こづかい三万円の日々

40代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

一ヶ月でわかる『ラブライブ!サンシャイン!!』の魅力/(2)Aqoursを聴くならここからどうぞ!の12曲

 アイドルソングというのは、これはもちろん様々な例外がありますけども、明るくて、多幸感があって、輝いているものです。アイドルの魅力をまっすぐに打ち出して、この世の中にはこんなに愛らしく美しくって価値のあるものがあるんだ、と思わせてくれる。
 それは刹那的にステージの上だけ、スピーカーやイヤホンの周辺だけに現れるフィクションです。歌が終わったあとは輝きは消えるし、ステージの外には荒涼とした世界が広がっている。
 アイドルソングがどんな力を持ちうるかは、歌の外の世界とのせめぎあいをどう切り抜けるか、にかかっているように私は思います。
 明るさ・甘さ・幸福感といった部分を思いっきり濃密なものにして、歌に耽溺させること。音楽的な技術や新奇さを重視し、アイドルソングの外側の価値観という強固な足がかりを作ること*1。戦い方は様々にあるのですが、Aqoursの楽曲の持つ強さの源泉の一つが、すべての曲の作詞を手がける畑亜貴という存在です。

 
 まずは彼女が作詞作曲歌唱を行ったこの曲を聴いていただきたい。


畑 亜貴 / 毀レ世カイ終ワレ - Music Video

 

 なかなか強烈な曲でありミュージックビデオです。
 畑はこの曲について次のように語ります。

去年創った「毀レ世カイ終ワレ」で創りたかった世界のひとつが完結したように感じ、それ以来心の一部が脱力していました。


(『畑亜貴という概念』 2017.08.13 「8.1.3はそもそも謎であるのか?と考え直す人生」 http://akihata.jp/entry.php?p=19367

  ここまで言う楽曲なのですから、『毀レ世カイ終ワレ』は畑亜貴という才能の本質を露わにしていると考えていいでしょう。

私以上の孤独はこの世にないって解った
それでもまだ希望を持ってるのは何故だろう

 このように始まる通り、『毀レ世カイ終ワレ』はこの世と自分のあり方に諦念を抱いています。そしてそれでも「希望を持ってる」。
 明るさと暗さの間を縫うように歌われる歌はやがて「毀レ世カイ 明日こそ 毀レ世カイ 終ワレ」と世界の終わりを願って幕を閉じます。
 畑亜貴はこの代表曲のほか多数の楽曲を発表していますが、いずれも、深い内省の感じられる暗さに満ちています。要するにこの人は、アイドルソングで歌われる明るさ、幸福感、輝きといったものと真逆の方向の創作を突き詰めている作家です。
 では畑亜貴は、職業的な技能の使い分けによってAqoursの歌の詞を書いているのか。信じてもいない明るく楽しい言葉を、テクニックとして選び取っているだけなのか。そういうわけでもない、と私は感じます。。
 『毀レ世カイ終ワレ』にしても、畑亜貴が手がけるアイドルソングにしても、おそらく出発点は同じなのです。世界で生きることに傷つき、明るさや幸せは生来のものではないと思っている、という場所です。
 その場所から出発して、『毀レ世カイ終ワレ』などのソロワークでは、暗く日の届かない海の底へ沈んでいく。一方、Aqours楽曲では、洋上を漂って陽の光を浴びる氷河のひとかけらのように、揺れ動く足場で必死に立って希望を歌う。そんなふうに、方向は違えど、Aqours楽曲の歌詞にも確かに、畑亜貴独自の怜悧な世界観が根底にあるのだと私には思えます。


 Aqoursの楽曲を聴くとき、私は確かにそこに明るさと幸福感と輝きを見ます。しかし同時に、その向こうに、自分のいる場所と同じ影がさしているようにも見えるのです。
 畑亜貴という作詞家の作るその影のおかげで、私は、自分のいる場所とステージの上が地続きだと信じていられる。そして、だからこそ、Aqoursが輝きを放つとき、より眩しく感じられるのです。
 これが、畑亜貴の歌詞がAqoursの楽曲にもたらしている「強さ」だと私は思います*2。その強さを、あなたにも感じてみてほしくて、この記事を書いています。


