■6月21日(土)
朝起きて体調がよいことに安堵した。実は前の週末に風邪をひき、週の初めは仕事を休んで寝込んでいたのだった。
熱を出しながら、「まあ配信もあるから…」と考えていた。加えて、「行けないならそれはそれで気楽だな」と思った。あとから考えればとんでもないことだが、でもそういう、Finaleライブの重さから逃れたいという気持ちがずっとあることは確かだ。
週の前半がつぶれたぶん後半の忙しさが増したものの、日付が変わるまで仕事をするような羽目にはならなかった。μ'sのファイナルライブのとき、わたしは長く大きな負荷のかかる仕事を抱えており、最初からライブ参加を諦めていた。ライブビューイングにも行かず、仕事場に残って一人作業をしていた。
偶然、AqoursのFinaleライブの直前に、また当時と同じタイプの長く大きな負荷のかかる仕事がちかぢか始まることが決まった。仕事のピークは今年の年末から来年にかけてになるだろう*1。Aqoursのフィナーレにかぶらなくてよかった、と思った。と同時に、今の自分なら、うまく仕事を調整し、周りに手伝いを頼み、なんとかライブに参加できたのではないかなとも思う。買いかぶりかもしれないが。少なくともμ'sのときのように、最初からチケットの入手自体を諦めることはなかったはずだ。そのように今の自分を信じてあげたい。
21日の午前中は、ブログの記事を書くことに費やした。「2024年に聴いてたいい音楽のこと」というタイトルで、昨年の好きな音楽について語り倒したものである。年が明けて半年も経過していたが、筆頭にAqours『永久hours』を挙げている以上、Finaleライブ以前に記事を公開する必要があった。
これと並行して、もうひとつの記事も書いていた。22日に公開した「さよなら、Aqoursぬまづフェス」という記事だ。これは2022年のAqoursぬまづフェス終了以降ずっと書いては直し書いては直しを続けていた。これもFinale前に公開したい。しなければならない。
どちらの記事も、自分のなかの様々な気持ちを端々まで整理し確認することでようやく書けた。このおかげで、Finaleライブに参加する心が整った。Finaleライブまえの数ヶ月のあいだ、ツイッター上で開催されていた「みんなでAqours同時再生会」*2のように、過去のライブを振り返ったり、Aqoursキャストの動向や発言を追ったりすることに時間を割くべきだという気持ちもあったが、それは置いておいて、自分のなかの整理に時間をかけた(とはいえ同時再生回のTLを眺めていると昔の記憶が蘇ってきてすごく楽しかった。開催されていたファン有志には心から感謝したい)。ライブの数週前から連続公開され話題になっていた、RealsoundのAqoursキャストリレーインタビューですら読んだのは記事の目処が立ってからだった。
自分にとって、Aqoursを追いかけ応援することと、ブログを書くことは不可分だった。様々な準備のことを考えればライブ当日までやるべきことではなかろうが、今書きたい文章を書き尽くさなければAqoursのFinaleライブには参加できないという気持ちがあった。結果として書き切ることができてとても嬉しかったし、リラックスした気分でライブに向かうことができた。行き帰りの電車の中で読んだ、ほかのブロガーたちの記事は格別の味わいがあった。
「ラブライブログアワード」*3を中心として、ラブライブ!のブログ(Twitterを含め)を書いているオタクの人たちとの記憶は、Aqoursのライブと同じくらいに大事なものだ。今はもう関係が途切れた人が大半ではある。しかし届こうが届くまいが、感謝の言葉を言わせてほしい。ありがとうございました。
♪
そのようなことに時間を費やしていたので、ライブ初日に家を出たのは、本来の予定よりかなり遅くなってからだった。自分の心は整理できたので、すがすがしく余裕のある状態で会場に向かえたのだけど、客観的には時間の余裕がない状態だったわけで、年相応の計画的な行動ができなかったことを恥ずべきだろう。初めてライブに行く若者じゃないんだからさ。
