こづかい三万円の日々

40代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

2021年声優名盤探索の旅

(2022/01/30、近藤玲奈『11次元のlena』を追記しました)

 2021年にリリースされた、声優さんによるアルバム・ミニアルバム・EPを51枚聴き、その中からベストを選んだ、という記事です。昨年のものはこちら*1
 対象はYoutube Musicで聴けるものだけなので、どんなビッグタイトルでも配信されていないものは候補にできていません、すみません…。また、ユニットによる曲は含むけれど、キャラクターとしての楽曲、キャラクターとしてのユニットの楽曲は含みません。

 それぞれについての感想を書きながら、おおよその共通項が見えてきました。それは、「なぜ歌うのか」とか「どう歌うか」とか、歌うことに自覚的であるところ。濃淡がありすべての作品がそうだとは限りませんが。
 なぜ表現するのか、というのはおおよそすべての表現者が抱える問題だとは思いますが、声優さんたちが音楽活動をするとき、その問題に対してどう振る舞うか、どう考えるか、が露わになっていくことが多くて、それがほかのジャンルよりも自分にとって楽しく思える理由のひとつなのだと思います。
 結局それって声優の音楽を下にみているのではないのか?という疑心暗鬼に襲われかねない気もするのですが。違うと言いたいけど、怖いですね。

 辛気臭くなっていくのでさっさと発表しましょう。基本的には順不同ですが、最後の二枚は、順番に年間ベスト2、ベスト1、ということになっています。

 

 

田所あずさ『Waver』

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 1月27日リリース、10曲41分、Lantis

 改めて聴いて特に前半の充実ぶりには驚いてしまった。め、名盤…!
 人気声優としての自分に自己言及的な『ころあるこ。』は聴いててスカッとする。女性声優さんがこういうタイプの曲を歌うことが定番化しつつある印象があります。もっと増えたら嬉しいし男性声優さんのそういう曲も聴いてみたい。
 田所あずさってもっと普通のランティスアニソンの人、ロックの人、という印象があり、本作においてももともとの素質はそういうタイプの人なんだろうなと保ちつつ、後述の上田麗奈の作風に近いような内省を行っているのが面白い。というか、わかりやすいアニソンの歌い手として培ってきたであろう、安定して万人に受け入れられそうな声の素質が、内向的な楽曲だからこそ活かされているとも言えそう。
 そういう、広く届かせる力を感じるので、あんまり声優アーティストシーンを聴いたことのない人に2021年リリースから一枚選んで聴いてもらうとすればこの一枚になると思う。
 年の後半にインスト盤をリリースしていたのもとてもよかったです。あのリリースをきっかけにまた話題になってオリジナルを聴いたというリスナーもいたようだし、元からのリスナーも嬉しいし、Lantisは毎回やってくれていいんですよ…*2

 

上田麗奈『Nebula』

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 8月18日リリース、10曲41分、Lantis
 上田麗奈が昨年の『Enpathy』から間をおかずにまたも傑作をリリースしてしまった。
  アルバム全体が一つのトーンで統一されており*3、あまりに緊密に内向きな感情が込められている。それだけではリスナーによっては疲れてしまう恐れもあると思うのだが、前半に置かれている、あまりにどストレートなビリー・アイリッシュ"Bad Guy"の模倣『scapesheep』が、適度なゆるさ・聴きやすさ(あるいはポップさ?)をもたらしてしまっている。本来「それはどうか」と思うべきなんでしょうが、自分はこういう曲好きです…。
 更にアルバム最後、『wall』(作詞作曲編曲コトリンゴ)がとってもいい締めになっていて、緊密な内省の雰囲気を保ったまま解放しつつ、もう一度アルバムを最初から聴きたい、あの内省のなかに潜りたい、と思わせる引力を持っていると思う。
 わたしは『Enpathy』より好きです。

 