 さて、ここからは、そんなAqoursの楽曲のなかから、私がおすすめしたい12曲をご紹介します。Aqoursを聴いたことのない人に聴いてもらうならどうするか?というテーマで悩んで選んだプレイリストです。どうぞお楽しみください。


1.『Awaken the Power』


【試聴動画】TVアニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』2期 第9話挿入歌 「Awaken the power」C/W「CRASH MIND」「DROPOUT!?」


 一曲目なのにAqours単体の曲じゃないものをもってきてすみません。でも最初に聴いてもらうならこれがいいと思うんですよね。
 Aqoursは、現代アイドル女性声優の楽曲の多くがそうであるように、基本的に声が高くて、そういうタイプの歌に慣れていない人がいきなり聴くには厳しいところもあるかもしれません。その点、Saint Snowという他のスクールアイドルユニットと一緒に歌ったこの曲は、Saint Snowの声質にあわせて低いところからスタートするんですね。穏やかに始まっていって、そして一気にテンションが上げられる。
 上がったあとも、AqoursSaint Snowの合計11人のうち、わけあってある4人のメンバーボーカルが多い構成になっています。この構成はこの曲がTVアニメの劇中で果たした役割ゆえなのですが、そんなことはまだ知らなくて構いません。まずはここでAqours(とSaint Snow)の声を覚えてほしい。9人もいるとなかなか声を覚えるのは大変なので、まずはこの4人から。結果Saint Snowのほうが好きになったら……まあ、それはそれでいいでしょう。
 で、そうこうしているうちに冒頭の穏やかさがどこへやら、ドラムがバキバキ耳を打つ、スタジアム・ロック的な盛り上がりを見せていきます。
 極端な盛り上がり、「はいはいはい!」という宴会芸のような掛け声、聴くものを選ぶ多人数の「アニメ声」合唱……とまあ、穏やかな開幕とはいえこの曲のサビは、現代男性オタク向け女性声優楽曲の特徴が大量にぶちこまれています。ほんと慣れない人なら胸焼けすると思う。思うんですけど、

世界はきっと 知らないパワーで輝いている
何を選ぶかは自分次第さ

と、未知の世界と、己のなかの未知なる力を高らかに称揚する歌詞に私はとてもぐっときてしまう。「知らない」「世界」は、きっと『毀レ世カイ終ワレ』的な暗くて不安な「世界」も含まれているわけです*3。それでも「選ぶ」「自分次第」で、「輝いている」と想像することはできる。
 どうでしょう。あなたはこの曲を聴いて、あなたのなかの力が呼び起こされるような感覚を覚えたでしょうか。覚えていてほしいなあ、と思いながら、次の曲。

 

2.『決めたよHand in Hand


Aqours ラブライブ!サンシャイン!! 第1話挿入歌 「決めたよHand in Hand」CM(60秒ver.)


 今度はAqoursのうち2年生の3人が歌う楽曲です。
 とても元気のいい、金管楽器などの賑やかな音が印象的な音楽を背景に、3人のボーカルが楽しめます。
 「Hand in hand」「ウォウウォー」というコーラスもちょっと金管楽器みたいな伸びやかさがある。かつ、ここで歌う伊波杏樹斉藤朱夏逢田梨香子の三人って、ボーカリスト的評価を得ることは少ないメンバーではあるんですけど、各キャラクターのもつ個性を声で表すことにかけては見事なもので、例えば1番の「その手を捕まえたい」や2番の「動き出したい 同じ気持ちの仲間が欲しくなる」のあたりの斉藤朱夏の、本当に楽しそうにしている感じや、大サビ「夢がうまれる予感はただの錯覚じゃないはずさ」を歌う伊波杏樹の、不安を確かに抱えているけれども、それでもスクールアイドルをやるんだ!という感じ、こういう歌の力強さ・美しさって、声優さんが歌う二次元アイドルコンテンツの楽曲じゃなきゃ絶対味わえない希少なものだと思うんですよ。そういう意味で、これだけ元気な曲なのに、私は時々ちょっと泣けてしまうのです。


