2022年6月5日から三年が経った。この間、わたしはずっとAqoursぬまづフェスにとわられている。
ぬまづフェス*1の初日の感想を読むと、意外に自分の筆致が明るくて笑う*2。このあと3年間、フェスのことを思い出しては暗い気持ちになっているくせに。フェスでたくさんのものをもらったから、あとは自分の人生を生きるだけ、というようなことを書いている。この文章を書いているとき、まだフェスは数週間にわたって開催している真っ只中で、自分ももう一度参加するつもりでいた。自分はまだ祭りの中にいられたから、こういう明るく度胸の据わったことを言っていられたのだろう。
自分はフェスの初日と最終日に参加した。その間ずっとフェスのことを考え、ブログを書き、ボイスログを録った。
そういう行為すべてがお祭りであり、自分にとっての「フェス」だった。
大きく盛り上がっただけ、お祭りと日常の高低差は大きくなる。わたしはその落下に耐えられなかった。
Aqoursぬまづフェスは単にテンションの上がるイベントではなかった。体験型イベントとして、『ラブライブ!サンシャイン!!』のフィクションの世界と、参加者の生きる現実世界を強く接続した。イベント内の出来事、人物、大道具・小道具は細やかに作り込まれ、キャストたちの創意工夫と参加するファンたちの熱意がさらにその現実感を底上げしていた。
終わったのはただのお祭りではなかった。そのお祭りには、本来は虚構のはずのAqoursと浦の星女学院の生徒たちが確かに参加していた。Aqoursとわたしの間の境界はなくなり、彼女たちの輝かしい生は現実と地続きのものになった。
フェスの間、わたしはAqoursの生きる世界に繋がりうると思えたが、フェスの終わったあと、「Aqoursのいる世界と繋がっていない自分の生」をどう生きればよいのか見失っていった。
フェス開催の一年前のある体験も、わたしのこの感覚に拍車をかけた。
2021年の春ごろにわたしはごく小規模ながら転職活動を行っていた。
わたしの偏った認識だとは思うが、Aqoursのファンには転職する人が多いようにみえる。『ラブライブ!サンシャイン!!』は、勇気をもって挑戦し、困難を乗り越えようとする物語だから、転職によって現状を変化させていこうとする人と親和性が高いのだろう。また、東京から沼津へ移住するという行為がファン活動に直結し、SNSやブログで可視化されることが多いから、それにともなう転職の報告を目にすることもより多く感じられるのかもしれない。新卒採用以後、ずっとひとつの会社しか知らない自分にとって、かれらは一様に輝いて見える。新しい場所へ飛び出していこうという勇気と能力はわたしには持ち得ない。かれらAqoursファンの転職組は、Aqoursと同じ勇気をもってそれぞれの人生で戦っているのだと思う。
わたしの転職活動はもっと後ろ向きなものだった。
2020年以降のコロナ危機下において、十全なサポートを整えずにそれまで同様に働き続けることをよしとする自社と業界に倦み疲れていたわたしは発作的に転職サービスサイトに登録したが、業務内容も給与も、現職から大きく変わる企業を検討することは難しかった。条件の低下を呑んででもより自分が熱意をもてる仕事を選ぼう、というリスクある道を選択することはできなかった。それでも勤勉なエージェントは多くの企業を薦めてくれた。そのなかのひとつに、SCRAP出版があった。
SCRAP出版は、SCRAPの手掛ける脱出ゲームをもとにしたものをはじめ、様々な謎解き本・ゲームブックを出版している。エージェントはわたしの現職に近い分野としてSCRAP出版の募集情報をピックアップしてくれたのだったが、『ラブライブ!サンシャイン!!』の脱出ゲーム「孤島の水族館からの脱出」「学校祭ライブ中止の危機からの脱出」を手掛けたSCRAPの関係会社に転職できる可能性に心を弾ませたわたしは、すぐにエントリーを決めた。
他の企業と同様に、わたしはSCRAP出版の選考を通過することができなかった。
SCRAP出版の面接は他のどの企業よりも丁寧で和やかなものだった。わたしは志望動機やアピールポイントを十分に伝えることができたし、SCRAP出版の求める人材と、自分とのギャップをはっきり理解することができた。約30分の選考は、わたしに不足していることや、伸ばすべき点を認識するための時間として有益だった。SCRAP出版の人々は、よくあのような時間を割いてくれたものだと思う。
