7

 

 『君を守りたい』でデビューしてから約半年後、小林さんは自身のブログで*8、歌も踊りも両方やりたい、という自分の夢と、それに対する厳しい反応について綴っています。両方ともやりたい、というのは甘えかもしれない、プロに言わせれば厳しいかもしれない、と迷いつつも、彼女はその二つを諦めないことを選ぶ。

 

でもいまなんか分かった。

わたしに出来ないことは
ないんだってね!!!

やってやるから。

 

 そうして彼女はいま、まさに二つの夢の両方をかなえている。歌と踊りと両方が必要とされる、『ラブライブ!サンシャイン!!』という稀有な作品のなかで。


 シンガーとダンサーというふたつの自分をもつ小林さんが、ヨハネと善子という、ふたつの自分をかかえる女の子を演じる。そのように重なり合った彼女たちの姿に、わたしは彼女たちにしか持ち得ない、豊かな輝きをみる。

 ひとつのぶれない人格に、あるいはひとつだけの道を極めた芸能人に、なれればそれはそれですばらしいかもしれない。けれども、なにかのあいだでさまよう人でしか描けないものもあるとわたしは思う。

 善子/ヨハネ小林愛香はしばらくのあいだ、ころころとそれぞれの表情を見せていくに違いありません。そのように迷い、共に歩いて行く姿。それもまた、二次元と三次元のキャラ/キャストが平行に存在し、時に融和する『ラブライブ!サンシャイン!!』という作品にふさわしい、すばらしい情景なのではないでしょうか?

 

わたしも、ヨハネになりたいけど、
なんだか...なりたいとかじゃなくて...ちがくて...
ヨハネの背中を追いかけつつ、憧れつつ。
時には手をとりあって
いろんなことを来年もヨハネと共にしたい!


小林愛香、2016年12月28日更新Instagram*9

 

 

 

*1:実際にG's magazine誌上のテキストをどれだけ公野櫻子先生本人が書いているのかは不明ですが、ここでは公野先生がその大半を書いていると判断してこのように記載します。

*2:実際には、15年10月から12月にかけて日本各地のショップで行われたリリースイベントにおいても、同様の変化が起きていた可能性が高いのですが、それらに全く足を運べていなかったわたしには把握できていません。当時の現場を知る人の話をぜひ聞きたいものです。

*3:ラブライブ!サンシャイン!!』第5話より。以下注のない引用は同様。

*4:てわたしは滂沱の涙を流し

*5:詳しくは、一昨年に書いた記事『「見る人」東條希のこと』 http://tegi.hatenablog.com/entry/20150704/1435979385 を読んでいただけると嬉しいです。

*6:第8話

*7:http://ameblo.jp/aikyaiky/archive12-201110.html

*8:なお現在はLINE BLOGに移行されています。http://lineblog.me/kobayashi_aika/

*9:https://www.instagram.com/aikyan_/?hl=ja なおこの発言は、この日行われたシングル発売イベントでの、降幡愛による「ルビィになりたい」という趣旨の発言が影響してのものと思われる…っていうのは考え過ぎですかね?意味読み取りすぎですかね?きもい?(きもい)