3.『Step! ZERO to ONE』


【試聴動画】ラブライブ!サンシャイン!! Aqoursデビューシングル C/W「Step! ZERO to ONE」「Aqours☆HEROES」

 どんどん行ってみましょう。今度はAqoursの面々が「冒険に出るんだってさ!」とわいわいがやがやはしゃいでいるらしい話し声から始まります。そして続く、脳天気なシンセの音。
 ……正直なことを言うと、私はこの曲を初めて聴いたころ、ださいなあと思ってました。子供っぽいっていうか、明るくチープで、女子の幼さを強調するような楽曲。もうちょっとなんとかならんのか、とか思ってました。
 が、改めて歌詞をきちんと読み、そのうえで曲を聴くと、さきほどの繰り返しになりますけど、これはAqoursの曲でしか感じられない力強さと美しさに満ちた曲だ、と思うようになったのです。
 サビは「変われそうで 変われないときだって」と歌います。これだけ脳天気な曲調なのに、歌っているAqoursは「変われない」と悩んでいる。それでも今度こそ、と彼女たちは前を向くわけですが、そのように聴いてこそ、この勢いに満ちた9人の声が束のように襲いかかってくるどストレートな歌の尊さがわかる。この曲は、「動けそうで 動けない」と悩む人たちに、ちょっと乱暴かもしれないけれども、ぎゅっと寄り添う。その姿勢は、Aqoursというグループの、また『ラブライブ!サンシャイン!!』という作品の大きな魅力です。
 もしかしたらかつての私同様に、うへえ、と思っちゃうかもしれないけれども、でもこの暑苦しさに一度付き合ってみてほしいのです。ライブで聴いてほしい、一緒に歌ってほしい、できたら踊ってみてほしい。


4.『ハミングフレンド』

youtu.be

1:31頃から。下記リンクだとすぐに始まります。

【試聴動画】Aqours ラブライブ!サンシャイン!! 「青空Jumping Heart」「ハミングフレンド」 - YouTube

 


 ちょっとこのあたりで少しだけクールダウン。トロピカルハウスっぽさ*4もちょっとだけ感じられるこの曲はいかがでしょう。
 『Step! ZERO to ONE』に比べると、この曲はAqours9人それぞれの歌声がしっかり聴ける印象です。友達との関係に感じる喜びを、軽やかに歌う歌詞にふさわしく、キャラクターたちが普段しゃべる声に近いような、会話の延長のような雰囲気。
 で、ぼくはこの曲の間奏のカットアップがむちゃくちゃ好きです。この、人の声をむちゃくちゃ細かく刻んで繋げて一連のメロディにする技法、女性声優さんの声のかわいさの上澄みを煮染めている感じで最高だと思うんですよね。もともとかわいい声なのに、特にかわいいとこをすくいとって角をとってミキサーでまろやかにして喉に注ぎ込まれている感覚。甘酒みたいな。もし自分がランティスの偉い人とかになれたら全女性声優さんにカットアップのある楽曲を歌わせるという施策を行うつもりです。いやまあリミックスで勝手にやればいいんですけどそれじゃあ女性声優さんにお金が入らないし…。


5.『未熟DREAMER

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4:33頃から。下記リンクだとすぐに始まります。

【試聴動画】ラブライブ!サンシャイン!! Aqours First LoveLive! ~Step! ZERO to ONE~ Blu-ray/DVD - YouTube


