こづかい三万円の日々

40代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

Aqoursとコロナのクロニクル 2020年1-6月編

 タイトルの通り、2020年1月に始まった新型コロナウイルスパンデミックと、Aqoursを中心にした『ラブライブ!』シリーズのことを、時系列順に書いていく試みです。

 半年ずつの記事にまとめて、当分のあいだは書き続けていこうと思っています。

 

 明日・明後日、AZALEAのセカンドライブが開催されます。

 新型コロナウイルスが感染を拡大し始めてからこの2年弱の間、Aqoursは、『ラブライブ!』は、どれほど大変な道を歩んできたのか。このタイミングで、改めて整理し、記録し、そんな彼女たち(と彼女たちを支えたたくさんの人々)を讃えたいと思います。恥ずかしながら、全体の推敲や参考資料の記載など、かなり粗のあるままの状態なのですが、なんとしても今日のうちに読める状態にしたかったので、取り急ぎ公開します。

 とはいえ、この辛い二年間のことを思い出すという行為は、人によっては、かなりの辛さを伴うことだと思います。どうか、そういう方は無理せず、記事を読まないでいてください。暖かいお茶でも飲んで、ゆっくり休んで、また明日からの毎日をのんびり生きていきましょう。

 

 記事中では、新型コロナウイルスに対する日本を含む各国政府の対応についての記述や評価が含まれます。新型コロナウイルスがもたらした危機は、100%の天災でも、100%の人災でもありません。政府の対策などを詳しく書きすぎているきらいもありますが、そうしたことが大きくAqoursの活動を左右してきたのがこの二年間ですので、そうした記述を避けることはしませんでした。

 

 主要な参考資料は、記事中に記載しました。できればそのうち、資料リストを公開したいと思います。

 新型コロナウイルスに関することに関しては、多くの資料にあたってはいますが、間違いが含まれる可能性があります。特に医学的な判断に関することなどは、私の間違いもあるかもしれませんし、今後の学術的研究によって日々更新されていくと思われます。読者ご自身でも、参照先その他の情報にあたっていただければと思います。

 

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ラブライブ!フェス

 2020年1月18日・19日、さいたまスーパーアリーナで『ラブライブ!』3シリーズが集まる歴史的イベント「ラブライブ!フェス」が開催されました。登壇したキャストは29人、現地会場と国内外のライブビューイングを加算した合計参加者数は2日間で15万人とされています*1。『ラブライブ!』というコンテンツの歴史上、屈指の大きな出来事だったと言ってよいでしょう。

 すでにその時、新型コロナウイルスは日本を含む世界各地へ伝わりつつありました。中国武漢市が公式に感染を発表したのは2019年12月31日のことでした。武漢当局はこの日、27名が原因不明のウイルス性肺炎に感染した、というクラスタ発生の報告をWHOへ行っています。このことは、同じ日のうちに日本のメディアでも伝えられました。

 年が明けて2020年1月11日、武漢市で初めて感染者が亡くなったことが報道されます*2。1月15日には、日本で最初の感染者が報告されました。ラブライブ!フェスはそんな時期での開催でした。

 国内の感染者が判明したとはいえ、まだその時点で新型コロナウイルスはわたしたち日本人にとって身近な問題だという認識は薄く、対岸の火事を恐怖をもって見ている、という感覚の人が多かったのではないかと思います。だからこそ「ラブライブ!フェス」は何事もなく開催されました。

 

 Aqoursをはじめとする『ラブライブ!』の各校の全員が揃って観客のまえで自由にライブを実施できたのは、ラブライブ!フェスが最後の機会でした。そのようなことは誰も予測できなかったはずです。フェス2日目の公演終了後、会場では「新プロジェクト」の開始が告知されました。1月28日にはこの新プロジェクトが新たなシリーズを意味しており、アニメ化と一般人を対象としたオーディションを行うことが発表されました*3。のちの『ラブライブ!スーパースター!!』であり、Liella!のことです*4

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 1月23日、武漢市が都市封鎖され、30日にWHOが緊急事態を宣言します。

 武漢でのクラスタ発生報告からWHOの緊急事態宣言まではたったの一ヶ月しかありません。ウイルスのゲノム解析PCR検査法の確立などの科学的な解析が進む一方で、1月20日には中国の専門家チームが人同士の感染を確実視することを発表し、ウイルスの危険性が徐々に明らかになっていました。