斉藤朱夏『パッチワーク』

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 8月18日リリース、12曲51分、SACRA MUSIC(SONY)。
 女性声優が自身の弱さや苦悩を一枚のアルバムにして芸術的に昇華する名盤として、今までに挙げた田所あずさ『Waver』、上田麗奈『Nebula』が盛んに語られがちだと思うのですが、これだってそういうラインの名盤なんだよ!!と声を出して言いたい。いやむしろ、このように陽性なキャラクターであることをぶらさないままに弱さを見せること、すなわちアルバム一曲目のタイトルのように『もう無理、でも走る』という言葉を体現するような本作の立ち位置は唯一無二の価値があると思う。音楽的にも歌詞面でも、上田・田所のアルバムが刺さらなくてもこれは刺さる、という人はきっといるはず。
 例えば、『よく笑う理由』の、自分に泣くことや失敗することを許容せず、ずっと笑うことを強いている、という苦しさは、陽性のキャラクターが前面に出ている斉藤朱夏でしか歌えないものだと思う。彼女が属するアイドルグループ・Aqoursのファンは涙なくしては聴けないだろうし、斉藤朱夏をよく知らない人にももっともっと届いてほしい。
 そしてこれは言わずもがなのことだが、斉藤朱夏をアーティストデビューから支えるハヤシケイのすごさももっと讃えられてほしい。『パパパ』は聴くたびにみずみずしさが心にあふれる。この見事なメロディと歌詞のすばらしさは、『ようこそジャパリパークへ』や『うまぴょい伝説』並みに一般メディアが囃し立ててよいのではないでしょうか。

 

坂本真綾『Duets』

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 3月17日リリース、7曲35分、FlyngDog。
 坂本真綾はとても強い人に思える。エッセイを読んだりしていると、そんなことは決してない、普通の人なのである、というのもある程度は了解できるけれども、そういう等身大の言葉のなかにも「強い…」という部分が垣間見えてしまう。個人的には、配偶者である鈴村健一の印象*4 と同じで、どうしても受け入れがたい部分があると言わざるをえないときがまれにある。強い人には強い人の辛さがある、というのは尊ぶべき真理だが、強い人にはすっとばされてしまう弱い人の辛さのほうが多いのではないでしょうか、と言いたくなるのであった。
 そういうわけで、どちらかというと近年の坂本真綾の活動は畏怖をもって半歩離れて見る、という感じが常態になっているのですが、本作『Duets』は、リスナーと坂本真綾の間にもうひとりデュエットをするアーティストが挟まっているので、自然と各自の距離が適正に保たれてリラックスして聴けた。
 こういうわたしの偏屈なこだわりをクリアしてさえしまえば、耳に届くのはいつもの坂本真綾のつくる極上の音楽…そして、招かれたすばらしいアーティストたちとのすばらしい重なりあいの力である。
 長らく楽曲を提供してきたh-wonderこと和田弘樹を歌わせてやったという楽しさが感じられる『Duet!』、コロナ危機以降の日常を感じさせる小泉今日子との『ひとつ屋根の下』、などなど言及したい曲は多いが、恐ろしいことに、前述した自分の抱える坂本真綾への鬱屈みたいなものすら、内村友美との『sync』で歌われているので驚くのだった。こういう感情すら坂本真綾自身に掬われてしまったとき、どうすりゃええねん、という行き場なしの感覚に襲われてしまう。それはそれで幸福なのでありましょう。

 

緒方恵美『劇薬 -Dramatic Medicine-』

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 4月21日リリース、10曲42分、Lantis
 全くノーマークで、2022年になってから聴いたらとても良くってびっくりした一枚。
 作曲には黒須克彦に草野華余子に佐藤純一にとすごい面々が揃っているのでなるほどなという感じはするが、どんなにすごいライター陣を引っ張ってきてもよい楽曲・よいアルバムができるわけではありません。
 聴いていて最初に感じたのは、言葉と声が合致している、というイメージ。声優さんってもともと、人物の感情を計画に沿って声で表現することに長けた人たちなわけで、歌においても「楽曲によって設計された感情を声で作り上げていく」っていうことが一定程度のレベルでできてしまう。本作の楽曲はおしなべてその設計と実践ががきちんとしているな、という印象だったのです。
  これは、当然緒方恵美っていう長いキャリアを誇るベテランゆえの仕事の成果でもあろうし、em:óuという名義で自身が全曲作詞したことで、緒方恵美の個性ややりたいことをかなり反映した設計図が構築できていたから、ということでもあるでしょう。なので、わたし自身はそんなに好みじゃないタイプのロック楽曲も楽しく聴けてしまうし、好みのタイプの楽曲(作曲芳賀政哉、編曲中土智博の『Like a human』など)はもっと楽しい。おそらくコロナ危機下の日常を生きる人々へのエールを歌った『Try Out, Go On!』(曲編曲伊藤賢)の力の抜き加減もうまい。
  緒方恵美って、歌は一定のうまさではあるんだけど、百パーセント歌だけの力で突破できるようなタイプの人ではない、と正直思います。でも、自身の一番やりたいこと、一番うまくできること、といったことが明確に楽曲に反映されているので、実力以上の魅力を打ち出すことに成功している。
 アーティスト自身が自分でやればなんだってよいというわけではないですけど、このアルバムは、歌手自身が楽曲に深く関わることの利点がはっきり出ているなと思いました。