 名曲!
 この曲はAqoursの3年生の3人を中心にした楽曲で、ソロパートでは3年生→その他学年、3年生→その他…という構成が繰り返されます。その3年生の感情のこもったウェットめなボーカルがとてもいいし、それを受ける他の学年もいい。歌の構成を聴いているとダンスの構成も思い出されるし、するとステージの演出、そしてこの曲が流れるに至るアニメの物語の構成も…と次々美しいものが呼び起こされます。
 特にいいのは小宮有紗が歌う1番の「言葉だけじゃ足りない そう言葉すら足りない ゆえにすれちがって 離れて」の部分。決して特筆して歌がうまい声優だと評されるような人ではないと思うんですけど、むしろそのマイナス要因である声の堅さ、少しだけ揺れている感じ、が曲のテーマにばっちり合っていて最高です。それを受け止める、降幡愛・高槻かなこの「しまったことが 悲しかったの ずっと気になってた」の美しさもまたすばらしい。名曲!


6.『待ってて愛のうた』


【試聴動画】ラブライブ!サンシャイン!! Aqours 2ndシングル C/W「待ってて愛のうた」「届かない星だとしても」


 日本の女性アイドルといえばそれはもちろんファンに向けて疑似恋愛の対象として差し出されてしまっているわけで、それはAqoursとて逃れきれてはいません。一昔前よりは二次元美少女コンテンツにおいて作品内の女性同士の百合的関係を楽しむ風潮が強まったとはいえ、やっぱりファンの多くはAqoursに恋している*5
 この曲も一見、疑似恋愛を抱くファンに向けて差し出される愛の表明に思えるわけですが、それだけではないのです。

待っててくれるかい
もっと素敵になりたいよ
恋はまだまだ 謎に満ちた遠くのパッション

待っててくれるかい
だからまだまだ知りたいな いろんなこと知りたい
憧れを見つめて追いかけよう

  Aqoursはまだ愛の歌を歌えない、という。
 それは女性アイドルに負わされる極端なピュアさの表現に思えるのですけど、「憧れを見つめて追いかけよう」というところに注目してほしい。憧れ=疑似恋愛の対象(ファン)、あるいは大人の恋愛そのもの、と読み解くのが普通でしょうが、Aqoursが追いかける「憧れ」といえばまた別のものが強く思い出されるわけです。
 それは、Aqoursが物語内でも現実においても目標とするアイドルグループ、μ'sです。
 μ'sはシリーズ第一弾の『ラブライブ!』の主人公グループとして世に生を受け、絶大な人気を集めました。『ラブライブ!』といえば彼女たちを思い浮かべる人が多かろうと思います。
 物語内のAqoursはμ'sに憧れたことをきっかけに活動を始めますし、現実のAqoursは『ラブライブ!』の大成功を受けて、シリーズの新しい展開として作られました。
 μ'sの名実ともに代表曲と言えるのが『Snow halation』というラブソング*6です。Aqoursが「憧れ」という言葉とともにラブソングについて歌うとき、そこにはどうしても、個人としての恋愛ではなく、μ'sへの憧れ、スクールアイドルとしてのAqoursの気持ちのほうが描かれているように私は思ってしまう。
 『待ってて愛のうた』のなかで、恋愛の対象となる何者かが歌われることは全くありません。「まだ見ぬあなた」みたいなことも一切言われない。とすると、これは一見ラブソングを装いつつ、ラブソングであることを回避してしまった稀有な曲なのではないか。
 この曲はAqoursのセカンドシングル『恋になりたいAQUARIUM』に収録されています。表題曲は、よりラブソング度の高いラブソングですけど、『待ってて愛のうた』と組み合わせて聴くと、一見疑似恋愛に奉仕するようで、待ってます・尽くします、みたいなかたちで疑似恋愛を愚かしく増強するものにはなっていないことがわかってくる。「待ってて」という命令が含まれる通り、むしろ主体的に恋愛をするかしないかを選択する人間像すら見えてくる気がする。
 Aqoursをそういうふうに捉えたい私がそういう見方を増強してしまっている感もありますけど、そういう、ラブソングと非ラブソングの境界を、終盤へ美しく盛り上げていく曲の構成や、甘くなりすぎないボーカルなどの力をもって見事に走りきっている名曲であることは確かだと思うんですよね。どうでしょう。