実際この日のわたしの姿勢はたいへんよろしくなかった。なにせ、開演まで残り一時間強というタイミングで西武多摩湖線の終点である多摩湖駅に到着したわたしは、ベルーナドーム方面へむかう西武山口線の混雑ぶりをみて「この人混みのなかに入るのはちょっとしんどいな。歩けそうだから徒歩で向かおう」と思ってしまったのである。Googleマップは確かに多摩湖駅からベルーナドームまで徒歩で約25分程度で到着できる旨を示していたが、それはあくまでドームの敷地の一番近いポイントにたどり着ける時間、ということだったのだ。会場内への正しい入口は違うポイントにある。ライブの際のドームというのは入口を一箇所に制限しており、主要な入口のあるエリアとは反対側となる多摩湖方面から敷地内に入れるわけがないのである。お前何回ベルーナドームへ行っているんだ(たぶん6回くらい)。
日傘と帽子とたくさんの水分栄養分と歩きやすい靴、と炎天下への対策がなまじ充実しており長時間の歩行に耐えうる装備だったので、厳しいルートへ踏み出すハードルが下がってしまっていたのもよくなかった。
結局ベルーナドームの入口(チケットを確認している場所)に到着できたのは開演の15分ほど前であった。間に合ったとはいえ、開演直前の場内の人の流れに負荷をかけてしまったことは確かだ。この日は開演が予定時刻から少し遅れたように記憶しているが、その原因の何千分の一かはわたしだったかもしれない。他の観客とキャストとスタッフのみなさん、大変申し訳ありませんでした。
場内に入ったわたしは早足で最も空いているトイレに向かった。このころにはベルーナドームでの過去の記憶を必死で引っ張り出し、空いているトイレを最短ルートで目指すなどの行動が可能となっていた。席に着いたのは開演5分くらい前だったと思う。
事前に電子チケットの表示を見て、Aqoursのライブで初めてアリーナの席を得たことは入場前にわかっていたが、詳しい配置は調べていなかった。手元の席番号と場内の案内表示を見比べながら進んでいくと、わたしは最前列の席にたどり着いてしまった。
わたしは心底驚愕した。席がステージの目の前、会場内で最もAqoursに近い場所のひとつだったのである。
♪
さてここで最前列からAqoursを観ることについて語る前に、かつてわたしが書いた一文を読んでいただきたいと思う。
Aqoursとは遠く離れた場所に立っているとしても、11話の梨子のように、輝きをつかむことができるかもしれない
これはかつて自分がAqoursのイベントに参加できなかった悔しさを受け止め昇華するために書いた文章のなかの一部だ*4。このとき半ば強がりで書いたことをわたしは今も信じている。ステージからの距離と、自分がそのステージから受け取るものの量は比例しない。Aqoursからどんなに離れて遠くにいても、Aqoursのことを考え行動することで、その距離は無効化できる、と。
ステージに近かろうが遠かろうがライブの楽しさや感動の量が変わるわけではない、とも思う。良席が取れないからといってファンとしての格が落ちるわけじゃないし、最悪、ライブに参加できなくてもAqoursのファンとして何ら欠けるものではない。どんなに良席に座れたとしてもそれはその観客を評価するものでもなんでもない。席の場所は単なる抽選の結果でしかない。抽選に外れライブに外れたとしてもそのファンが抱く「Aqoursが好きだ」という気持ちが否定されるわけではない。われわれはつい席の良し悪しに日頃の行いとか「オタクとしての徳」みたいなものを重ねてしまうがそんな考えは無意味である。冗談として口にするのはよいがおたがい真に受けてはいけない。
そう。
こんなことは真剣に考えてはいけない、と自分でも思うんですけど。
Finaleライブ初日、最前列の椅子からライブを観ているあいだ、自分はこう考えることを止められなかったのであった。
「わたしのファンとしての生き方、間違ってなかったのかもしれないな…」と。
わたしはもう5年間以上沼津に行けていないし、Aqoursの活動もきちんと網羅できていない。ほかにも、Aqoursに対して負い目を感じることがたくさんある。
周りがどう言おうとわたしは自分自身のそういう至らなさを忘れることができない。しかしそんな自分でも、こんな大事なライブを、Aqoursのすぐ近くで経験することを許されるのなら、それは自分の今までのAqoursファンとしての生き方が間違っていなかったからではないか。ラブライブ!の神というものが存在するならばわたしは神に許されたのではないか?