 1月末、閉鎖された武漢に建設される新型コロナウイルス専用病院の工事現場のタイムラプス映像がネット上で話題となり、中国政府の危機感を見るものに強く印象づけました。日本においては、1月27日に中国政府が国外への団体旅行を禁止し、1月末には奈良での感染者が判明したことで、観光業への影響が本格化しつつありました。中国の製造・物流も滞りはじめ、中国に工場をもつ日本企業の製品に、深刻な入荷の遅れが生じてきたのもこの頃です。

 日本とそこに住む人にとって、この時点での新型コロナウイルスの影響は、中国での感染拡大が間接的に与えてくるものであり、まだ、多くの人間の生命が左右される事態にはなっていませんでした。武漢に住んでいた日本人についても、綿密な外交交渉や現地日本企業の協力などによって2月中旬までに828人がチャーター便で帰国することに成功しています。帰国したのちの受け入れ体制については多くの課題があったものの*5、全員を二週間隔離ののちPCR検査を受けさせたことで、直接的な人的被害を生じさせることはなかったですし、日本国内で武漢から持ち込まれたウイルスが爆発的に広がることもありませんでした。この時点では新型コロナウイルスが無症状者によっても感染を拡大しうるという科学的な事実は明らかにされておらず、日本政府は厳しい検疫体制を敷いたことで国内への感染拡大を遅らせることに成功していたのでした。

 

■Guilty Kiss・CYaRon! ファーストソロライブ

 2月3日、豪華客船ダイヤモンド・プリンセス号が横浜に入港します。1月25日まで同船に乗船し香港で下船した乗客が、新型コロナウイルスに感染していたことが判明したのです。横浜入港時に船内にいた2666人の乗客・1045人のクルーのなかから、翌日には10名のPCR検査陽性が判明します。この後約一ヶ月のあいだ、乗客たちはダイヤモンド・プリンセス号の船内にとどまることを余儀なくされます。

 乗客全員が船を離れられたのは3月1日で、それまでに713人の感染者、14人の死亡者が発生しました。この事態への対応のなかで、現在まで続く日本政府の新型コロナウイルス対策の弱点が明らかになったといえるでしょう。まだ新型コロナウイルスに関する医学的知識の積み重ねが薄い段階ながら、政府は複数の省庁を横断した体制でことにあたり、最善を尽くしました。13人の死者が出てしまった一方で、横浜入港後の船内の感染拡大は防げており、下船後の二次感染もありませんでした。それでも、乗客自身や、船内に乗り込んだ感染専門医からの感染予防体制への批判が生じてしまったのは、検査体制や情報の共有が徹底されず、いたずらに乗客の不安を放置してしまうような状況が放置されてしまったからだとわたしは思います。

 

 ダイヤモンド・プリンセス号が入港した週の週末、GuiltyKissのファーストソロライブが東京都・武蔵野の森総合スポーツプラザで開催されました。ラブライブ!フェスから三週間後にあたる2月8日・9日です。1月の、シリーズ全体の画期となるラブライブ!フェスののち、Aqoursは自分たちのリアルイベントを連続して行うフェイズを迎えていました。

 2019年10月のバンナムフェスで『ラブライブ!』ファン外からも大きな反響を得るなど、もともとユニットとしての評価が高かったGuiltyKissのユニットとしての初ライブは大成功をおさめます。わたしを含め、ライブ/ライブビューイングへの参加ができなかったファンは悔しい思いをしたのではないかと思います。今でこそ、評判のよかったライブは後追いで配信を観ることが実に簡単にできていますが、当時は映画館での生ライブビューイング以外に会場外で観覧する手段はありませんでした。

 

 2月13日、日本で初の新型コロナウイルスによると思われる死者が確認されます。15日には一日あたりの新規感染者が10人を超え、22日には日本国内の累計感染者数が100人を超えました。この時期に急速に拡大した感染は、中国・武漢でもなく、ダイヤモンド・プリンセス号からでもなく、ヨーロッパから持ち込まれたウイルスが主因だったことがのちのウイルスのゲノム解析によって明らかにされています。

 2月19日に行われた政府対策本部の専門家会議では、「拡大感染期に入っている」という状況認識が共有され、クラスタ発生を防ぐために大人数の集まる大学・学校や大規模イベントに関する検討を行うべきだ、という提案がなされました。翌20日厚生労働省は大規模イベントについて「開催の必要性を改めて検討していただくようお願いする」とするメッセージを発信します*6。これは「一律の自粛要請ではない」とされてはいますが、イベントを主催する人々にとって、軽々に無視できるものでもありませんでした。とはいえイベント開催の可否の具体的な基準が示されているわけでもなく、イベント開催を巡る自粛対応と混乱は、この時点からすでに始まっていました。