 

豊崎愛生『caravan!』

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 6月30日リリース、10曲42分、MusicRay'n(SONY)。
 タイトルこそ旅・移動に結びついた言葉だけれども、音の感覚もふくめ、小さな部屋のなかの音楽という印象があるアルバム。アルバムリリース前後にゲスト出演していたTBSラジオ『マイゲーム・マイライフ』での自宅でのゲーム生活の話が頭にあったからかもしれない。
 声には常に細さがあって、昔の自分なら、「いかにも人気声優さんの、かわいいけど弱々しい声だな」と思って終わりにしてしまっていたと思う。しかしそいう声が、小規模な空間に鳴っているようなつくりの楽曲のなかで響くことでしか得られないものがある。特に、リスナーの多くが小規模な空間に長く暮らし続けることを経験した2020年以降にあっては。
 都市生活のはなやかさと、手をとりあって生きていけるのは互いだけというか細さが多幸感のなかで同居してたまらない感情におそわれる『Cheers!』(作詞土岐麻子、作曲編曲トオミヨウ)は相当繰り返し聴いたと思う。個人的にこういうのがあるとそれだけでアルバムの評価が上昇してしまう声優めしソング*5の佳作『マイカレー』(作詞作曲編曲仁科亜弓)、ハンバートハンバート佐藤良成による『ランドネ』なども繰り返し聴いた。『ランドネ』は穏やかだが激しい転職ソングなので、現状を変えたい人におすすめしたい。

 

内田雄馬『equal』

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 9月22日リリース、13曲50分、キングレコード
 シングル5曲+新曲8曲の構成なのにこのブレなさはなに。シングル曲(タイアップ曲)がダサくなく、通して聴いても落差がない。急に「あ、オタクがライブで盛り上がるためのやつだな」みたいなのが入ってこない。同じような構成の女性声優のアルバムでは考えられない統一感です。ま、「オタクがライブで盛り上がるためのやつ」が、女性声優のオタク向けのそれと違って、『DNA』みたいなトランスみのある楽曲になっていて、それが自分の趣味に近いから気にならないだけ…という可能性もありますが。
 決して、常に「歌うまい!」という感想を連発させるようなタイプの人ではないけれども、『Mirror』の軽やかさ、『I'm not complete』のゴスペル調楽曲に負けない太さ、あたりが強く印象に残ります。既発シングルで、陽性の曲における声の華やかな印象は知っていたけど、そういう方向でも安定して聴けるし、親しみというか、応援したくなる感じが消えないのもずるい。どんどん新曲が聴きたいし、いろいろな分野の表現に手を伸ばしていってほしいなと思います。

 