7.『サンシャインぴっかぴか音頭』


Aqours「サンシャインぴっかぴか音頭」振り付け動画


 音頭!
 子供のころの盆踊り大会の様子を思い返してみると、オバQなりドラえもんなりの音頭が響いていたような気がします。だからアニソンと音頭との距離は近いはずなんですけど、いや、それとこれとは違うよな…。
 しかし『ラブライブ!サンシャイン!!』とAqoursがこうしたジャパニーズトラディショナルな持ち歌を持っていることは至極当然のことなのです。なにせ沼津という現実の土地をバックボーンにした作品でありグループなので。


ぴっかぴか音頭、練習中!

 こんな感じで地元の皆さんにも親しまれているようです。
 音楽的にもAqoursがこの路線に手を出す理由はありまして、それはメンバーの一人、鈴木愛奈が民謡の歌い手として凄腕であるということ。子供のころから民謡を歌っていて、全国規模の大会で複数回優勝している経歴の持ち主です。

 これは民謡を歌っていたからかどうかわかりませんけども、鈴木愛奈の声・歌い方って、こういう、トラディショナルな音楽に共通してある(ような気がする)寂寥感や温もりが感じられるように思います。ブルースとかカントリーにも合うと思うんだよなあ。
 Aqoursは9人もいるので歌唱や演技のタイプもさまざま。その違いを味わって、自分の好きな声・歌から推しを探していくのもおすすめです。


8.『夢で夜空を照らしたい

youtu.be

2:58ごろから。下記リンクだとすぐに始まります。

【試聴動画】ラブライブ!サンシャイン!! Aqours First LoveLive! ~Step! ZERO to ONE~ Blu-ray/DVD - YouTube


 『サンシャインぴっかぴか音頭』と並んで、沼津との結びつきを色濃く反映する一曲です。

消えない 消えない 消えないのは 今まで自分を育てた景色
消さない 消さない 消さないよに ここからはじめよう 次は飛び出そう

 この曲はアニメ1期において、Aqoursが地元・沼津の魅力を探すというエピソードで歌われます。これは、人口減少により地方自治体が消えていく現代日本の状況を色濃く反映したエピソードです。そこにこういう歌詞を持ってくるストレートさ。東京以外の場所に生まれた人、住んでいる人なら少なからずの共感と郷愁を煽られるのではないでしょうか。
 とはいえ地元と共倒れするのではなく、「次は飛び出そう」と歌うのもバランスが取れていていいなあと思います。
 アニメ1期でのこの曲の扱いを見ると、『ラブライブ!サンシャイン!!』という作品は、この曲で歌われるような素朴な郷土への愛の可能性を高らかに称賛しつつも、その限界をもはっきり打ち出しています*7
 Aqoursの物語も楽曲も、一度聴いただけでは「キラキラしてんな~」で済むのですが、よくよく聴いたり観たりしていると、描かれないビターさがわかってきます。世界認識の前提として、明言はされないが確かに作品に織り込まれている苦さがある。そのへんの一端を味わう入り口にもなる一曲です。


9.『想いよひとつになれ


Aqours ラブライブ!サンシャイン!! 第11話挿入歌「想いよひとつになれ」CM (60秒ver.)