 このとき、専門家会議に参加していた武藤香織東京大学教授(専門は医療社会学)は、イベント自粛などに関して不明瞭な政府発信を鑑み、専門家会議としてより明解なメッセージを発信することを提案したといいます。武藤教授は学生時代にミュージシャンを目指していた経歴もあり、この後のイベント自粛や「夜の街」批判の流れに対しても、関連業界へのダメージを抑えるための情報発信のために奔走しています*7。感染拡大を防ぐためにはイベント自粛自体は逃れようのないことだったでしょうが、この段階から、音楽業界を思って動いていた人が政府の中枢にもいたことは、覚えておきたいと思います。

 

 2月22日・23日、CYaRon!のファーストソロライブが福岡県・西日本総合展示場で開催されました。CYaRon!のライブ開催はぎりぎりのタイミングだったと言えます。これがAqoursと『ラブライブ!』にとって、コロナ危機以前の最後のライブになりました。

 

■AZALEAファーストライブ

 2月26日、ラブライブ!公式は3月7日・8日に予定していたAZALEAのライブを中止することを発表します。「2月25日の政府からの発表内容を重く受け止め、公演でのウイルス感染拡大の可能性を考慮し」たためとされています。

 

【重要】「LOVELIVE! SUNSHINE!! UNIT LIVE ADVENTURE 2020 AZALEA First LOVELIVE! ~Amazing Travel DNA~」3月7日(土)・8日(日)仙台公演、及び同公演ライブビューイング中止のお知らせ

https://www.lovelive-anime.jp/uranohoshi/news.php?id=6345

www.lovelive-anime.jp

 

2020年2月25日 「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」

https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000599698.pdf

 

 2月25日に政府が発表した基本方針は上記の通りです。これまで「国内へウイルスを入れない」ことを目的とした水際対策とクラスタ対策を行ってきたが、感染経路不明の感染者が増え、大規模な感染拡大の発生を危惧しており、「国内でウイルスを広めない」という方向へ対策の方針が切り替わったことが見て取れます。また、以下の部分では、感染経路がはっきりしない感染者を爆発的に増やしうる機会として、不特定多数が集まるライブ・イベントごとへの危機感がはっきり示されています。

 

「イベント等の開催について、現時点で全国一律の自粛要請を行うものではないが、専門家会議からの見解も踏まえ、地域や企業に対して、イベント等を主催する際には、感染拡大防止の観点から、感染の広がり、会場の状況等を踏まえ、開催の必要性を改めて検討するよう要請する」

 

 このように明言されている通り、「全国一律の自粛要請」ではないのですが、翌日26日の昼には感染症対策本部の会議が開催され、首相から二週間の「大規模イベントの中止、延期又は規模縮小等の対応を要請」するとの呼びかけがありました。

 こうした政府の動きを受けてもイベントを実施したとき、どうしてもそこには「国・社会が求めることに反している」という印象が生じてしまうでしょう。損失の補償や、効果、期限を示さないままに発せられる「自粛の呼びかけ」は、選択の余地があるようでなく、穏やかなようで強権的なものでした。それは確かに感染拡大を抑える効果を発揮したでしょうが、イベントの中止を選び取らなくてはいけなかった人たちに、様々な辛さを負わせるものだったと思います。

 

 

 ラブライブ!公式Twitterがライブの中止を発表したのは26日18時ごろのことです。25日の基本方針により中止の方向で調整しつつ、26日の首相の意見が駄目押しとなった…という流れを想像します。

 もちろん、活動の中止を余儀なくされたのは、AZALEAだけではありません。この時期を境に、多くのコンサート、ライブや演劇などのイベントの中止や予定変更が次々に発表されていきます。宝塚歌劇団は、2月29日から東京・神戸各地で予定されていた公演を当面の間中止することとしました。同じ日に東京ディズニーリゾートも3月15日までの臨時休園を発表しています。翌3月1日の東京マラソンも一般の部は中止、招待部門のみの限定開催となっています。

 2月29日には、大阪のライブハウスで2月15日・16日に開催されたイベントの参加者のなかから、複数の感染者が判明したことが報じられました。ライブ・コンサートの現場における感染リスクの高さが、具体的なかたちをもってわたしたちの眼前に示された出来事でした。