harmoe『きまぐれチクタック』

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 3月10日リリース、3曲、PONY CANYON
 シングルだとは思うが、3曲入っているし、構成がちゃんとしているのでEP・アルバムと並べて挙げておきたいと思います。
 作詞はボンジュール鈴木とKiWI、作曲編曲はTomgggとKiWi。harmoeは2021年に『マイペースにマーメイド』『アラビアン・ユートピアン』もリリースしています。ディズニー製ファンタジー/プリンセスストーリーを強く意識したこれらの楽曲で歌われるのは、女性の自立や欲求の肯定です。ディズニーがやってきたことがこうして他分野の文化に色濃く波及しているのを見ると嬉しくなってしまう。よかったねディズニー!!*6
 harmoeはいずれもすでに一定の人気を獲得している若手声優:岩田陽葵・小泉萌香によるユニット。「アイドル」とくくってしまえばそうなのですけど、その楽曲が、さほど「尖った感じ」「新しいことをやっている感じ」をともなわずに、こうしたテーマを扱っていることに自分は希望を感じます。いや、このように自分が言及してしまうとなんか途端に輝きが失われてしまう気もするのですが。輝いているし、アイドルだし、かわいいし、自立しているし、と全部ちゃんと満たしてくれているのが嬉しい。このくらいの塩梅が標準になっていってほしい。必ずそういうテーマを扱えというわけではないが、周囲の大人が何も考えていないことがすぐにわかってしまうようなアイドルの運用はやめてほしいということです。
 上のリンクは表題曲『きまぐれチクタック』のMVですが、この曲はシングルの末尾に配置されているので、まずはシングルの曲順通りに聴いてほしい。『きまぐれチクタック』の異常に早く刻まれたサビの気持ちよさ、言葉の切実さは、そういう順番でこそ最高に味わえると思っています。

 

近藤玲奈『11次元のlena

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 12月1日リリース、5曲18分、日本コロムビア
 本記事を公開したあとに知って聴いてあわてて加えました。すごく力のこもったコンセプトアルバム。
 なかなかにヘヴィな音と言葉で、主に10代の少年らしき人物を中心とした物語が語られます。作詞作曲編曲はhisakuni、『僕が愛される日は』のみ近藤玲奈自身の作詞。
 周囲への反発と自己否定、そして承認への渇望で頭がいっぱいの十代~二十代の人が聴いたらすごく刺さり、救いになるのではないかと思います。というか、わたしも最後の『ライカ』のあるフレーズを初めて聞いたときはちょっと目頭が熱くなって、しばし遠くの山を仰いで自分の手の届かない宇宙の果てへ思いを馳せたりしてしまったりしました。この曲の、宇宙開発競争時代の宇宙観(がたぶん『インターステラー』によって再び息を吹き込まれたのだと思うのですが)を思わせる音作りもすごく好みでした。アナログな手触りの、冷たくマットな暗黒の宇宙と、そこにかすかに響く電波、という感じ。この曲に限らず、そういう仄暗い想像力にもとづいた音は、ビリー・アイリッシュ以降のベッドルーム内の暗黒への想像力ともつながっていると思います。
 コンセプトがあまりにきれいに固められているので、これはどこまで歌手本人の意向なのだろうか、とちょっと疑ってしまったのですが、インタビュー*1を読んだら、きちんと本人の意向を汲んで周囲が膨らませていく手順を取っていて安心しました。最初のミニアルバムでここまでやるとは、本人もまわりも凄い。
 近藤玲奈は最初のミニアルバムにしてこれだけのものを表現しこなしているので、コンセプトアルバム的でないものも聴いてみたい気もしますが、何作か作り込んだミニアルバムを連打していく、というのもいいなあと思ってしまいます。今後に期待したいです。

 