その選考の数週間後、わたしは転職サイトのエージェントに電話で転職活動を終えることを伝えていた。仕事の用件で、『虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』の宮下愛さんが住む門前仲町ちかくを通りかかった際に、エージェントから今後の方針を問う電話がかかってきたのだった。
わたしは散りゆく大横川の桜を眺めながら話した。強い日差しのなかで舞い散る桜が眩しかった。
ーーわたしはわたしに足りないものがなんなのかわかった。これ以上活動を続けても自分の理想とする状態には近づけないと思う。自分に足りないところを学び、より求められる人間になれたらまた転職活動を再開したい。
わたしはそのようなことを語った。けれども結局、自分を変えることはできなかった。
エージェントへのあいまいな宣言をまったく叶えないまま、わたしは2022年6月5日のAqoursぬまづフェスの会場にいた。最終日だったからだろう、会場内にはイベントのメインスタッフと思われる人物が複数見受けられた。SCRAPのYoutubeで喋る姿を見知っていた、コンテンツディレクターのきださおりさんも見かけた。
一年前の転職活動の際に、なにかが違っていれば、あのひとたちの近くで仕事ができたのだ、という事実にわたしは気づいてしまった。面接の際、もっと違った受け答えをしていたら? いや、転職活動のときはだめだったかもしれないが、それから一年、もっとなにかできたのではないか? エージェントに賢しらぶって話した目標をやり遂げ、SCRAP出版への転職に再挑戦する道もあったはずだった。もちろん、採用の可能性はごくごく低かったろうけども、ゼロではなかった。それをわかっていたにも関わらずわたしは挑戦しなかった。輝きへと至る切符をみずから放置した。
ぬまづフェスが終わり、よみうりランドを一人歩いているとき、中空をいくつかのシャボン玉が漂っているのが見えた。園内のどこかのアトラクションから、風に流されて飛んできたのだろう。
わたしはその漂うシャボン玉に、『ラブライブ!サンシャイン!!』劇場版のエンドロールでの演出を思い出していた。Aqoursの放つ輝きのことを思い出していた。
どこから飛んできたのだろうと一瞬だけ考えたが、わたしはその源を探すのはやめておくことにした。おそらく、美しいシャボン玉の発生源はすぐ近くの木立の向こうにでもあるに違いない。自分のなかの、ロマンティックな連想を吹き消す。
輝きに憧れる自身の心の先には、きっと、自分の見ないできた現実がある。わたしはそれを直視できない。
わたしはシャボン玉を宙に漂うにまかせ、ひとりで日常に戻った。
そのあとの日々を、自分はそれなりに楽しく、忙しく、疲れて、生きた。
まったくなにも誇れない日々だった、というわけではない。転職活動はおろか、自分の能力を伸ばすような勉強や、業務上の挑戦はまったくできなかったけれども、それでも、業務上で期待されるものの6割くらいは成し遂げられたと思う。Aqoursのファンとしても、同人誌『黒澤家研究』の第四号を刊行することができた。Aqoursと『ラブライブ!サンシャイン!!』以外のアーティストや作品に勇気づけられもした。
それでもことAqoursに関しては、ずっと胸のつかえがおりなかった。忙しさを言い訳に、現実の沼津にも一度も行かないでいた。Aqoursのような生き方をできていない、と自分の仕事や私生活を振り返るたびに思った。Aqoursぬまづフェスがすばらしいイベントであったからこそ、あの日々に「Aqoursのいる世界」と繋がってしまった経験をしたからこそ、自分への幻滅は大きかった。
そうこうしているうちにAqoursはライブを繰り返す。SCRAPは魅力ある新企画を次々に開催する。沼津でも、Aqoursをきっかけに移住する人、新しい店や仕事を興す人が絶えないようだった。Aqoursを中心に、新しい動きがどんどん生まれていく。わたしは、自分には何もできない、ずっとAqoursの輝きや、ぬまづフェスの残光を遠くから眺めているだけだ、という気持ちを消すことができなかった。
