読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

こづかい三万円の日々

30代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

ささやかな謎の人・高海千歌のこと/『ラブライブ!サンシャイン!!』とAqoursを考える・その9

涙の理由

(暗い舞台に、Aqoursたちの言葉が響いている。色鮮やかなサイリウムが客席でうごめく。)

伊波杏樹高海千歌「わたしたち、本当に本当のスクールアイドルとして、ステージに立つの! その名も…せーの、『ラブライブ!サンシャイン!!Aqoursスペシャル課外活動 みんな準備はできてるかい? せーのでSUNSHINE!』」

(『君のこころは輝いてるかい?』が流れるなか、Aqoursの九人が登場する。
伊波杏樹、客席を見るなり口元をおさえて後ろを向く。逢田梨香子斉藤朱夏が順に気づいて彼女の肩を抱く。小林愛香と降幡愛も同じように口元をおさえ、後ろを向きながら歩く。やがて9人が舞台前面に並ぶ。
斉藤、伊波を含む全員を立ち位置に促す)

斉藤「さー、出て出て! (客席に向かい)ありがとうございまーす!」

(伊波が泣いているのに気づいて)
鈴木愛奈「やめてよー!泣いちゃう!」
小宮有紗「大丈夫ー?」
伊波「みなさーん!こんにちはー!!」

(客席「こんにちはー!!」)

伊波「ありがとー! ...びっくりしたー!」

(びっくりしたー!、と連呼する伊波の涙のあとや前髪を整える逢田。すーはー、と息を整える伊波を励ます斉藤)

伊波「すごいよ。9人はじめてそろったイベントに、こんなにたくさんのひとに迎えてもらえるって思ってなかった」
みんな「ありがとうございまーす!」
伊波「ごめんなさいね、びっくりしちゃって」
斉藤「大丈夫?」
小宮「千歌ちゃん、落ち着いた?」
伊波「落ち着いた!よし!みんな揃って、初めてだよ、9人――」


(『ラブライブ!サンシャイン!!Aqoursスペシャル課外活動 みんな準備はできてるかい? せーのでSUNSHINE!』*1

  

 2016年1月11日に行われたAqoursのファーストシングル発売記念イベントは、伊波杏樹さんの涙によって幕を開けました。
 その場の伊波さんの発言によれば、その涙は、会場につめかけたファンたちの姿を見てのことだった。言葉を補えばそれは、自分たちがどのように受け入れられるのかという不安が、満員の観客からのサイリウムと歓声によって和らいだ感動、といったようなことだったのでしょうか。
 このような反応は、斉藤朱夏さんをはじめとする他のキャストからも、当日のイベント中や、その後のインタビューでたびたび語られているところです。

 ところがこの約一年後、ファーストライブの前の週、伊波さんはこのようなことを語っています。

(次週行われるファーストライブに向けて三人が話している)

小林愛香「いやーもう泣かないように気をつけようってわたし思ってる。ぜったい泣かない」
伊波「泣くより、笑う、じゃない?きっと。笑顔な気がする!」
小林「いや、嬉し泣きってあるじゃん。嬉しすぎて泣いちゃう……」
小宮「最初のときもそうじゃなかった、あいきゃん」
小林「いや、わたしたち泣いちゃったんだよね、嬉しすぎて」
伊波「いやあれは理由があるから!」
小林「なになになになに」
伊波「あれは言えない」
小林「わたしだってあるよ!」
伊波「理由があるから。もー」
小林「なんの理由がなくて泣いてるのわたし」(注:わたしだって理由なしに泣いてるわけないよ、の意)
小宮「ちょっとやばい人だよ」
小林「はー」

 

(『ラブライブ!サンシャイン!! Aqours浦の星女学院RADIO!!!』2017年2月21日更新回)

 