 

 2月26日、AZALEAのライブ中止と同時に、3月1日にメルパルクホール東京で開催予定だった過去のライブの上映イベント「Aqours Back In First LoveLive! ~Step! ZERO to ONE~・5周年発表会」の中止も発表されています。

 この「発表会」で情報解禁が予定とされていた事柄は、4月4日、映像配信サイトで行われたAqoursの過去ライブ配信イベント後に発表されます。そのなかの大きな目玉となっていたのは、Aqoursのドームツアー開催発表の報でした。2018年に埼玉・大阪・福岡の全国公演(3rdライブ)と東京ドーム公演(4thライブ)、2019年に埼玉メットライフドーム公演(5thライブ)を立て続けに成功させていたAqoursにとって、全国でのドームツアー実施はファンもAqours自身も当然期待する次なるステップだったと思います。前述の通り、1月のラブライブ!フェスが終わり、自分たち自身がメインとなるライブイベントを連続して行うフェイズの後半戦であり集大成として、ドームツアーは設定されていたのではないでしょうか。

 しかし残念ながら、希望にあふれたその予定もまた、覆されていきます。

 

 2月27日、安倍首相により全国の小・中・高校・特別支援学校に、3月2日から春休みまでの休校要請がなされます。この要請が、文部科学省と萩生田文科省大臣に伝えられたのは当日の昼だったといいます*8*9

 2月28日、鈴木北海道知事が緊急事態宣言を発出し、週末の外出自粛要請を行いました。

 3月4日、国内累計感染者が300名を超えます。3月5日、中国・習近平国家主席の来日延期が発表され、同日、中国全土からの入国拒否発表がなされました。3月7日、全世界の累計感染者が数10万人を超えました。

 3月6日、新宿ピカデリーで3月14日に開催予定だった『ラブライブ!サンシャイン!!』2期オールナイト一挙上映会の開催中止が告知されます。

 3月11日、WHOが「パンデミック」、すなわち国・大陸をまたがっての感染拡大を宣言します。新型コロナウイルスによる危機は、ついに全世界的な規模にまで至ってしまいました。

 

■混乱の春

 3月、日本国内の動向は混乱しています。

 3月上旬にいったん感染数が減少し、政府も社会も事態をとらえあぐねていました。例えば、宝塚歌劇団は3月9日から公演を再開しますが、11日には再び中止を発表、そして22日に再開しています。3月19日の専門家会議では、理論疫学者の西浦博が大規模流行時の感染者・重篤者予測が人工呼吸器の上限を越える予測を示すなど、科学的な根拠をもつ危惧が示されていましたが、「自粛疲れ」から、政府も社会もそうした科学者からの警鐘を受け止めることができないでいました。3月20日から22日にかけての連休では、全国で多数の人出が見られました。

 結果、3月下旬に感染者数は増加していきます。これによって、医療をめぐる状況も悪化の一途を辿りました。3月26日の時点で、大型ドラッグストアの3割がマスクを全く販売できない状態にありました*10。同じ日には慶應義塾大学病院で入院患者に感染者が判明し、以後、外来患者の受付が中止されます。各地の医療機関で、内外での感染拡大によってキャパシティが圧迫され、医療従事者が疲弊していきます。

 同じく26日、加藤厚労大臣が首相に蔓延の恐れが高いと報告し、新型インフルエンザ等対策特別措置法にもとづく感染症対策本部が設置されます。特別措置法に沿ったプロセスが踏まれたことで、これまでの自主的な対応を求める呼びかけではなく、法律に基づいた自粛・休業の要請が可能となりました。

 

 4月3日、中止されたAZALEA1stライブの振替公演が6月に仙台で行われることが発表されます。翌4月4日、前述の通り、Aqoursドームツアーの開催が発表されました。

 そして、安倍首相が緊急事態宣言の発出を決断したのもまたこの日でした*11。4月5日、安倍首相は記者会見を行い、4月7日から5月6日までの間、東京都、神奈川県、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡を対象に緊急事態宣言を発出することを発表します。宣言期間中、7割から8割の人流を削減することが目標とされました。4月10日、東京都の小池知事が映画館・ライブハウスなどへの休業要請を行い、のちに他府県も追随していきます。16日には緊急事態宣言の対象が全国へ広がり、鳥取・島根・徳島以外の全都道府県が休業要請を実施することとなりました。