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気持ちが変わったきっかけは、『幻日のヨハネ』の朗読劇を観たことだった。わたしはアニメの『幻日のヨハネ』についてもあまり熱量をもって追いかけられなかったこともあり、当初はノーチェックだった。朗読劇の脚本をSCRAPの青柳潤也さんが担当していると知り、上演前日にあわただしくチケットを購入して観に行ったのだった。
朗読劇の観客は、入場すると、劇中世界で配られているとおぼしきちらしを手渡される。印刷されたQRコードを読み取ると、劇中のラジオ番組へのメッセージを送ることができる。自分たち観客の行動が物語のなかへ繋がっている、と知ったときの興奮。それは、過去のSCRAPによる『ラブライブ!サンシャイン!!』の脱出ゲーム、そしてAqoursぬまづフェスで感じた興奮と同じものだった。
朗読劇において、観客は開演前だけでなく、物語の進行後、幕間の休憩中のあいだにもメッセージを求められる。二度目のメッセージは、物語にとっての重要度を増している。すでに公演が終了しソフト化予定もないとアナウンスされているので内容を詳らかに書いてしまうが、ここで観客が求められるのは、登場人物のひとり、ヨウ(斉藤朱夏)の弱った心を救うための言葉だ。ヨウは自分が勤める郵便業の衰退をきっかけに、家族との距離を気に病み、ヨハネ(小林愛香)たち友人との距離感も見失ってしまう。抑うつ状態で自室に引きこもり、郵便の仕事を無断連続欠勤するに至ったヨウを救うために、ヨハネとリコ(逢田梨香子)はヨウを知る街の人々、すなわち観客にヨウへの手紙を書いてほしいと呼びかける*3。
わたしは迷った。現実でも、郵便をめぐる状況は厳しく、安易に希望を語ることは難しい。現実をほぼそのまま写した『幻日のヨハネ』の世界だってそうだろう。ヨウの長い人生を考えれば、彼女は先のある仕事へ転職したほうがよいはずだ。けれども、そういうことではないだろう。わたしは自分の仕事、あまり先行きの明るくない業界のことを、ヨウと郵便業に重ねて考える。自分はどう言ってもらえたら嬉しいだろう? どんな言葉なら、ヨウに届くだろう?
わたしは、「わたしもかつて手紙に助けられた」ということを書いた。だからヨウも頑張ってまた手紙を配達してほしい…とまでは書けなかった。そこまで強い励ましを送る自信はなかった。ただ自分の経験を書くしかなかった*4。ここで確かに、あなたの愛する「手紙」というものに救われた人間が少なくとも一人はいる。苦境でしんどい思いをしているあなたは一人ではなく、あなたが守ろうとしている輝きは一つじゃない、ここにもあるのだ、と言いたかった。
朗読劇の物語は、わたしがあのときヨウへの手紙を書かなくても、同じように展開しただろう。
しかしだからなんだというのか?
そこで重要だったのは、わたしは誰かの救いになれるかもしれない、という「勘違い」ができたということだ。
そしてその勘違いは、Aqoursぬまづフェスの核にあったことだ。
Aqoursぬまづフェスにおいて、イベントへの参加者は「助っ人」と呼ばれていた。それ以前の脱出ゲームにおいてもそうだった。Aqoursと同列の「スクールアイドル」でもなく、劇中の「フェス」を運営する「浦の星女学院の生徒」でもなく、ただ通りすがりでフェスを手助けすることになった「助っ人」だ。
フェスも脱出ゲームも、助っ人ひとりひとりの行動がなくても、劇中の物語は進行しAqoursはなんらかの成功を遂げる。だから「助っ人」なる呼称は概ね欺瞞だ、と言ってしまえるかもしれない。
繰り返すが、問題は、「助っ人」の側の勘違いにある。確かにフェスは一人ひとりの行動に関わらず「成功」する。イベントの向こう側、フィクションの側には変化はない。しかしフェスによって、「助っ人」の側は大きく変化する。豊かに作り込まれ、多彩に分岐する無数の小さなイベントを経て、助っ人たちは百人百様の「助っ人」体験を送る。人によって、そう、わたしのような人間は、その体験から多くのことを汲み取る。フェスのあと、それまでと同じようには生きていけなくなる。この点でフェスは世界を変えている。わたしが当時あれだけフェスに熱狂していたのは、フェスの側の輝きに魅せられたからだけではないのではないか。自分が「助っ人」として誰かを助けうることに、助けたいという気持ちを持ちうることに、そしてその喜びを共有できるかもしれないAqoursのファンが、フェスの会場に詰めかけていることに心を沸き立たせられていたからではないか。