 前作『ラブライブ!』のときから、ラブライブの物語なり歌なり文化なりは、どうにも集団主義というか全体主義を肯定しているようで嫌だよね、という受け止められ方をされがちでした。まあ確かに9人っていう大人数で一つの目標を目指すっていうんですから、孤独が好きな人からすればちょっと苦手な雰囲気を感じちゃうのはわかる。自分もそうでした。
 で、『想いよひとつになれ』です。もう集団主義の肯定でしかないのでは、というタイトル。
 でもこの曲は最初のサビで、

何かをつかむことで 何かをあきらめない

と、9人全体のために誰かが犠牲になるようなことを否定します。
 誰も何も犠牲にすることなく、ひとつになることは可能なのか。この曲を使ったエピソードが放映当時議論を呼んだ*8ことからも、これはたいへん難しい課題ではありますが、この『想いよひとつになれ』という楽曲、個々のボーカルと楽器、コーラスが粒立っていて、それが互いを追いかけるように絡んで進行していくのが本当に見事なんですね。だから少なくともこの曲は、『ラブライブ!』『ラブライブ!サンシャイン!!』が抱えるそういう課題を突破できていると思う。個々が最高のパフォーマンスをすることが、全体の最高さにつながるということを確かに表してしまっているのですから。
 のちに、Aqoursのライブにおいてこの曲がたどる激動の経緯についても言及したいのですがしません。他人の口から聞いていい話ではないので、ぜひAqoursのライブブルーレイでたどっていってほしいです。


10.『MIRACLE WAVE』


Aqours『ラブライブ!サンシャイン!! 』TVアニメ2期 第6話 挿入歌「MIRACLE WAVE」60秒CM


 一秒目から最後まで、勢いある音の詰まった過剰な曲。ギター、キーボード、ドラムがうるさく敷き詰められて、こういう過密な音が好きな人間としてはむちゃくちゃテンションが上がります。

できるかな?できる!
それしかないんだと きめて 熱い熱いジャンプで

 もはや煽りといっていい歌詞。
 『想いよひとつになれ』の集団主義的なところ、そしてこちらの精神論スポ根的なところ、と、普通のオタク*9だったらとっても苦手とする要素が続いています。
 自分を含めた少なくない数のオタクが、『ラブライブ!サンシャイン!!』のこういうところに心を奪われてしまっていることは、実はそういう集団主義なり体育会系精神論なりに取り込まれることをちょっぴりでも欲していたことの表れなんだろうなあ、と思います。
 『MIRACLE WAVE』を聴くとき、最高!とむちゃくちゃ上がりつつ、でもそういうことへの危惧みたいなものも感じなくはないです。おれ、こんなにテンション上がってていいのかな、みたいな苦笑いをしちゃう。
 でも『MIRACLE WAVE』はぽっと出の曲ではないんです。アニメの終盤で歌われる歌で、そこに至るエピソードもスポ根ではあるんだけど、そこまでずっと一緒に走ってきたAqoursの9人の信頼があってこそのスポ根なのです。
 自分だってそこまでずっとAqoursの物語にくっついて走ってきたわけで、「Aqoursと一緒なら大丈夫だ」みたいな信頼感もあるわけです。その上での熱狂。インスタントにすべてを放り出して荒れる狂乱じゃなくて、ともに火を燃やしてきたからこその熱狂。それは自負できる。
 じゃあ、この曲がライブ中に作り出す4分12秒の熱狂を、何も考えずに一緒に味わってもいいんじゃないかな、とも思うのです。


11.『勇気はどこに?君の胸に!


【試聴動画】TVアニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』2期ED主題歌 「勇気はどこに?君の胸に!」C/W「“MY LIST” to you!」