山村響『town』

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 9月11日リリース、5曲18分、自主制作。
 2020年のマイベスト『suki』から間を置かず、引き続き自主的活動としてリリースされたEP。山村響自身が作詞作曲を手掛け、appleCiderが編曲を務めた。出身地から都市(town)へとやってきた若者の感情と日常を、山村響本人の経験を濃厚に反映して描く一枚。
 浮遊感のある音づくりがすさまじくすばらしい『Stone Land』、踊りださずにいられない『Rudder(feat. 西山宏太朗)』など曲調のバラエティは広がる一方、あの緊密な『suki』に比べるとコンセプト面ではどうしても薄まったかと思ったものの実は強固なコンセプトが存在するのだった。本人がいろいろなところで明かしている通り、本作は『ポケットモンスター』への強いオマージュに満ちた濃厚な一作なのだ。ポケモンにほとんど親しんでこなかった身からすれば皆目わからんのだが、本人やファンの指摘を読んでいると、大量かつ明確な言及が複数含まれているようだ。「town」って、シティポップブームを受けてのキーワードかと思ったら、「マサラタウン」とかのタウンだったのか…。
 こういう二次創作的な作家性を維持することは、自主活動として音楽活動を営んでいる山村響以外の声優には極めて難しいはずだ。大丈夫かな?任天堂にお金を要求されたりしないかな?と心配になってしまうのだが、まあ、Thundercatの"Dragonball Durag"みたいなもんでしょう。いや、Thundercatも鳥山明に許諾をもらったりしているのかもしれないが…。
 かように『town』は、音楽的充実と、山村響の活動のユニークさをパックした名盤なのだが、リリース前後の山村響自身をめぐる出来事によって、一層特別な一枚になってしまったと思う。そもそもコロナ危機によって彼女の活動拠点である東京と故郷の福岡のあいだが遠く隔たられてしまっていたところに、彼女の家族が病に倒れ、急逝されてしまったのである。
 11月の配信ライブは、『town』におさめられた楽曲を初めてリスナーの前で歌う晴れやかなステージだったが、はからずもそこで歌われた『はじまりのまち』や『"Pom"』は、亡くなられたご家族への弔いの歌、これからも東京で夢を追って生きていくという宣言の歌としても響くことになってしまった。
 たとえ自由を手に入れていたとしても、曲作りから歌唱、配信、販売までをすべてひとりの自力で行うという山村響の歌手活動は、想像を絶するたいへんなものだろうと思う。しかも声優としての活動をしながらそれらをこなすのだ。そしてそういうクリエイターとしての生と同時に、感染症と戦い、家族を失い…、と普通の人としての人生も積み重ねていかなければならない。なんて選択をした人なんだ、と思う。TwitterでもYoutubeでもふわふわした柔らかい人柄が伝わってくるけど、実際はむちゃくちゃタフな人間だとわたしは思う。
 願わくば、そうした彼女がなしたすばらしい仕事が、より多くの人に知られてほしい。『town』リリース後、音楽ライターの高岡洋詞によるすばらしいインタビュー記事が複数の媒体に掲載されたが*7、もっと、もっと騒がれてほしい。この記事を読んだあなたも必ず一度は聴いてください。よろしくお願いします。

 


中島愛『green diary』

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 2月3日リリース、10曲41分、Flyng Dog。

 今後これを超える声優のアルバムが作られうるのだろうかと思うくらいの傑作。

 アルバムのテーマカラーである緑は、中島愛自身のデビュー役であり、最大の当たり役である『マクロス・フロンティア』のランカ・リーを象徴する色です。

 

個人の活動のときはランカ・リーを切り離して、「私は彼女とは別のアイデンティティーを持っている!」という強い気持ちで活動しなくちゃいけないと思うようにしていたんですけど、デビューから時間が経てば経つほどに、ランカは私の大きな1つの分身だということにより深く気づいたんです。

なおかつ、ランカ・リーが私のアイデンティティーの一部だと認めることから逃げてたな、って思ったんです。それで、彼女に改めて真正面から向き合おうと思って、このアルバムで緑というテーマを掲げました