そう簡単に自分にも他人にも失望しなくていいのだ、と思えたからではないか。
わたしの人生は輝いていないように思える。Aqoursのステージや、フェスのようなたぐいの輝きを世界に現出せしめることは到底できそうにない。しかしフェスをこのように「助っ人」の側から振り返ったとき、真に重要だったのは輝きの側ではなく「助っ人」の「勘違い」のほうだったのではないか、と思うとき、わたしのこころは安らぎ、力づけられる。
朗読劇『幻日のヨハネ』を鑑賞しながら、わたしは、まだわたしのなかに「助っ人」になれそうなものが残っているのを見つけることができた。ただ、その日のうちには、まだそれがフェスの「助っ人」の気持ちにつながるものだとはわかっていなかった。
4月、いよいよAqoursの最後のライブが近づきつつあるという実感が迫ってきたころ、池袋サンシャインシティでAqours9周年の展覧会*5が行われた。ライブの衣装や、アニメ劇中の場面を再現したセットなどが展示されるという。2020年から21年にかけて、コロナ危機下で開催された5周年展示会のことが思い出されるイベントだ。当時、新型コロナ感染症への危機感から、イベントごとへの参加を極力抑えていたわたしは、沼津・横浜で開催されたこの5周年展示会に参加しなかった*6。いまでもその判断は妥当だったとは思っているが、思い返せば寂しい気持ちになる。「勇気」をもって出かけられなかった自分を責めてしまいそうになる。あのころ、行動を選ぶことも、行動しないことを選ぶことも、いずれもがそれぞれの「勇気」だった、と思いはすれど。
だから9周年展覧会へ出かけることはわたしにとって二重の意味があった。現在のイベントに参加することと、過去のイベントへの後悔を解消することとのふたつだ。わたしは喜び勇んで出かけた。
9周年展覧会は、フィナーレライブを間近に控えたAqoursの活動の振り返りだけでなく、劇中のAqoursの、特に廃校阻止とその失敗についてを思い返させる内容になっていた。展覧会の入口にはラブライブの優勝旗が飾られており、最も奥のエリアには、廃校となった浦の星女学院のジオラマと、劇中で廃校を迎えるAqours9人が口にする独白が飾られている。
そのあたりの展示を眺めたあと、感傷的になっていたわたしの近くで、やや耳にうるさい大声ではしゃぐ若者たちがいた。何やら通路の壁を覗き込むような姿勢で写真を撮っている。若いファンがいるのはコンテンツの状況としてはありがたいけど、もうちょっと周りへの気づかいも持ってほしいもんですね…などと古参らしい思いにふける一方、好奇心に動かされて彼らがスマートフォンを構えていたあたりを見てみると、通路のつなぎ目のようなところに、QRコードが貼られていた。
一見、展覧会の運営業務に使われているものかと思われたが、のちにTwitter上でも明らかにされている通り、これは展覧会の隠し要素として会場内に意図的に掲示されたものだった*7。読み込むと、Aqoursの各メンバーのグラフィックをダウンロードすることができるうえ、一文字ごと書かれた言葉をつなげるとひとつのメッセージになっている。その通路のQRコードを読み込むと、渡辺曜のグラフィックが表示された。…じゃあ、残りは少なくとも8ヶ所あるじゃないか。見つけねばならない。
わたしは仕事帰り、閉場一時間前に入場したので、この時点で残り時間はさほど残っていなかった。スムーズな閉場のためか、会場内を巡回する運営スタッフたちはさかんに、20時で閉場となる旨を呼びかけてくる。制限時間のある中で、謎を解く。これではまるで脱出ゲームではないか。
——いや、そうだ、まさに『ラブライブ!サンシャイン!!』の作り手たちは、Aqoursのフィナーレ直前というこの感傷の涙にずぶずぶに溺れてしまいそうなタイミングで、「もっと遊ぼうぜ!」と言わんばかりにこのゲームを仕掛けてくれたのだ。かつての脱出ゲームや、Aqoursぬまづフェスのときと同じように!! そう悟ったときのわたしは満面の笑みをたたえていたと思う(われながらきもい感じだろうな~と思いました)。