 ラブライブ!というシリーズは、「みんなで叶える物語」というテーマを掲げています。選挙や投稿によってファンがアイドルの活動に影響を与える、というコンセプトを表していたと思われるのですけど、9年間の長きに渡って続いてきたなかで、このテーマの意味は意味を変えてきたようにわたしには思えます。ファン自身もなにかを「叶える」のだ、ファンもファン自身の「物語」を生きるのだ、というふうに。
 『勇気はどこに?君の胸に!』は、夢を追うことの難しさやときにくじけて失敗してしまう現実を歌いますが、そうした困難を振り切って、それでも「勇気」をもって夢を追え、と聴くものに迫ってきます。
 『勇気はどこに?君の胸に!』というタイトルは、聴き手次第で真実にも嘘にもなる。Aqoursの歌を聴いたあなたが自身のなかの「勇気」を見つけられればAqoursの歌は真実になれる。Aqoursが正しいかどうかは、ファンが決めるという構図になっているのです。
 進行すればするほど高まっていく曲の圧力は、励ましや応援の度合いを越えて、やや脅迫めいてすらいますが、それでも、やはり畑亜貴Aqoursの出発点はわたしたちと同じだ、とわたしは思います。何しろ彼女たちはこう歌い始めるのですから。

勇気を出してみて 本当は怖いよ

僕だって最初から できたわけじゃないよ


12.『僕らの走ってきた道は...』


ラブライブ!サンシャイン!!The School Idol Movie Over the Rainbow 挿入歌シングル第1弾試聴動画 「僕らの走ってきた道は・・・/Next SPARKLING!!」


 映画『ラブライブ!サンシャイン!! The School Idol Movie Over the Rainbow』の冒頭で歌われる楽曲です。映画のこの部分は、必ずしも成功しているとは言い難い部分もあれど、シリーズ中、五指に入るであろう素晴らしいミュージカルシーンとなっています。
 ピアノのソロから徐々に楽器の増えていく、ゆるやかに歩き出すようなイントロ、「そうです」という印象的な歌い出しから、テレビアニメでの物語を思い出させ、かつ、映画の終幕までを予期させていく、「語り」としてのこの曲がわたしはとても好きです。映画の冒頭ながら、この曲を歌うAqoursたちはすでに自分たちの行く末を理解しているように聴こえる。現実にはそのようなことはありえないのですが、音楽は、映画は、そうした魅力的なタイムスリップを軽々とおこなってしまう。そうした光景に私は魅了されます。


 映画『ラブライブ!サンシャイン!! The School Idol Movie Over the Rainbow』で、リーダーである千歌を始めとしたAqoursの面々は、とても不安で自信のなさそうな姿を何度も露わにします。テレビシリーズの物語で、スクールアイドルとして全国的な名声を得ることになりながらも、それでも彼女たちはうつむく。『僕らの走ってきた道は...』の自分たちを鼓舞するような歌唱は、そうした彼女たちの懸命の姿を思い出させます。

ゼロじゃない 大丈夫
元気だそう 笑おうよ
やってみよう まだまだねがんばる
さらに走ろう それしかないと 思ってるから走るよ

 映画は、Aqoursが一つの時期の終わりを受け止め、また新たな日々を迎える姿を描きます。Aqoursの毎日は終わりません。祝祭的なムードで始まりながらも、この映画に、カタルシスはないと言ってもいい。おそらくAqoursの9人の前には、また新しい苦闘の日々が待っている。
 そのような明確なカタルシスは来ない、という価値観にもとづいて作られた映画を観た観客は、上映前と上映後の間で何も変わらない世界に打ちのめされます。銀幕のなかのAqoursですら、物語の起点と終点とでまったく変わらない世界で生き続けるのです。銀幕のこちら側が変わらないのも当然です。
 『ラブライブ!サンシャイン!!』という物語は、沼津という日本の現実の一部と明確につながっています。そうである以上、むしろ映画のなかでカタルシスを描くことはできない。そのような救いは現実の沼津には起きないのだから。
 そうした制限を唯一越えうる武器として、Aqoursの歌/畑亜貴の言葉はある。映画の方針として、そして現実との関係のため、物語としては提示できないものを畑亜貴の言葉は提示する。
 『ラブライブ!サンシャイン!! The School Idol Movie Over the Rainbow』はミュージカル映画ですが、そのミュージカルシーンは物語を動かしません。人物同士の関係性が変化したり、隠された心象が明らかにされたり、といった機能は薄い。因果関係とは外れたところに歌があり、Aqoursへ、スクリーンのこちら側へ、何かを伝える。