 ええっ、あの涙には、口にされなかった違う理由があったのか。わたしはラジオを聴いていて驚きました。
 ファーストシングル発売記念イベントの映像を確認しても、やはり伊波さんは会場の光景に感動して涙を流しているように見えます。
 恐らく、その場で語られた、会場の光景に驚いたという感想は真実でありつつ、他にも彼女の感情を揺さぶることがあったのでしょう。
 「あれは言えない」と伊波さんがはっきり言っている以上、ファンのわたしはそれを推測することしかできません。Aqoursとしての最初のイベントで流された伊波さんの涙には、こうしてささやかな謎が付け加えられることになりました。


わたしが涙から得るもの

 女性アイドルを追いかけている身にとって、涙というのはとても大きな意味を持ちます。
 か弱いアイドルが、自分の身の丈以上の大舞台で懸命にパフォーマンスするなかで、喜びの、あるいは苦しみの涙を流す。
 一般的に涙というものは、理性では制御ができない、その人の本当の心のさまをあらわす感情表現として受け入れられています。それゆえに、ライブなどの場で流されたアイドルの涙は、激烈な反応をファンに呼び起こす。ファンはアイドルの涙を見て、強い共感を抱き、彼女の真情が理解できたという喜びを得る。


 『ラブライブ!サンシャイン!!』のアニメ本編においても、キャラクターたちが涙を流すいくつかの場面はとても強い印象を残します。
 特に、第8話『くやしくないの?』では、本当の心を示すものとしての涙がクライマックスに配置されています。
 伊波さんが演じる高海千歌は、東京のイベントで大きな挫折を経験しながらも気丈に振る舞います。「だってわたしが泣いたら、みんな落ち込む」から。明るい素振りをみせる彼女に、千歌の親友である渡辺曜は、「くやしくないの?」と尋ねます。その笑顔は本当にあなたの心を示しているのか、と。
 イベントから一晩明けた翌朝、地元・内浦の海辺で、千歌は「やっぱりわたし、くやしいんだよ」と打ち明け、涙を流します。それを見守る友人の桜内梨子は、「よかった。やっと素直になれたね」と歓迎する。


 ここで梨子がいう「よかった。やっと素直になれたね」という言葉は、わたしがアイドルの涙を見たときの気持ちのある側面を代弁してくれています。
 ステージ上で圧倒的に輝き、わたしとはまったく異なる世界に生きているように見えるアイドルが、自分と同じように涙を流している、ということの驚き。涙を通じて、彼女の感情を共有できた喜び。アイドルは涙を流すことで、一瞬、舞台の高みから客席へと降りてくれている――そのようにわたしには思える。


 このように、アイドルの涙は、舞台と客席の距離や、演技・虚構と真情・現実の垣根を越えて、アイドルの心をファンの前にあらわにする――そのようにわたしは考えて、感動します。
 しかし実際には、涙はアイドル個人の心だけを反映するものではありません。場の空気や、社会的な制度を大いに反映する*2。涙を求めるファンの欲望が、アイドルに影響を与えることもある。優れた俳優たちが示すとおり、自身の「本当の」感情とは切り離した涙を流すことも可能でしょう。
 あるいはもしその涙が彼女の真情を表していたとしても、そのような、彼女の心を直接世界に表してしまうような危うい感情表現を、公にしていいのか。ましてやそこから、感動を汲み取っていいのか。どんなに「尊い」とあがめ、持ち上げてみたところで、アイドルの涙を見るという行為に含まれる暴力性を否定することはできない、とわたしは思う*3


 ファーストイベントの涙に、明かされない理由があると伊波さんが語ったとき、わたしが最初に感じたのは寂しさでした。涙を流す姿を見たことで、わたしはあの瞬間の伊波さんの感情を共有できたと思っていたのだけれども、誰とも共有されない感情も伊波さんのなかには存在した。
 冷静に考えれば当然のことなのですが。