 4月15日、5月9日・10日の開催予定だった「UNIT LIVE ADVENTURE 2020 追加公演~PERFECT WORLD~」の中止が発表されます。振替公演を調整中だが、中止となる可能性もあり、との断り付きでした。

 

■終わらない春

 5月4日、緊急事態宣言の5月末までの延長が発表されます。

 緊急事態宣言が続くなか、自粛による経済疲弊の懸念、宣言や自粛要請の解除の方針・基準が示されないことへの批判が高まっていました。これに対応するため、5月4日の宣言延長時には、感染の少ない地域では小規模イベントの開催を容認することや、休業要請の柔軟化の方針が示されています。政府方針では、宣言解除後の再拡大予防と経済の両立も言及され、業種ごとのガイドライン策定が求められました。政府や経済界は経済活動再開の道を模索し始めています。

 それでも、緊急事態宣言が続いていることには変わりがありません。5月7日、6月3日・4日に予定されていたAZALEAの振替公演中止が発表されます。5月14日、ユニットツアー追加公演の振替公演が断念されたことも発表されます。

 5月25日、二ヶ月弱に渡る緊急事態宣言は、予定より6日間早く解除されました。

 

 3月から6月までのたった4ヶ月間のなかで、AZALEAは自身のファーストライブとユニットツアーライブの本公演・振替公演の各2回、合計4回ものライブが中止されることを経験しています。

 ライブ中心のアイドルやアーティストに比べれば、この回数は決して多いものではないでしょう。しかし、『ラブライブ!』シリーズのライブは、即興性が少なく、演出やタイムスケジュールが非常に細かく定められており、長期間に渡って多数のスタッフが関わる緻密な準備が必要と思われます。この点を考えれば、4回とはいえ、中止によるキャスト・スタッフへの負担は非常に大きいものだったことが推測されます。

 これまで見てきた通り、政府からの「呼びかけ」や緊急事態宣言は、この時期のAZALEAの活動にとってとても悪いタイミングで発せられることが多かったといえます。他の2ユニットがライブを終え、次はAZALEA、というタイミングで厚生労働省からの「呼びかけ」がなされました。振替公演の調整は感染数減少の傾向があった3月中旬から下旬になされたとみられますが、3月下旬になってそれまでの緩和ムードが一転し、緊急事態宣言が既定路線であるような空気が醸成されていきました。

 最終的に、振替公演は、緊急事態宣言の延長により中止を余儀なくされたが、実際の公演時期には宣言は解除されています。大丈夫だと思って実施を調整すれば状況は悪くなり、早期に中止を判断すると今度は事態が早々に緩和されていく。こうした間の悪さに直面したAZALEAたちの不安と焦りはどれほどだったでしょうか。

 

■危機はいつ終わるのか?

 長期的な見通しの立たないなかで、重大な決断を連続して迫られる状態は、人を大きく疲弊させます。

 それでは、2020年前半の時点で、新型コロナウイルスによる危機はいつ頃終わる見通しとされていたのでしょうか。

 もちろん、「危機」をどう定義するのか、安全とリスクのバランスをどう考えるか、といった多くの論点があり、立場によって「危機の終わり」を判断する材料も大きく変わってきます。

 そのことを念頭に置きつつ、いくつかの当時の「予測」を拾ってみます。

 

 2月19日に行われた専門家会議では、現状は拡大の感染期であり、流行は4月まで続くという見通しが示されたといいます*12

 3月3日、米国立アレルギー・感染症研究所のファウチ所長は、新型コロナウイルスに有効なワクチンの開発は一年半後までかかると予測しています*13

 3月10日、安倍首相は感染症対策本部の会議を踏まえ、「専門家会議の判断が示されるまでの間、今後概ね10日間程度はこれまでの取組を継続いただくよう御協力をお願い」と発信します*14

 3月19日、専門家会議にて、大規模イベントに関してどう提言に記載するかの議論がなされています。専門家は慎重な対応を求め、政府側は適切な感染症対策をすればできる、という姿勢でした。結局、提言には「短期的収束は考えにくく長期戦を覚悟」という表現がされています。会議に参加していた大竹文雄大阪大学教授(専門は応用経済学)によれば、どの程度のあいだこうした規制が続くかという問いに対して、押谷仁・東北大学教授(専門はウイルス学、公衆衛生学)は「二、三年」と即答したといいます。

 