中島愛、楽曲に導き出された本当の自分らしさ 尾崎雄貴と語る | CINRA


 本作は、ランカ・リーというあまりに大きな存在と向き合い、そのような存在を自身のアイデンティティのなかに受け入れる中島愛の精神的旅程そのものだ。しかも彼女はその旅程を、全曲を他人に作詞作曲させるという形でたどっていく。自分自身ではなく、他人から見た中島愛ランカ・リーを歌う。
 ランカ・リーは、フィクションのなかのアイドルだ。そういう存在が演者とのあいだに摩擦を生むとすればまずその起点は、他人からの期待やイメージというもののなかにあるだろう。ランカ・リー中島愛を重ね合わせるのも、違いを見出すのも他人で、そういう他人の行いが演者に負荷をかけていく。ならば他人の視線から距離をとって、自分ひとりで思索したい、と考えるものではないのか。それでも自分を他人に委ねるって、いったいどういう根性をしているんだ。なんという強さ。
 恐らくこの強さの要因の一つは、中島愛自身が、主に昭和時代の女性歌手やアイドルを心から愛好していることにある。他人の期待や欲望を負い、ときには傷つきつつも、それでも唯一無二の輝きを放ち高みへ上っていくものとして、アイドル/歌手という存在を信じきっているのではないか。
 アルバムはかような信念とともに的確なディレクションによって形作られている。三浦康嗣もtofubeatsもいまや女性声優への楽曲提供は珍しくなくなってしまったが、いずれもこのアルバムにおいて彼らの力が最も生きる方向で起用されている。私小説的な小さい世界から、音によって広がり浮遊していく三浦『Over & Over』、喪失感の表現こそこの人の真骨頂だと再認識させるtofubeats『ドライブ』。尾崎雄貴による『GREEN DIARY』と、新藤晴一作詞、作曲矢吹香那、編曲トオミヨウ『水槽』はシングルでのリリースから何回聴いたかわからないが、アルバムのなかでまた異なる意味を付与されていた。特に『水槽』は、主題歌とされていたアニメ『星合の空』の物語と強く結びついている歌詞であり、中島愛はそれを演じている、というふうに意識して聴いていたのだが、アルバムのなかで一度聴いたら彼女自身の歌にもなってしまっていた。すごい。
 そしてアルバムの末尾『All Green』に至って、やはり本作もまた2021年の作品であるのだとわたしは強く思う。中島愛アイデンティティーをめぐる思索は一区切りされるが、別にそれで彼女の人生が終わるわけではない。ランカ・リーという存在と一緒に生きていくパフォーマーとしての人生は続く。それも、コロナ危機というきわめて特殊で、歌手にとってはこのうえなく生きづらい世界のなかで。この曲は、そのような世界であったとしても、そこで生きていくのだ、という宣言だが、リスナーはそれを呼びかけだとして受け取ることもできる。彼女の歌とともに生きていこうという希望を受け取ることができる。中島愛のためのものであったアルバムは、リスナーのためのものになっていく。

 

 他にもっとよいたとえがあると思うのだが思いつかないので書いてしまうと、本作は、シルベスター・スタローンが自身のキャリアを振り返り、深い内省とともに作り上げた映画『ランボー/最後の聖戦』のような作品だと思う。突出したキャリアを歩いてきた表現者が、徹底して自己言及することで成立させる、いびつながらも他にない切実さともろさを抱えた傑作、ということだ。

 『ランボー/最後の聖戦』を観ている人間は、ベトナム帰りの兵士でもなければ、勧善懲悪の暴力を肯定的に描いてきてしまったハリウッドスターでもないが、あの映画におけるシルベスター・スタローン/ジョン・ランボーと自身を重ね合わせ、自分の生を生きる力を受け取ることができる。

 わたしは星間飛行する植民船のアイドル:ランカ・リーでもないし、すばらしい歌唱力と人間的魅力をもった声優:中島愛でもないが、『green diary』を聴いて、自分の生の辛さを認め、よりよく生きようという思いに満たされる。文字にしてしまえばなぜそんなことが可能なのだと思わざるをえないが、それこそが声優の歌のなしうる偉大なるわざというものだろう。

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 以上、2021年のベスト11枚でした。
 次点をあげるなら、和氣あず未『Viewtiful Days! / 記憶に恋をした』、TrySail『Re Bon Voyage』、大橋彩香『Lumière』、小林愛香『Gradation Collection』あたりでしょうか。
 休む間もなく2022年も年初から田所あずさの新曲やら和氣あず未のコンセプトアルバムやらがリリースされていて大忙しですね。今年はできればもっと男性声優さんのいい作品を聴きたいなと思います。なかなか本人名義の音楽活動は難しいのだろうなと思いますが、それこそ山村響のようにできることもあるはずで…。クリエイター気質の人もまだまだたくさんいると思いますし。そういう意味では、昨年に続き、武内駿輔には強く期待したいところです。

 