 そして、伊波さんのことをわかったつもりになっている自分の無頓着さへの失望もまた、わたしのなかに寂しさとしてあらわれたのでした。


千歌の謎

 アニメの1話から前述の8話まで、千歌はその豊かな感情表現と台詞の数々で、見るものにその感情を伝えてきてくれました。
 1話での「普通怪獣」というすばらしいキーワードは、μ'sを見送った「普通」なわたしの心を強く掴んでくれた。
 3話、「今までのスクールアイドルの努力と、町の人たちの善意があっての成功」のおかげで今のAqoursは成立するのだと諌めるダイヤに対して、堂々と言い放つ「でも、でもただ見てるだけじゃ始まらないって。うまく言えないけど/今しかない、瞬間だから/だから、輝きたい!」という台詞から伝わる、どうしようもない欲望と憧れの強さ*4
 そして、挫折を乗り越える8話、親友となった梨子のために、スクールアイドル活動を犠牲にすることを決める10話、μ'sを追いかけるだけではない自分たちの道を見つける12話……。印象深い場面を引用していてはきりがないほどに、彼女は自分の気持ちを口にし、行動します。


 とはいえ一方で、彼女の言動には飲み込みづらいところも多々あります。
 11話『友情ヨーソロー』で渡辺曜の自宅を訪れた千歌の表情はなにを物語っているのか? 13話『サンシャイン!!』で、いともあっさりと同級生を受け入れてしまう千歌のオープンさはどこからくるのか。『MIRAI TICKET』の最後、一人走り去ってゆく千歌はなにを見ているのか(その直後、浜辺で九人揃うとはいえ、大いに不安をかきたてる情景でしたよね)。
 極めつけは、13話、母親との会話のなかでほのめかされる過去のことでしょう。かつて千歌は、なにかを道半ばでやめたことがあった。「普通怪獣」であった千歌が生きてきたなかで、普通でないなにかに挑戦し、諦めたという過去は、とても重要なことのはずです。けれども、その事実は、アニメ最終話に至るまで明らかにされることはなかったし、詳しいことは伏せられたままです。あのシーンでも、わたしは寂しさをおぼえた。


 ところが、これは矛盾した言い方になってしまうのですが、そのような、謎をひめた姿を垣間見たからこそ、わたしは千歌を親しく感じもする。
 これらの千歌の謎を感じる場面は、アニメシリーズ後半にあることに注目しましょう。シリーズ前半から中盤で、彼女への共感を抱いたあとでこれらの謎は示される*5。それらの謎は、千歌の共感・理解と逆のベクトルにあるものではなく、共感・理解と同じ方向の先、キャラのより深層に潜っていくなかで出会うものなのではないか。
 家族や級友など、長く付き合って、もう十分に理解したと思っていた人のなかに、想像もしなかった一面を発見して驚く、という経験をした人は多いと思います。いわば、千歌の謎はそのようなものではないか。普通怪獣としてわたしの心をつかんだうえで、徐々にその奥にあるものを垣間見せてくれているからこそ、わたしはそこに不可解さを見出すのではないか。


 まあ、これもまた「本当の」感情を探す、きりのないゲームの新たな階層であるに過ぎないのかもしれません。
 アイドルあるいはアニメのキャラクターの真情はどこにあるのか? その追跡は、たまねぎを剥くようにきりがなく、最終的には無に至らざるをえないのかもしれない。
 しかしおそらく、すぐれたアイドル/キャラクターとは、受け手の予測を越えた謎を常に投げかけてきてくれるものなのです。


目のくらむような

 2月25・26日に行われたAqoursのファーストライブで、伊波杏樹さんが演じた高海千歌という存在は、伊波さんの演者としての「成長」であるとか、他キャストとの「絆」といったものを体現してはいました。けれども、そうした言葉だけで理解できる存在でもなかった、とわたしは思う。
 13話の寸劇を再現するパートを初めて観たとき、わたしは立っていられなかった*6。様々な理由があるとは思うのですが、一番大きかったのは、昨年の13話放送終了後からずっと13話のことを考えて、高海千歌のことも考え、それでも(と、これもごくごく当たり前のことですが)そういう自分の考えとか経験とはまったく切り離されて、確かな存在として「高海千歌」が舞台のうえに生きている、ということの不可解さみたいなものに打ちのめされたからだったのだと思うのです。
 観ているわたしの予断とか期待とかいっさいを切り捨てて、高海千歌はあの舞台に立っていた。


