こづかい三万円の日々

40代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

声優名盤探索の旅 その1

 

 

 1月、このような発言をしたあとインフルエンザに倒れたわたしは、次々と押し寄せる推薦のコメントをメモに残していた。

 たぶん反応してくれていたのは10人くらいで、その半分くらいは『ラブライブ!』をきっかけとしてTwitterでつながった人たちだったと思うのだが、かなりの人間が内田彩を推してくるいっぽうで(実際のところ内田彩はすごい)、『ラブライブ!』とは関係のない声優はもちろん、音楽的にも世代やジャンル的にも離れている人を推してくる人も多くあり、興味深かった。普段同じ作品についてやいのやいの言っているので忘れがちなのだが、たいていのオタクというのは様々なところに足場を持っており、ほいほいそこらじゅうを渡り歩いているのである。

 そうして推されたいくつかのアルバムを、インフルエンザに苦しめられつつ聴いていて、やっぱ声優さんの歌う歌はいいな~とかぼんやり思いつつ、なぜ「声優さんの歌」はかように特別に聴こえるのだろうか、という疑問を抱いてもいた。

 そのあとなんやかんやあってすっかり声優さんの名盤を探すことをさぼっていたのだが、その後数カ月間の2020年の女性声優音楽シーンの動向を受けて、やはり今やっておかねばならぬ、と再びかつてのメモを取り出し、TLのみなさんから薦められたアルバムを、サブスクで聴ける範囲ではあるが、片っ端から聴いている。

 なぜいま声優さんのアルバムを聴くべきと思ったのかは後半で書くとして、このようにして改めて声優さんたちの歌を聴き始めて、さきほどの問題についてもある程度書いておこうと思った。なぜわたしは声優さんの歌を特別なものとして聴くのか。

 

 なお今のところこの文章は女性声優のことを念頭に置いて書いている。このあと書くことは自分(男性)が女性声優のことを考えてのことだし、男性声優の音楽活動はまだ全然掘り下げられていない。男性声優だから話が変わってくる、ということもあまりないとは思うのだが、量を聴いたあとでは違う聴こえ方がしてくるかもしれない。

 現時点で一番好きな男性声優の歌は羽多野渉『You Only Live Once』です。

 

・なぜわたしは声優さんの歌を特別なものとして聴くのか

 声優は声で演じることをなりわいとしている。実写ドラマや映画、アニメ、朗読劇で、たくさんの言葉を発する。しばしば歌いもする。しかしその言葉はその人本人のものではない。

 声という媒体は、とてもパーソナルなもののようにわたしには思える。人間の喉と口という肉体から発せられて、相手の耳へと直接届く。肉体同士が直接交信するのである。

 声優の声を聴くとき、わたしはその人の肉体から発せられた信号を直接受け取る*1。だからしばしばその声と言葉が、声優本人のパーソナリティを反映しているように勘違いしてしまいそうになるが、それは誤解だ。脚本家や作詞家が書いたフィクションの言葉であり、それらの集合が表すのはフィクション上の架空の人物の人格である。だからわたしは、声優さんの声を聴きながら、「これはこの人そのものの声/言葉ではない」というふうに自分に言い聞かせる。

 …という前提で、声優が「声優自身」として歌う歌を聴くとどうなるか。普段かけていたフィルターを一枚外してしまえるのである。「これは普段聴いているのと違う!声優さんの”本当”の声なんだ!」と。

 そしてそうやってフィルターを外したとき、その声は相対的に自分に近づいて聴こえる。普段聴き慣れた声優の声が、その言葉が表すものが、よりかれらの心に近いところから発信され、自分の近いところへ届けられているように聴いてしまう。

 もちろん、言うまでもなく、これもまた誤解である。声優がキャラクターとしてではなく声優自身の名前で歌を歌っていたとしても、その曲が出来上がるまでには声優本人以外の手が大なり小なり加わっている。声優本人が作詞者としてクレジットされていたとしても、完成に至るまでには周辺のスタッフからの影響や指示を受けているかもしれない。それはいちリスナーであるわたしにはわからない。

 

 とはいえ、かれこれ25年くらい声優が歌う歌を聴いてきた自分のオタク人生のなかで幸運にも出会ったいくつかの楽曲や出来事を思い返すと、そうした誤解も時には正しいことがあるのではないか、と感じられるのだ。そのように信じたこともまたこちらの誤解であったということもあろうが、でも、全部全部そうだと言い切る必要はあるまい。声優さんが自分の名前で歌う声のいくぶんかは、"本当"の声だ、と言ってもいいのではないかと今の自分は思っている。ある程度長いオタク人生を送ってきたオタクならわかってくれると思うんですが、どうでしょう。

 

 長々と語ってきたが、この件は自分が思う声優さんの歌の魅力のなかのうちの一つでしかない。以下に列挙する。

 

1.(相対的に)声優さんの"本当"の声が聴ける(と誤解できる)から

2.表現者として鍛えられた声優の声の技能が堪能できるから

3.アニメやゲーム、アイドル文化など、ある一定の音楽文化を背景にしているため、それらが好きな人間の好みの作品であることが多い

 