まあ、そんなわけはない。
しかし最前列で体験するAqoursのライブはわたしを心の底から幸せにした。
♪
トロッコで場内通路を練り歩く演出の際などにも感じ取れることだが、近くで観るAqoursは小さい。こんなに小さい体格の人たちが、あの大きな舞台で踊り歌っているのか、と毎度驚く。そういうAqoursの小ささを実感するたび、かれらが自分や自分の周りにいる知人たちと同様にただの人間なのだ、と実感する。
わたしはついAqoursをとてつもなく偉大な人たちだと思ってしまう。確かに偉大な人たちなのだが、わたしと「違う人」だというわけではないはずだ。かれらはわたしと同じ人間だ。同じスケールの世界に生きており、わたしたちの間に蟻と象のような違いはない。似たような弱さ、似たような強さをもって、約10年のあいだ、わたしたちにたくさんのすばらしく美しいものを届けてくれた。その事実を今一度噛み締め、Aqoursとかれらを巡る状況への愛おしさを募らせる。近くでAqoursを観ると、そういう気持ちになる。
「Aqoursも人間なんだな」という感覚は、近い距離だとはっきり見える、ごく短い時間に行われる、小さく瞬間的な判断や迷いを目にすることでも強く実感する。曲の合間の移動や、他メンバーが話しているときなどに、常に行われているたくさんの小さな判断と行動。人は一瞬一瞬の判断と行動で形成される。おそらくは分・秒単位で進行の決められたライブにおいて、ライブの本筋には影響しない、照明の外で行われていることをも目にできるのは、今回のわたしのような場所にのみ許された僥倖だろう。ダンスのポジションにつくときに一瞬ステージの床を見やる視線や、言葉を選び発する直前の肩の緊張といったものがずっと目に入ってくる。そういうものをずっと目にしているから、そのあとに歌われる歌にも、発せられる言葉にも、より大きく感情を動かされる。
とはいえそういう人間としてのゆるさみたいなものはできるだけ外部に見えないように制御されていて、どんなにステージに近い場所からとて、わたしが一番多く受け取ったのは、Aqoursの9人の職業人として整えられた魅力であったことは言うまでもない。
ライブの進行に従ってわたしの眼の前で歌い踊るメンバーは都度変わっていったが、いちばん長く私の眼の前にいたのは小林愛香さんだったと思う。今更ながら、ライブ中何度も「これは好きになってしまう…!」と嘆息し危機感を覚えた。まあもうすでに好きだけども。
小林さんに限らず、Aqoursは隙あらば客席とのコンタクトを取ってくれる。偉いのは前のエリアだけに偏らないようにしているように思われることで、アイコンタクトや手を振るといったアクションは幅広いエリアの観客たちへ投げかけられていた。最前列とはいえ、わたしが確実に「あ、小林さんが自分のことに反応してくれたな」と思えたのは一度だけである。何度目かの曲の合間で、水分補給しようぜ!という感じの話題のときに目とモーションを合わせてくれたように思う。いやまあこれも勘違いかもしれませんが。
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小林さんの次に自分の席の近くでパフォーマンスしていたのは、高槻かなこさんだった。AZALEAのファンであるうえ、国木田花丸さんのすすめる本をひたすら読むということをしている*5ので花丸と高槻さんにはもとから思い入れがある。Aqoursのキャリアの後半において、彼女が心身の不調により何度も休業を余儀なくされていたことも忘れられない。
初日の高槻さんは、たしか、エモーショナルすぎることは言わない、と最初に断りを入れていたと記憶している。二日目のMCにおいてもそういう冷静さは続いていた。少し話は飛ぶが、二日目の最後に、これからの目標として、もしもって思わない、あのときああしていたら、言葉にしていたらって思わない、といったことを仰っていて、わたしはこの言葉に感動すると同時に、とてもよく考えられた挨拶だな、と思った。
後ろを振り返った言葉は、誰のためにもならないことがある。AZALEAのステージを複数回欠場してしまった高槻さんに対して、一定数のファンがネガティブな感情をもっていることは否定できない。しかしその感情の慰撫は彼女の負う責務ではない、とわたしは思う。病を抱えた人間は自責の苦しみから遠ざけられているべきだ。ファンが自身の気持ちを整理するには、現在発信されている情報や言葉だけで十分ではないか。そして、AZALEAの三人の間のことは、本人たちに任せられるべきだろう。だから高槻さんはもう過去について何も言わなくていい、とわたしは思うのだ。なにか言ってしまえば、この、何も言わなくていい状態のバランスが崩れてしまう。ファンの側に解消されない感情があったとしても、それはそれぞれで整理していくほうがよいとわたしは思う。終わりはないかもしれないけれども、そういう明確な答えのない営みから生じるものもまたあるのではないか。
ともあれ、高槻さんの最後のあいさつにおいて、過去にとらわれないようにあろうとし、しかし過去を否定するわけではない言葉が選ばれたことに、わたしは安堵した。Finaleライブ後の彼女の活動ぶりにもそういう態度は現れているようにわたしには思われる。これからも元気で楽しく生きていってほしい。