 もしこの曲が気に入ったのなら、映画も観てほしいです。ほとんど上映は終わってしまって、ブルーレイの発売が待たれるようなタイミングなのが惜しいですが。日常のなか、仕事や学校の帰り道に映画館に立ち寄って、また翌日も日常が続く、そんなふうに出会うのによい映画だと思うので。


冒頭映像7分公開!「ラブライブ!サンシャイン!!The School Idol Movie Over the Rainbow」


 以上、おすすめのAqoursの12曲を語ってきました。
 Aqoursは、3つのユニットに分かれていたり、ソロや数人ずつの曲もあったりで、他にもおすすめしたい曲はたくさんあります。まあそのへんはまたそのうち。

 記事を書くのに時間がかかってしまって、もう、5thライブまで一週間を切っています。「一ヶ月でわかる」という看板に偽りありですね。こんな時期におすすめされても、という感じでしょうけど、Aqoursを知らなかったあなたが一曲でも聴いてくれたら本当に嬉しいし、ライブビューイングに行ってくれたら一杯おごりたいくらい喜ぶと思います。5th二日目は新宿のライブビューイングを観てますので、呼んでくれれば奢ります。いやまあけっこう本気で。私はさんざん語り尽くしたので、今度は誰かの感想を聞きたいのです。そういう、誰かのAqoursへの言葉が新しくうまれていくのが、私の見たい光景なのです。

 

本記事の前後はこちらから。

tegi.hatenablog.com

tegi.hatenablog.com

ライブビューイングの情報はこちらでどうぞ!

www.lovelive-anime.jp

*1:ただしこの方法は、アイドルソングからアイドルらしさを奪うことにも繋がります……とも言えるのでしょうが、では、アイドルらしさとはなにか。アイドルらしくなくなる、とはどういうことなのか? これはこれで大きな問題ですが、ここでは、少なくとも「アイドルソングの枠を超えた名曲」なんて大雑把で、何かを貶めることで何かを褒めるような言い方は嫌いだ、と言うに留めておきます。

*2:畑亜貴Aqours以外にも膨大な量の仕事をなしていますから、同様の「強さ」を他の楽曲にみることも可能でしょう。ただしここまで連続して楽曲提供を受けている存在はAqours以外にはAqoursの先輩たるμ's以外にはなく、そしてAqoursはμ'sという超えがたい先輩を追いかける人々だからこそ畑亜貴の「強さ」が一層強く機能している、と私は思います。

*3:実際、アニメの物語において、この歌を歌っているときのSaint Snowは取り返しのつかない大きな挫折を味わい、傷を負っています。

*4:トロピカルハウス大好きっ子なので、Aqoursにはもっとたくさんトロピカルハウスな曲をやってほしいです。夏の海がむちゃくちゃ似合うグループだし。

*5:それを責めたいわけじゃなく――いや、全然責めてないわけでもないけども――産業としてそうなっているし、うまく運用すればそれはアイドルにとってもファンにとってもそう悪いもんでもない、と思います。そうした産業のスタイルを許す限り、女性アイドルが背負わざるを得ないリスクは、アイドル文化だけじゃなく社会全体の問題ですしね(ストーカーやセクハラを生むのはアイドル文化ではなくばかな加害者たちです/アイドル文化はそれを助長させてはいるけども)。

*6:Snow halation』はラブソングではない問題というのもあるんですけども、まああれは誰がなんと言おうと愛の歌ですよ、と筆者は思っております。

*7:アニメ1期、この曲で得た人気をもってAqoursがあるところに行き、そして体験することに注目。

*8:っていうかわたしがたいへんもやもやしてしまった

*9:といっても今のオタクは違うのかなー。少なくとも自分と同世代の30代~40代のオタクってこういうの苦手な人が多いと思う