楽しい出来事はかさなっていく。時間を意識して急ぎ目に、しかし周りの客を妨げないように必死に心を落ち着かせながら、残りのQRコードを探すなかで、同じようにQRコードを探しているお客さんに話しかけてもらえたのだ。偶然にも、わたしたちはふたりとも、高海千歌のコードだけを見つけられないでいた。その時点でふたりとも、場内をそれなりにじっくり見回っていたから、千歌のQRコードの発見はもはや難しいか、とも思われた(お互いの姿がしばしば目に入っていたから「同じ状況だな」とわかったわけで)。あえなく激励するのみで別れたわたしたちだったが、実に幸運なことに、その後、わたしのほうが先に千歌のQRコードを見つけることができた。場内をすこし回って、件のお客さんを探す。ぜひ千歌のコードを見つけてほしいが、場所をそのまま教えるような無粋なことはしたくない。わたしは慎重に話しかける。——おつかれさまです。見つけちゃったんですが、そのまま教えちゃうのはもったいないですよね。だいたいあのあたりのエリアなんですが…
しばらくのち、そのお客さんは満足した表情でまたわたしに声をかけてくれた。無事に見つけられたという。わたしたちは、見つけづらかった苦労と焦りと、コンプリートできた喜びとを共有して、笑顔で別れた。
歩み去っていくその方を見送ったあと、いっそう人の少なくなった場内をまたうろうろしながら、わたしは思った。
わたしはまた、「助っ人」になれたじゃん。
その発見は、わたしの心を暖かくした。そして、助っ人であることが、朗読劇やAqoursぬまづフェスにおいてなによりわたしの心にとって大きなことだったのだ、という再発見を促した。自分自身が輝けなくても、その輝きの近くにいられなくとも、ときどき、誰かの小さな助けになれたという確信を持って生きられたなら、それだけでわたしは十分に嬉しいのだ。
わたしはもう一度、「助っ人」という観点から、Aqoursを、『ラブライブ!サンシャイン!!』を、自分の人生を、眺め直していけばいいのではないか。そこにはなにかがある気がするように思われた。
例えば、「助っ人」として見いだせることの一つに、Aqoursぬまづフェスの「失敗」がある。
フェスが「開催」されたのは2022年5月13日から6月5日のあいだの9日間で、この間のフェスはすべて「成功」している。イベント内の物語では、開催が危ぶまれるも、浦の星女学院の生徒、助っ人、Aqoursの協力によってフェスは「成功」した。
しかし現実のイベントとして、フェスは明確な「失敗」をしている。当初予定されていた6月10日、11日、12日の3日間の前売り枚数が少なく、事前に中止されたのだ*8。
助っ人としてのわたしたちはそれを知覚しているが、開催されたフェスの真っ最中にその情報を開示しても意味がないし、何が変わるわけでもない。しかし、その日程短縮を知った助っ人は、その分、イベントに熱心に参加しただろう。その熱心さは、確実にイベントの盛り上がりに寄与し、フェスの価値を高めたはずだ。
『ラブライブ!サンシャイン!!』のアニメの物語に則して考えると、フェスが開催された時点ではおそらくまだ、浦の星女学院の廃校は決まっていない。いわば、高海千歌たちの「失敗」の経験値はまだ小さい。廃校の確定という取り返しのつかない「失敗」を超えてなお、ラブライブ全国大会に出場したAqoursはその年の大会で最も輝く存在となる。フェスに参加していた助っ人たちが「失敗」を経験したうえでフェスを「成功」させた熱意は、間接的に、Aqoursと浦の星女学院の生徒たちがのちに廃校を経てなお輝く未来を後押しできたのではないか。
助っ人は、失敗の苦みを知っているからこそ、輝く人々を助けることができるのではないか。
もちろん順序は逆で、先にAqoursの廃校までに至る物語が語られ確定しているのであって、助っ人がその物語に介入することなどありえない。Aqoursぬまづフェスとは、その確定した物語に後付けされた挿話であり、参加した数千人のAqoursファンのうちの一人が「わたしがAqoursの未来に影響を与えた」などと言い出すのは妄想でしかない。
だが物語を受け取るという行為にはそもそも、そうした本来その物語自体には内包されないものを勝手に生み出し、付け加えていくことも含むのではないかともわたしは思う。
自分がAqoursを救ったと大声で喧伝することはできない。でも自分の心に、お前は確かにあのとき「助っ人」だったのだと語りかけることはできる。Aqoursにはできないことをして、Aqoursを助けたのだ、と。そこで感じる小さな喜びを糧に、またわたしは誰かの助っ人になれるよう、日々を生きる。
