こづかい三万円の日々

40代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

「みんな」とは誰か/『ラブライブ!』をめぐる人たちのことについて

 すごくめんどうくさい話をします。


 「みんなで叶える物語」。
 この言葉は、2010年、雑誌『電撃G's Magazine』に掲載された『ラブライブ!』の最初の記事の見出しとして用いられました。
 以来この言葉は、作品の中はもちろん、作品の外で、作品のテーマや、娯楽の商品としての特性が語られるときにも何度も何度も繰り返し口にされてきました。
 しかし、「みんな」とはいったい誰であったのでしょうか?


 μ'sの最初のシングルCD『僕らのLIVE 君とのLIFE』が当初数百枚しか売れなかった、というエピソードは有名です。その当時、「みんな」はそれしかいなかった。
 でもわたしは時々、その状況をうらやましく思います。その程度の少数であれば、「みんな」として一つになれたかもしれない、と。
 まだμ'sというグループ名すら存在しない段階で、あの9人の輝きを信じることのできた人々。まだメディア展開も少なく、雑誌誌上で公開されたキャラクター設定の要素も限られています。そのような状態なら、まだ『ラブライブ!』という作品は複雑な表情を見せていなかったでしょうし、受け取る側の受容の幅も狭くて済んだのではないか。
 本当のところはわかりません。でも、もしかしたら、ただ「『ラブライブ!』という作品が好き」というシンプルな共通項で繋がった「みんな」が存在しえたんじゃないか。憧れと寂しさとともに、わたしはそういうことを空想します。


 『ラブライブ!』のアニメが放映されたのは、雑誌掲載から二年以上の時間を経た2013年のことでした。
 恐らくは、ここで最初のおおきな「みんな」の分裂が起きた。雑誌誌上で公野櫻子の筆によって描かれてきたμ'sと、アニメで京極尚彦が描いたμ'sとの二つのμ'sが生じることになったからです。
 両方のμ'sを受け入れる人、公野版しか受け入れられない人、京極版しか知らない人…。
 そして同年、ゲーム『スクールアイドルフェスティバル』(スクフェス)の配信が始まります。『ラブライブ!』の本格的なメディアミックスの展開です。アニメから入った人、ゲームから入った人、色々な入り口から『ラブライブ!』に触れる人が生じていった*1

 それでも2013年はまだ『ラブライブ!』というコンテンツ全体が、成長途中の段階にあったように思います。アニメ放映中に秋葉原でゲリラライブを開催するなど、アグレッシブにファンを獲得していく、話題を作っていこうとする雰囲気があった。ライブも一年に二度行われています。作り手たちが逆境を乗り越えようと奮闘し、熱心なファンが口コミでその魅力を伝えていく、そういう「みんな」の一体感があったのではないか。


 そして2014年。さいたまスーパーアリーナで4回目のライブが開催されます。稀にみる悪天候のなかライブが開催され、それでもつめかけるラブライバーたちの様子が大きな話題になった。
 あの、関東が雪に覆われた週末、わたしは映画館に『アイドルマスター』を観に行っていました。同じ劇場で、μ'sのライブのライブビューイングが行われていた。すっからかんになったグッズ売り場を見て、「うわ、すげえなライバーはww」というような、呆れと尊敬と嘲笑のまざった感想を口にした記憶があります。嘲笑されるべきは、当時何度も『ラブライブ!』という作品に触れうる機会を持ちながらも見逃し続けていたわたし自身だったのですが。


 話がそれました。
 外側から見ると、あの4回目のライブの成功は『ラブライブ!』という作品の一つの達成だったのですが、同時に、「みんな」の分裂はいっそう進んでいたようです。人気が沸騰し多くのファンがチケットを入手できない一方で、チケットの付録限定の楽曲が製作され、会場で披露された。会場にいる「みんな」と、そうでない「みんな」の間に、作品のほうが線を引いてしまった。


 そしてアニメ二期の放映が始まります。アニメ一期は好きだけど二期は嫌い、とする人は一定数存在します。ここでまた「みんな」が分裂していく一方で、沸騰する人気を聞いて、二期から『ラブライブ!』に触れる人も非常に多かった。わたしはその一人です。アニメ放映と同時期にスクフェスの人気も爆発しました。明けて2015年の映画公開前後には、街中でゲームを遊ぶ人をしょっちゅう見かけたものでした。わかりやすいおたくではなく、高坂穂乃果たちと同世代の女性が非常に多かった。
 2015年の映画公開と大ヒット、そして年末の紅白出場から2016年のファイナルライブにかけての時期は、「みんな」の総数が最も大きかったのではないでしょうか。紅白に向けてNHKで特集番組やアニメが放映され、作品に触れる機会も手段も国民的になった。


