こづかい三万円の日々

30代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

ダイヤさんと呼ばせてよ/黒澤ダイヤの呼び方について考える・その1

 今週末放送される『ラブライブ!サンシャイン!!』二期4話のサブタイトルは「ダイヤさんと呼ばないで」です。
 おそらく、『ラブライブ!』一期10話「先輩禁止!」と同様に、上級生・下級生という年功序列を基本とした関係性からの脱却をテーマにしたエピソードになるのでしょう。μ'sにおいては絢瀬絵里東條希の二人が特に「先輩」として一・二年生から距離をもたれていたのに比べて、Aqoursにおいては黒澤ダイヤだけが「さん」付けで呼ばれている、という点が印象的です。松浦果南高海千歌渡辺曜から「ちゃん」付けで呼ばれ慣れた幼馴染の関係ですし、小原鞠莉は持ち前のフランクさで別け隔てなく付き合える。黒澤ダイヤだけが、絵里・希的な「先輩」のままなのでした。
 黒澤ダイヤを中心としたエピソードはアニメ二期で必ず描かれるだろうと期待していましたが、なるほど、彼女を中心に置いてしか描けないエピソードになりそうです。実に楽しみですね。


 さて、二期4話で焦点となるのはあくまでAqours内での呼び方のはずです。だからぼくが思い悩むことなどまったく必要ないわけですが、それでも、このサブタイトルを見たとき「困っちゃったなあ」と思いました。ダイヤさんと呼べないなら、いったいぼくは黒澤ダイヤのことをなんと呼べばよいのか。
 ぼくは黒澤ダイヤのことを「ダイヤさん」と呼ぶことを常としています。昔は「ダイヤ様」と呼ぶことのほうが多かったと思いますが、いまは必ず「さん」付けにしています。ブログの記事など、作品から距離を保つべき文章・文脈においては敬称を略していますが、頭のなかで思考するときは基本的にさん付けですし、記憶している限り、ライブ参加時にステージ上の黒澤ダイヤ/小宮有紗へ呼びかけるときはさん付け以外の呼び方を口にしたことはないはずです。

 ダイヤさんは、内浦長浜において数百年にわたって続いてきた津元・黒澤家の長女です。昔の記事を読めばなんとなく察していただけるかと思いますが、わたしは黒澤家に身も心も捧げたいと思っている人間です。そのような人間は、当然、ダイヤさんのことも「様」付けで呼ぶべきでしょう。

 

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 この意識が変わったのはブルーレイ特典の『School Idol Diary』黒澤ダイヤ編を読んだときでした。ダイヤさんは家の存続と地域の繁栄を第一とし、家を背負って立つ、責任と地位をもつ人間として生きるべきと考えて育ってきました。ところが彼女はスクールアイドル活動を通して、それまでの自分の考えとは異なる生き方の可能性を知っていきます。黒澤家のお嬢様であり未来の当主である「ダイヤ様」として生きるか、あるいはそう呼ばれない人生を選ぶのか。彼女のなかには、これまで存在しなかった選択肢が芽生え始めています。
 そんな変化の渦中にある彼女を、それまで通り「様」付けで呼ぶのは、彼女は「様」付けで呼ばれる行き方をすべきだ、という意思表示になりえます。
 最終的に彼女が黒澤家を継ぐ決意をしたとしても、それはまだ未来のことです。まだ決まっていない彼女の未来を先取りして決めるような乱暴なことは、黒澤家を真に愛する人間として決してできることではありません。そういうわけで、わたしは彼女のことを「さん」付けで呼ぼうと決めたのでした。

 

 

 ですが二期4話の副題によれば、どうもダイヤさんはさん付けで呼ばないでほしいと思っているらしい。
 「さん」を付けないことで親しみを表してほしいという気持ちはわかりますが、さすがに呼び捨てや「ちゃん」付けにするのは黒澤家とダイヤさんを尊敬する身として畏れ多いものがあります。
 「そんなんアニメの中の話じゃん」「お前、黒澤ダイヤの同級生でもなんでもないだろ」などと言うなかれ。Aqoursのライブに行けばわたしもあなたも10人目のAqoursにならなくてはならないときがいつか来るかもしれないわけです(その是非についてはここでは問いません)。
 自分は今後どのようにダイヤさんを呼ぶべきなのか、二期4話を観てから決めたいとは思っていますが、とにかくまったくもってこれはダイヤさんファンの覚悟と愛とが試される一大事であると言えましょう。


 まあそういうわけで、今まで自分がダイヤさんをどう呼んできたか、これからどう呼ぶべきか、ということを延々考えているのですけども、そういえばあの人、自分だって人のこと「さん」付けで呼んでるじゃん、ということに気づきました。
 実の妹であるルビィは別として、ダイヤさんはAqoursのメンバーを年齢学年関係なく全員「さん」付けで呼んでいます。さらにぼくの記憶する限り、ライブなどでファンに呼びかけるときもたいてい「みんな」ではなく「みなさん」と呼んでいるはず。ボーカリストとして参加するAZALEA楽曲・デュオトリオ楽曲においても誰かを呼ぶ時は「きみ」ではなく「あなた」と言っています。
 これでは、自分が「さん」付けされたくないなら、まず自分の態度から直しなさいよ、と批難されても仕方ないでしょう。言葉や態度を相手のそれに近づけることは、コミュニケーションの親密さを高めるためには非常に有効です。『ラブライブ!』の「先輩禁止!」のエピソードで描かれたのも、後輩からの一方的な接近ではなく、上級生と下級生が相互に歩み寄ることの意義だったのではないでしょうか。

 

 ではダイヤさんもまた、みんなを「さん」付けで呼ぶのをやめるべきなのか。
 ぼくはどうにも、そうだと断言するのもまた難しいように思えます。
 例えば、ダイヤさんと同い年であり、最も親密であろう小原鞠莉松浦果南との関係のことを考えてみましょう。ダイヤさんが「鞠莉」「果南」と呼び捨てにしている情景、想像できるでしょうか。できなくはないが、しかし、そこで失われるものもあるように感じます。
 鞠莉と果南とはお互いを名前だけで呼び合いますが、それは彼女たちが常々衝突しあうことで互いへの想いを示す関係にあるからこそです。ダイヤさんと二人のあいだの関係は、鞠莉・果南のあいだの関係とは異なる性質のものに見えます。ダイヤさんと鞠莉/ダイヤさんと果南は、ダイヤさんが二人を「さん」付けで呼び合うにふさわしい種類の親しさでこそ結びついているのではないでしょうか?
 そもそも人間同士の関係の価値というのは、近さ・遠さ、浅さ・深さという直線的な物差しではかりきれるのでしょうか…?


 いやはや、まだ放送前だというのにずいぶん書いてしまいました。おたくは推しをどう呼ぶべきか*1、とか、Aqoursのライブにおいて呼ばれるべきは声優の名前かキャラの名前か、など、まだまだ語りたいことはたくさんありますが今日はこのへんにしておきましょう。
 名前や呼び方をどう扱うかは、その対象への気持ちだったり、個人の思想だったりを如実に表すので、興味深いと同時になかなか恐ろしいテーマであるようにも感じます。『ラブライブ!サンシャイン!!』は、このテーマにどんな答えを出してくれるのか? 明日の放送を楽しみに待つことにしましょう。

*1:声優さんを呼び捨てより「ちゃん」付けで呼ぶおたくのほうがより暴力的にみえるのですけど、あれ、なんなのでしょうね~。