思い返してみれば、『ラブライブ!サンシャイン!!』の最初のヴィジュアルで高海千歌の叫びのように書かれていたあの「助けて、ラブライブ!」というキャッチフレーズ自体がファンへと投げかけられた言葉であり、あのときからわたしたちAqoursのファンはみな「助っ人」として呼びかけられていたのではなかったか。
この文章を書き始めてから書き終えるまでに、三年かかってしまった。そうこうしているうち、Aqoursは、9人全員で行う最後のライブを迎えようとしている。
わたしはずっと、Aqoursの「助っ人」として生きてきたのだ、とこの10年を言い表してみる。
助けるという行為には、しばしば、傲慢さが伴う。人は、助ける・助けられるの関係に、上下の関係を重ねてしまいがちだ。「助けられる側は、助ける側よりも弱く、劣った存在だ」という勘違いを、助ける側も助けられる側も抱いてしまう。傍観する人間は一層強くそういう勘違いをする。誰かを助けようとした人間が偽善だと非難され、助けられるような弱い立場にいる人間は自己責任でそうなったのだから放っておけばよい、と決めつけられる。そうした情景はわたしを臆病にさせる。誰かを助けることは、誰かに助けてもらうことは、とても難しいのだと思ってしまう。
だが、自分がAqoursの「助っ人」として生きてきたときを思い返せば、そのような臆病な気持ちは少しずつ減っていく。Aqoursはとても強かったし、わたしはとても弱かった。それでもAqoursは大声で助けを求めたし、わたしは助っ人としての時間を一生記憶に残るくらい楽しく、と同時に多くの学びを得て過ごした。助ける側と、助けられる側の関係は、そんなに単純なものではないのだと思う。そこにはたくさんの感情がいきかう。手を差し伸べて、握り返すとき、わたしたちはとても複雑なものをやりとりしている。
だから、もっと気軽に手を差し伸べていいのだと思う。誰かを助けられる、と思ってしまっていいのだと思う。これからも、自分はまた「助っ人」になれる、と思ってもいいのだ。
Aqoursのフィナーレライブを観ているあいだ、自分は心安らかにいられるだろうか。
彼女たちの「助っ人」であったことに自信をもてるだろうか。
フィナーレライブを観た日が、また自分の生み出す不安のなかに埋もれていく始まりの日にならないだろうか?
わたしは自分に言い聞かせるしかない。自分は確かにAqoursの助っ人だったし、これからも誰かの助っ人になれるのだと。誰かの助っ人であるかぎり、自分は自分のことを救い続けられるのだと。
助けてと手を振る高海千歌へ、ずっと手を振りかえし続ける。そうやってこれからも生きていくのだと。
♪ ♪ ♪
この文章をおおむね書き終えた状態で参加したフィナーレライブの初日の夜、ふたたびSCRAPがAqoursのイベントを手がけることが発表されました。
ラブライブ!サンシャイン!!✕SCRAP 『沼津ナゾトキ街歩き 〜僕らの永久hours〜』
https://realdgame.jp/s/aqours_numazunazotoki/
またSCRAPのつくる物語のなかで、Aqoursの「助っ人」になれるなんて思いもしていなかったです。
ただひたすらに嬉しい。
*1:正式名称は「「輝け!Aqoursぬまづフェスティバル in よみうりランド」
*2:https://tegi.hatenablog.com/entry/2022/05/14/013532
*3:手紙も大事だけどメンタルヘルスの専門家によるケアもしてあげて!!とは思った。
*4:このときに念頭にあったのは、Aqoursとあわせてこの十年ほどのあいだずっとわたしの背中を押してくれている、声優の山村響さんのことだ。彼女のライブに参加する際、わたしは手紙を書く。誰かの手紙を受け取ることではなく、書く行為がわたしにとって救いになっている。今考えてみれば、朗読劇のヨウもまた、父親への手紙を書くことで救いを得る。あの幕間のとき、ヨウへの手紙に、もっと手紙を書くことの素敵さを書き込めればよかったなと思う。
*5:「ラブライブ!サンシャイン!! 9th Anniversary Grand Showcase ~永久memories~」
*6:他のファンが集まるのはよいとして、自分は身体が弱く感染しやすいし重症化しやすいと思われた。また家族や仕事先にも高リスクの人間がいるため、自分を媒介にして感染が拡大することを避けたかった。