 そんななかで始まったのが『ラブライブ!サンシャイン!!』です。
 最初の雑誌記事の見出しこそ「助けてラブライブ!」であり、「みんな」を大きくうたうものではなかったけれど、当然のように『サンシャイン!!』にも「みんな」の概念は引き継がれました。映画『ラブライブ! The School Idol Movie』においてμ'sが全国のスクールアイドルと一緒にイベントを行ったことをなぞるように、『サンシャイン』とAqoursはμ'sの精神を引き継ごうとする。
 それに賛同するものもいれば、μ'sのファイナルライブを期に、『ラブライブ!』から離れていく人もいた。


 μ'sファンの「みんな」は、『サンシャイン』を応援すべきなのか否か。その問題が最も「みんな」の間に複数の、深い分断を生じさせたのは、『サンシャイン』アニメ一期の放映時期であったように思います。週を重ねるごとに、劇中でμ'sが言及されるごとに、あるいはされないで物語が展開されるごとに、「みんな」は動揺した。
 同時に、『サンシャイン』においても『ラブライブ!』と同様に、公野版とアニメ版との差異を受けて作品から離れてしまう人も生じました。
 メディアミックス作品は、他メディアに展開するごとに新たなファンを獲得しますが、同時に取りこぼされるファンもいるのです。


 『サンシャイン』のメディアミックス展開において最も重要なメディアはおそらく、沼津という、作品の舞台そのものです。
 アニメも雑誌も目にしたことがなくても、沼津の街に展開されるイベントや宣伝物、ファンの振る舞いを通じて『サンシャイン』に触れる人は多数いるはずです。それはもはや一つのメディアといっていい。
 そして、生きた街と人が媒介になったとき、作品が受容される振れ幅は爆発的に広がる。様々な価値観の人が、思いもよらない方法で、作品と切り結ぶ。表現する。沼津に関するネット上の言説には常に批判と賛同が入り乱れて混沌としています。沼津における物事や人をめぐって、「みんな」は毎日のように右往左往している。


 アニメの放映終了から数ヶ月後、Aqoursは初のライブを開催しました。あのライブの演出方針の一つには、アニメで描かれたAqoursの物語をなぞり、増強する目的があったように思います。
 生身のAqoursたちが自身の物語を解釈し演じ直すことで、受け手に「これがこの物語のあり方ですよ」という一つの模範解答を与えた。これによって、放映時に特に物議を醸した13話を中心に、アニメへの再評価が高まりました。アニメで分断された「みんな」は、再び一つに戻った――と言ってもいいかもしれない。


 さてさて、そして今日は2017年8月5日です。
 Aqoursセカンドライブ――しかも今度はライブツアー――が始まる。
 なぜこのタイミングでいまさら「みんな」のことを考え直したくなったのか。いやいつだってわたしは「みんな」について考えたかったのです。だってもしそれが現実では成立しえない幻だとしたって、物語のなかの高坂穂乃果は「みんな」の物語を叶えたし、秋葉原で『Sunny Day Song』を歌い踊ったスクールアイドルは「われわれはひとつ」*2という気持ちを共有できた。
 そういう物語を愛している「みんな」がなぜ一つになれないのか。無茶な考え方だとはわかっているけれど、そう思ってしまわざるを得ないのです。でも現実として「みんな」はバラバラです。じゃあいつバラバラになったのか。そもそも一つの「みんな」なんて存在したことがあったのか。これから存在することはありえるのか。Aqoursのライブで、「みんな」は一つの「みんな」になれるのか?わたしは、あるいはわたしの隣の席のあなたは、あるいはSNSのタイムライン上のあなたは、一つの「みんな」になれるだろうか?


 当然答えはありません。
 答えがないからわたしは『ラブライブ!』という作品に惹かれるのだし、現実には不可能なことを叶えた高坂穂乃果なり、叶えようとする高海千歌に惹かれる。
 でも答えが出ないからといって、その問いが無駄なものだという道理はないでしょう。


 わたしはこれからも「みんな」のことを考え続けると思います。めんどうくさいけど。

 

 

2017/08/10追記:

 @694628 さんが本記事に対する長い感想をツイッター・ブログにて寄せてくれました。特にブログでの、「みんな」をより広くとらえようとする考え方には、わたしの記事にない視点と思考があります。ツイッターでの感想に対しては、反発する旨のリプライをしていますが、ブログでまとめられている694628さんの考え方は、わたしの悩んでいることへの一つの解答を示してくれているとも思います。何より、「みんな」についてうだうだ言っているわたしへの(賛同できない部分があるとしたうえで)共感を少しでも示していただけたことがとても嬉しかったのです。

 ぜひあわせてお読みください。

694628 on Twitter: "てぎ様(@tegit) 作
「みんな」とは誰か/『ラブライブ!』をめぐる人たちのことについて - こづかい三万円の日々 感想 https://t.co/EUlNzdhfjy"

 

「みんな」とは誰か/『ラブライブ!』をめぐる人たちのことについて 感想 再考 - 🐦

*1:もちろんそれまでも他のメディアや他作品、あるいは声優の個人活動などを通して「みんな」の行き来はあったでしょうが、最初の大きなインパクトはこのタイミングだったと思います。

*2:統堂英玲奈、大好き。