 「10日」と、「二、三年」。

 繰り返しになりますが、ここでの「危機の終わり」には、それぞれの立場による「危機」と「終わり」の条件の差があります。それでも、この違いはあまりに大きい。

 一年半経ったいま、危機はまだ続いています。あのとき、「10日」と、「二、三年」のあいだの大きなずれをすり合わせることができていたなら、とわたしはつい考えてしまいます。

 

 2020年春の日本にとって、「イベントの開催」というテーマは、通常とは異なる意味をもっていました。同年の夏、東京オリンピックの開催が予定されていたからです。

 世界中に新型コロナウイルスが広まった2月後半から、東京オリンピックの開催の是非について、国際オリンピック委員会IOC)ほか内外での議論が交わされています。3月4日、IOCのバッハ会長が予定通り開催する方針を表明し、3月14日には安倍首相が、17日には菅官房長官がそれぞれ記者会見で予定通りの実施を強く訴えます。

 その一方で、3月16日に行われたG7では、安倍首相は各国首脳にオリンピックの延期可能性を伝え、中止や縮小開催ではなく「延期しての完全開催」への賛意を得ています。3月24日、安倍首相、森喜朗五輪開催委員会長(当時)、小池都知事、バッハIOC会長による電話会談がもたれ、2021年夏までの延期を合意、同日安倍首相から公に発表されます。

 

 ウイルスの拡大防止と人命尊重のための対策が、五輪の実施可否の議論の犠牲になった、とまでは断言できません。ですが、その両者には確かに関係があったとは思います。少なくとも、感染症対策と並行して、政府の要人たちがオリンピックの開催のために調整を重ねる姿は、日本に生きる人たちの考え方に影響を与えたはずだとわたしは思います。

 当時もいまもそうですが、感染症の専門家でない人間にとって、コロナ危機がどれだけ持続するのかは、政府の方針や専門家会議の発言から推し量ることしかできません。実際にコロナウイルスがどう振る舞うかの知識を身につけることなく人々は、「政府が**月**日までといっているのだから、それまでには事態がよくなるのだろう」「オリンピックが無事にできるというくらいだから、すぐに状況はよくなるだろう」ととらえてしまいます。

 政府も専門家会議も、未来を見通す力を持っているわけではありません。しかしわたしたちは、予言者のように彼らを信じ、裏切られてしまいました。自分自身で知識と判断力を養うことをしなかったわたしたち一般市民の問題でもあるし、専門家たちの意見を恣意的に受け取り、楽観的な予測に賭けることを繰り返し、科学にもとづいた判断と発信を放棄した政府の問題でもあります。

 

■行動制限はどれだけ厳しかったのか

 かくして、緊急事態宣言により、様々な制限のかかった生活を送る日々が始まりました。

 2020年4月から5月にかけて、読者のあなたはどのような毎日を過ごしていたでしょうか。

 『ラブライブ!』運営は緊急事態宣言の前後、中止されたライブイベントを取り返すように、多くの無料配信を行っています。ライブ開催予定だった週末には過去のライブ映像が数多く配信され、加えて3月9日から4月10日にかけては、『ラブライブ!』『ラブライブ!サンシャイン!!』のアニメ本編が無料配信されました。

 こうしたインターネットを使った盛り上げに救われたという人も多かったと思います。

 一方で、緊急事態宣言ののちも、仕事や家庭の事情などから、今まで通りの生活を送らざるを得なかった人たちも数多く存在しました。わたしもそうでした。外出は命の危険を招くと言われているはずなのに、今までと同じように外出しなければならなかったジレンマはなかなか厳しいものでした。制限されているのだかされていないのだかわけがわからなくなり、結局自分なんてどうでもいい存在なのだろうなあ、と思いながら仕事をしていた記憶があります*15

 渦中にいると冷静な評価はできないもので、この時期のわたしたちの生活は、案外制限されていなかった、というのも事実のようです。

 

 医学者の黒木登志夫によれば、「われわれは、緊急事態宣言によって、ずいぶん不便な生活を強いられ、我慢したと思っているが、世界と比べると、はるかにゆるく、厳しさに欠けていた」といいます*16。黒木が引く、英オックスフォード大学大学が取りまとめているOur world in data*17でのデータによると、緊急事態宣言の延長決定がなされた5月4日時点での日本の政策(封じ込め政策・経済政策・健康政策)の厳格さは、調査対象の214カ国中、下から5番目のスコアだったとのことです。

 2020年夏に、政府関係者に幅広い調査を行い政策の分析を行った新型コロナ対応民間臨時調査会も、次のように評価しています。

 