 謎、というとネガティブな印象がありますけれど、たとえばすぐれたSFを評価する言葉としての「センス・オブ・ワンダー」だとか、『KING OF PRISM』の一条シンくんがいう、未知のものに触れたときに感じる「輝き」*7という言葉に言い換えてもいいのかもしれません。
 昨年からAqoursの9人について一人ずつ長文を書くということをずっとやってきてわかったのは、それはわたしの無能さゆえのことでもありますが、Aqoursは、そしてフィクションの登場人物というものは、いくら掘っても掘りきれない、ということでした。
 伊波さんの、ファーストイベントの涙についての発言を聴いていらい、そして先月の圧倒的なファーストライブを観ていらい、どうもわたしは自分のなかから前述の寂しさを追い出すことができないでいます*8
 でも一方で、たとえばニコニコ生放送やラジオで触れるAqoursや伊波さんの姿は、これ以上にないほどにわかりやすくわたしの心を打つ。自分の感情や信念、仲間、作品のことを強く思う言葉や仕草が、疑いなく最高密度のキュートさでわたしの目に飛び込んでくる。それは、ゲームやG's Magazine誌上で描かれる、フィクションの千歌も同様です。
 あるときはものすごく近くて、またあるときはありえないほど遠い*9
 このくらくらする落差こそ、高海千歌伊波杏樹の、そしてアイドルというものの魅力の正体なのかもしれません。
 いまのわたしには、目がくらむような思いをしながら、その落差を見続けるしか術がないのです。

 

 

「ラブライブ!サンシャイン!!Aqours浦の星女学院RADIO!!!」vol.1

「ラブライブ!サンシャイン!!Aqours浦の星女学院RADIO!!!」vol.1

 

 

*1:ラブライブ!サンシャイン!!』ブルーレイ第1巻特典映像より。

*2:直接の引用などはしていませんが、今回の記事を書くにあたって読んだ『文化としての涙』(北澤毅・編、勁草書房、2012年 http://www.keisoshobo.co.jp/book/b105892.html)が面白かったです。卒業式や葬式といった社会的な場での涙や、フィクションのなかの涙などについての分析が、涙を流す(そしてそれを受け取る)という行為の複雑さを明らかにしていて、十分に理解できているとはいいがたいわたしでも、たくさんの刺激を得ることができました。

*3:たとえそれが商品として提供されているとはいえ。

*4:この言葉が好きだ、という件については次の記事で書きました。「千歌が越えた一線と、言葉について/『ラブライブ!サンシャイン!!』3話までの感想を語る」http://tegi.hatenablog.com/entry/2016/07/20/013537

*5:製作の後半になって脚本または演出に不備が生じ、結果として「謎」が生じたという可能性の検討は、きりがないから脇においておきましょう。緊密な事前設計を必要とするダンスパートの存在や、アニメ二期の計画などを考えれば、その可能性は低いとも思います。

*6:ライブビューイングで鑑賞しましたが、客席は総立ちでした。

*7:彼の「輝き」は、千歌のいう「輝き」とはまた少し異なる意味合いを持っていたように思います。詳しくは「世界は輝いている/『KING OF PRISM by Pretty Rhythm』」を参照ください。http://tegi.hatenablog.com/entry/2016/02/21/225933

*8:だから、訪れれば確実に手が触れられる内浦・沼津という存在が愛おしく感じられているのだとも思います。

*9:その近くて遠い輝きが、徐々に高坂穂乃果に近づいているようで、わたしは余計に寂しいのだと思います。すげー勝手なことだとはわかっているけれども。