候補作一覧

山村響    town
森久保祥太郎    瞬花繍灯
和氣あず未    Viewtiful Days! / 記憶に恋をした
南條愛乃    A Tiny Winter Story
永塚拓馬    dance with me
増田俊樹    origin
古川慎    ROOM of No Name
緒方恵美    劇薬 -Dramatic Medicine-
梶裕貴    Cover -STORIES-
諏訪部順一    Cover -LOVE-
TrySail    Re Bon Voyage
宮野真守    MAMORU MIYANO STUDIO LIVE ~STREAMING!~
蒼井翔太    蒼井翔太 ONLINE LIVE at 日本武道館 うたいびと
GRANRODEO    僕たちの群像
OLDCODEX    Full Colors
鈴村健一    ぶらいと
内田雄馬    equal
ひょろっと男子(西山宏太朗梅原裕一郎)    ひょろコレ~Hyorotto Collection~
伊東健人    Cover -YOUTH-
高橋李依    透明な付箋
内田彩    Cover -ROOTS-
大橋彩香    Lumière
大橋彩香    大橋彩香ワンマンライブ2021~Our WINGS~ at 幕張メッセイベントホール
harmoe    アラビアン・ユートピア
harmoe    マイペースにマーメイド
DIALOGUE+    DIALOGUE+
harmoe    きまぐれチクタック
鬼頭明里    1st LIVE TOUR「Colorful Closet」Stream Selection
内田真礼    HIKARI
楠木ともり    narrow
熊田茜音    Colorful Diary
TRAD    TRD
鈴木愛奈    Belle révolte
茅原実里    Re:Contact
雨宮天    COVERS: Sora Amamiya favorite songs
豊崎愛生    caravan!
斉藤朱夏    パッチワーク
仲村宗悟    NATURAL
上田麗奈    Nebula
西山宏太朗    Laundry
小林愛香    Gradation Collection
鬼頭明里    Kaleidoscope
東山奈央    off
江口拓也    EGUISM
和氣あず未    超革命的恋する日常
楠木ともり    Forced Shutdown
渕上舞    星空
坂本真綾    Duets
逢田梨香子    フィクション
田所あずさ    Waver
中島愛    green diary

 

 あと最後に、非声優ソングのよく聴いていたものも挙げておきます。一番聴いてたアルバムはWalk the MoonとDavid Crosby、『ミッドナイト・ラン』のサントラ、の三枚かなと思います。Twitter上で知った作品・アーティストもたくさんです。教えてくださったみなさん、ありがとうございました。

 

非声優ソング・アニソンのベスト楽曲

 knowone『以心伝心』
 Kvi Baba『ヤワじゃない』
 Mosley & The B-Men"End Credits: Try To Believe"(Midnight Run/Soundtrack Version)
 David Crosby"Secret Dancer"
 Walk The Moon"Fire in Your House"
 Bleachers "Stop Making This Hurt"
 おーるどにゅーすぺーぱー『初恋をしようよ』
 Jonas Brothers "I Believe"
 Kacy Hill ”Walking at Midnight"
 Everything but the Girl "Missing"
 Bei Xu "You're Beautiful"
 Alicia Keys "Old Memories (Unlocked)"
 春ねむり『Deconstruction』

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 声優・アニソンのベスト楽曲編は以下をご参照ください。

tegi.hatenablog.com

tegi.hatenablog.com


 2022年もいい音楽をたくさん聴いていきたいですね。またお付き合いください。

*1:https://tegi.hatenablog.com/entry/2021/01/02/175132

*2:あとで和氣あず未のアルバムもインスト盤がリリースされていることに気づきました。日本コロムビアも毎回やってくれていいんですよ…。

*3:ってアルバムって普通はそうじゃないのかなあと思うわけですけど、良かれ悪しかれそうはいかないのが今の声優アーティストのアルバムなのだ

*4:https://twitter.com/tegit/status/1482250135174524930

*5:声優めしソング史上の傑作としては小松未可子『おすしのうた』斉藤朱夏『親愛なるMyメン』がある。

*6:もちろんディズニーのやること全部がすばらしいわけではない…。

*7:高岡洋詞本人のサイトで、インタビューに至る経緯と各記事へのリンクをまとめたコラムを読むことができる。ファンとしてもとても読んでいて嬉しいコラムでした…。ここでも、『town』を時評で取り上げた高岡に、山村のほうからライブレポートの依頼を検討していた…という、彼女自身が自分のために仕事をする姿が垣間見える。 https://www.tapiocahiroshi.com//post/2022-01-05-yamamura-hibiku-and-her-bittersweet-bedroom-pop