「特措法の下で緊急事態宣言を発出したとしても、その法的効力は限定的であり、当時、中国や欧州等で実施されていたような強制力、すなわち外出禁止や営業停止の命令等に違反した場合の罰則を伴うかたちでの都市封鎖はできない仕組みになっていた。そのため、政府は、緊急事態宣言の発出以前から、外出やイベント開催の自粛要請を行い、そういった要請に対する任意の協力に期待するというかたちで国民の行動変容を促す政策を採った」

「(制限は)ハードロックダウンの国々より小さく、ソフトロックダウンの国々の中では大きい」

*18

 

 黒木は、この時期に日本で生じた変化として、個々人の行動(手洗いやソーシャル・ディスタンスの励行、人同士の接触の減少)を挙げています。それらに関する調査においては、日本の人々の行動が大きく変わっていることも明らかになっています。行動制限という目に見える大きな対応策が緩かった一方で、ひとりひとりの生活スタイルは大きく変わっていた、ということもまた事実のようです。

 加えて言えば、社会全体が停止することはなかったとしても、イベントは完全に停止されていました。社会全体としてはゆるい制限に留まっていても、イベントに関わる人たちにとっては、制限の強かった諸外国と同じ状況だったわけです。とすれば、制限に対する補償もまた、諸外国と同様に強くくまなくなされるべきだったと言えるでしょうが、実際は異なりました。

 

「3月24日、政府のヒアリングに出席したチケット販売大手「ぴあ」の矢内広社長は、新型コロナウイルスの影響を報告。これまでに延期・中止となった興行はおよそ8万1000件、すでに1750億円の経済損失が生じていると指摘した。

このままの状況が続けば損失見込みは総額3300億円にのぼり、これは年間のライブ・エンターテイメント市場規模(約9000億円)の37%にあたるという」

*19

 

 このように大きな経済的損失を受けているにも関わらず、この時点ではまだ補償は非常に乏しいものでした。3月26日、音楽業界の有志によって、政府へ文化施設への支援を呼びかけるSaveOurSpace*20が発足します。

 このころ、宮田亮文化庁長官の声明が批判を集めています。この声明は、「明けない夜はありません!」と励ましの言葉を送る一方で、経済的支援の具体的な目処などは全く示していません*21。4月12日、安倍首相は星野源によるステイホームを呼びかける楽曲『うちで踊ろう』を使った動画をTwitterに投稿し、大きな批判を受けました。

 安倍首相や宮田長官の姿勢は、音楽を始めとする文化の担い手たちへ必要な支援を送らないままに、その成果や価値観にはフリーライドしていくものです。このあと、厳しい国の財政事情のなか、文化・芸術分野への支援は徐々に整備されていきますが、2021年の緊急事態宣言の再発時にも、こうした政府の姿勢からくる不要な摩擦が多々生じ続けることになります。

 

■配られる未来のチケット

 6月19日、政府は大規模イベントを除くすべての経済活動に関する自粛要請を終了します。飲食店への時短要請が終わり、街には再び活気が戻っていくことになります。6月以降、GOTO事業を核とした、ポストコロナの経済活動を支える施策が徐々に準備されていきます。

 23日、西村康稔新型コロナウイルス感染症対策担当大臣が、専門家会議の廃止を発表します。これは専門家会議がよりよい組織体制を要望したことにこたえる発展的解消でしたが、当日の発表については専門家会議メンバーへの事前連絡がなく、専門家会議のみならず社会全体へも「国は科学者たちの意見を聞かないのではないか」という誤解を与えるものとなってしまいました。同じ日、専門家会議による中間評価「次なる波に備えた専門家助言組織のあり方について」が発表されていますが、これは当初6月初旬に発表される予定でした。政府との調整で発表が遅延し、結果として、対策の空白を招いてしまうことになります。

 共有されるべきことが共有されず、優先されるべきことが優先されない。緊急事態宣言が終わったとはいえ、日本における新型コロナウイルス対策をめぐる課題は、依然として残されたままでした。

 

 6月1日、『ラブライブ!』運営は、緊急事態宣言下において発売を延期していたAqours『Fantastic Departure!』とAqours CLUB CDの発売日を発表します。

 『Fantastic Departure!』は、2020年後半に行われるドームツアーのテーマソングであり、CDにはツアーチケットの早期購入抽選応募券が封入されていました。

 

 