 1は前述の通り。

 2は、歌がうまく声がいい、という話である。そしてその歌の「うまさ」・声の「よさ」のありようは実に幅広い。

 3は書いた通りのことで、例えばRPG異世界を舞台にしたアニメで用いられる幻想的で異国情緒のある音楽ふうであったりとか、アイドルアニメで用いられる様式美あるアイドルソングふうであったりとか、といったことだ。加えて、現在の女性アイドル業界がそうであるように、音楽を作り提供するスタッフないしは声優本人の嗜好で、様々な音楽ジャンル(ヒップホップであるとか、クラブミュージックであるとか)の趣味と技能が濃厚に反映されることがあり、そうしたある程度「尖った」音楽*2を聴きたい人も楽しみが見つけやすい。




・なぜ2020年に声優の名盤を探索するのか

 2020年は声優による名盤ががんがん出ているしこれからも出るっぽいからである。

 まずは3月に早見沙織『シスターシティーズ』が発売された。

 2018年の『JUNCTION』で大いに話題を呼び称賛された早見沙織の新作ミニアルバムである。今回も作詞はすべて早見自身が手がけ、作曲は堀込泰行を始めとする著名な作家たちがつとめた。名盤なので聴いてください。

https://www.youtube.com/watch?v=q1u5byltv-g


 続いて4月には山村響『Suki』が発売された。

 多数のキャラクターソング、そしてアーティスト活動時の旧名「hibiku」名義を含め多数のソロ活動を行ってきた山村だが、今回は全曲を自らプロデュースし、楽曲作成からPV撮影・編集、販売までをすべて自身で行っている。豪華な布陣で作り込まれた早見沙織とは対照的ながら、現在のポップスのトレンドを取り込み、DIYのキュートな風合いで包んだ充実の一作である。3曲のみの小品ですが、それがまたいいんだ。名盤なので聴いてください。

 

https://www.youtube.com/watch?v=NSZ3ud5YcfE&t=10s


 そして秋には降幡愛『Moonrise』が発売される。

 1994年生まれながら、というか94年生まれだからこそ可能なてらいのなさで80年代文化への憧憬を盛り込んだ先行シングル『CITY』を聴いていただきたい。プロデュースは本間昭光

https://www.youtube.com/watch?v=93pQ1v4b_T0

 

 アニメ『CITY HUNTER』や竹内まりや『Plastic Love』の影響を隠そうともしないPVのいさぎよさ。だってこういうの好きなんだしいいじゃん、という声が聞こえてきそうなその態度は、現在のシティポップの最前線をクールに走る早見沙織とも、(ここでは詳しく触れないが)古風で実直な音楽愛好家の態度で研鑽に勤しむ中島愛とも、またワンルームの一室にこもって等身大の自画像を描く山村響とも異なる。そんな彼女の作り上げたミニアルバムも、たぶん名盤なので聴いてください。

 

 そして、大量の名盤を生産してきた坂本真綾の楽曲が音楽配信サービスで解禁され、デビュー25周年を記念したシングル・コレクションが発売された。今年は、声優による音楽活動を語るうえで絶対に外すわけにはいかない最重要人物のメモリアルイヤーでもあるのだ。

https://www.youtube.com/watch?v=nla-E2NTczE

 

 と、大御所の仕事をまとめて振り返る環境が整い、「こりゃ名盤でしょ」と思う新作もどんどん出てくるのを見ていて、いや、これらはたいへん優れた作品だという確信が揺らぐことはないが、しかしそう断言するにはあまりにわたしはほかの声優さんたちの作品を知らないのではないか。そのような状態で名盤だ名盤だと連呼するのは名盤と言われる側にとっても失礼であろう。

 そういうわけで、わたしは声優の名盤を探索することにしたのである。

 

 この探索の旅はたいへん楽しい。まだ全然枚数を聴けていないが、いい曲、いいアルバムばかりで困る。

 

 シングルなので「名盤」と言うのはそぐわないのだが、昨日聴いた(そしてPVを観た)内田彩の『声』は、改めて声優さんの「声」について考える契機になった。記事の前半で、声優さんの歌う歌にある種の「本当」の声を聴いてしまうことを肯定的に書いたけれども、それはこの曲を聴けたからである。すばらしい曲なので聴いてください。

 

https://www.youtube.com/watch?v=a6xDh6EombI

 

 よい音楽を聴くのは楽しく、よい音楽について語るのも楽しい。今後継続的に、主にTwitterで、できれば時々ブログでもまとめて、声優さんたちによるすばらしい作品の数々を語っていきたいので、よろしければお付き合いください。そして「これこそわたしの声優の名盤」という一枚があったら、教えてもらえればうれしいです。

*1:中間で電子的な処理を挟んだりするわけだが、例えば紙に書かれた言葉などよりは「直接」と言い切っていいだろう

*2:ここで括弧付きにしたのは、それらが本当に「尖った」音楽なのか?とか、「尖った」ことが目的となった音楽は魅力的なのか?と思うからだが、まあ、それはまた別の話である。そしてそういうことをきちんと語れるほどわたしは「尖った」知識を持っていない。