 このときの応募券が使えるようになるまで、わたしたちはあまりに長い時間を待たなければならなくなりました。

 それでも、誰にもわからない未知の旅路へと踏み出すことを謳うAqoursの歌声は、当時のわたしたちに、そして今のわたしたちに、大きな力を与えてくれます。それは決して揺るぎのない事実です。

 

<つづく>

 

■資料

・新規感染者数の推移と主な出来事のグラフ

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2020年1月-6月の日本国内新規感染者数の推移と主な出来事

 新規感染者数のデータは厚生労働省のオープンデータ*22によります。

 「7日間移動平均値」は筆者の計算によります。各日の前後あわせて7日間の平均値を取ればよいと理解しているのですが、もしかしたらとんでもない間違いをしている可能性もあります。間違っていたらすみません。

 

・時系列順出来事メモ

Aqoursとコロナのクロニクル2020年1月-6月参考資料 - Google スプレッドシート

 2020年1月から6月までの出来事を、それぞれの情報ソースとともにまとめたメモです。本記事を書くために作っている作業用メモの一部のため、固有名詞などは省略している場合があります。ご不明な点があればお問い合わせください。

 本記事、そしてこのメモの引用は歓迎します。何らかのまとまった形になった場合(ブログで記事を書いたとか、同人誌を書いたとか)は、お知らせいただけると筆者が喜びます。

 

■宣伝

 『黒澤家研究』と題して、『ラブライブ!サンシャイン!!』の同人誌を作っています。黒澤ダイヤさんの実家のことを出発点にしつつ、あれこれ雑多に書いています。

 同人誌が売れると資料を集める資本になって、「クロニクル」の作業がはかどります。ご関心のあるかたはぜひ以下記事をご覧ください。

tegi.hatenablog.com

*1:https://japan.cnet.com/article/35148670/

*2:実際に亡くなったのは9日のことだった

*3:https://twitter.com/tegit/status/1221994143326466049

*4:今考えれば、Liella!の一員であるLiyuuさんはこのころ、故郷・中国での感染拡大をどのように見ていたのだろう、と思います。当時のTwitterを確認すると、彼女は自身のデビューシングル『Magic Words』のリリース関連活動に忙しかったようです。フェス2日目にも参加しています。この時点で『ラブライブ!スーパースター!!』への参加は決まっていたのかどうか。決まっていたとすれば、このあとの中国本土の感染拡大を異郷の地から眺めつつ、戻ることもできない日々を送っていたわけで、改めて日本で長年活動を続ける彼女の胆力を尊敬します。

*5:2月1日、帰国者の対応を行っていた内閣官房事態室の職員が過労による自死と思われる状況で発見されました。日本国内で最初に亡くなられた「新型コロナウイルスの犠牲者」が、ウイルスそのものではなく、このような痛ましい形で生じてしまったことは、その後の日本の状況を暗示しているようにわたしには思われます。

*6:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/newpage_00002.html

*7:河合香織分水嶺岩波書店、2021年

*8:竹中治堅『コロナ危機の政治』中央公論新社、2020年

*9:黒木登志夫『新型コロナの科学』中央公論新社、2020年

*10:https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200326/k10012351601000.html

*11:『コロナ危機の政治』

*12:西田亮介『コロナ危機の社会学朝日新聞社、2020年

*13:『新型コロナの科学』

*14:https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/actions/202003/10corona.html

*15:今思えば、それは「コロナ危機は、我慢すればもうすぐ終わるだろう」という意識から来るものでもあったのかもしれません。思い切って、リモートや最少人数で仕事が回るように、仕事の仕方を変えるべきでした。私自身も、自分の手元しか見えていない日々を過ごしていました。それは今も続いているかもしれません

*16:黒木登志夫『新型コロナの科学』中央公論新社、2020年

*17:https://ourworldindata.org/

*18:一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ『新型コロナ対応民間臨時調査会 調査・検証報告書』ディスカヴァー・トゥエンティワン、2020年

*19:https://www.businessinsider.jp/post-210241

*20:https://save-our-space.org/

*21:そして現在この声明のウェブページを開くと、内容は2021年5月の都倉俊一長官による声明に入れ替わっています。2020年3月の日付を表すと思われるhtmlファイル名であるにも関わらず、過去の情報は残されず、上書きが行われているのです。現在の日本政府におけるアーカイブや情報発信に対する意識の低さ…というか、意識のなさがこういうところでもはっきりわかります。https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/sonota_oshirase/20032701.html

*22:https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/open-data.html