高槻かなこさん/国木田花丸さんがセンターをつとめた『未体験HORIZON』は、センターステージで歌われた。自分は後ろを振り返って、その日の自分の体験のなかでは珍しく遠く離れたところにいるAqoursの背中を観た。センターステージから離れた自分の周りでは、多くの人がセンターステージを直接観るのではなく、メインステージ上の巨大なスクリーンに投影されたAqoursを観ていた。わたしはたとえ遠い距離を介しても、小さく見えたとしても、自分の肉眼でAqoursを観たかったから、しばらくはそのまま振り返ってAqoursを観ていた。後ろの席の人に、振り返ったわたしの顔をずっと見せるのも申し訳ないから、我慢して前に向き直ったけれども。
曲のクライマックスで、場内の中空に、輝くたくさんの何かが射出された。それが金色の蝶をかたどった銀テープだと知れたのは、しばらくあと、少し離れた通路沿いに座るファンが、通路沿いにたくさん落ちたそれを拾って周囲のファンたちにわけてくれたおかげだった。
ライブは、ステージの上のAqoursと、自分、それに会場のなかのたくさんの誰かによって形作られるのだと改めて思った。
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ライブの詳細について、はっきり覚えている部分も確かにあるが、ほとんどのことをわたしは忘れてしまっている。Aqoursのみなさんによる挨拶の言葉も、一言一句聞き漏らさないように集中して聞いていたにもかかわらず、はっきり覚えているところは少ない。わたしはもともと記憶力が弱い。帰りの電車のなかで必死にメモを取ったけれども、その帰り道の時点ですでに覚えていないものも多かった。
初日に逢田梨香子さんが喋ったことはほとんど覚えていない。その日、最も心を打たれて、ぼろぼろに泣いてしまったのだが、詳しい記憶がない。ごく一部、そのときそのときで伝えたいことを伝えてきた、という話だけは印象に残っている…と、当日のメモに書かれている。とても逢田さんらしいと得心したからだろう。自然体で言いたいことを口にしているという印象があるにもかかわらず、すさんだ雰囲気はもたらさない。それがAqoursや『ラブライブ!サンシャイン!!』全体の風通しのよいたたずまいにもつながってきたのだと思う。あのとき彼女の言ったことに滂沱の涙を流して、かつすっかり忘れている自分も、その風通しの恩恵を受けたのだ。
ただ、今でも鈴木愛奈さんの挨拶はしっかり覚えている。…と思っていたが、当時のメモを確認すると、実際には二日間の内容を一緒くたにして覚えていたようだ。初日は自己肯定感の低さについての話、そして二日目は自分の暗い学校生活の話。なぜ一つながりにして覚えてしまっていたかというと、彼女の話は翌日の冒頭のコール&レスポンスとつながって一つの大きな感動としてわたしの記憶に定着していたからだろう。
というわけで、二日目の話に移ろう。
♪♪♪
■6月22日(日)
この日の午前中、わたしは前日に用意していた記事をブログに投稿した。前述の通り、「さよなら、Aqoursぬまづフェス」と題した記事で、2022年のイベント「輝け!Aqoursぬまづフェス」をめぐる個人的な経験と思いをまとめたものだ*6。ここに書いた通り、自分はAqoursぬまづフェスほか、SCRAPによって作られたAqoursのイベントに並々ならぬ思いを抱き、こじらせてきた。しかし約3年のあいだぬまづフェスについて考え、Aqoursに関する様々なことをぬまづフェスを頭に置きながら経験し見てきたことで、わたしはある答えのようなものを見つけることができた。今もAqoursぬまづフェスの記憶がもたらす寂しさと辛さはあるが、自分の記事を読み返せば、その答えのようなものを確認して少し心が癒やされる。
Finaleライブ初日の公演の終わりに、そのSCRAPによる新たなイベント『沼津ナゾトキ街歩き 〜僕らの永久hours〜』の開催が発表された*7。今思い出しても、なんということだろう、と思う。AqoursのFinaleライブが行われていることは淋しい。SCRAPの新しいイベントだって、Aqoursの一区切りを受けてのものだろう。それでも、その発表を聞けてわたしは本当に嬉しかった。
昨日の良席といい、沼津ナゾトキ街歩きの発表といい、自分とAqoursのあいだに大団円が訪れつつあるというような感覚があった。わたしは前日よりは時間に余裕をもってベルーナドームへ向かった。もちろん多摩湖駅から歩くことはせず、素直に西武山口線に乗って、だ。
二日目の席は、スタンドの中ごろより少し後ろめ、メインステージに向かってやや左側の席だった。前日の自分がいたステージ左寄りの最前列の席から、アリーナすべてを飛び越えてずっとまっすぐ後ろに下がっていったあたり、という感触だ。
ステージは遠く、最後のライブが終わる前に、もう自分とAqoursの距離が開いてしまったという感覚を覚えた。自分とAqoursの間の距離は、明日以降、今の自分とステージの間の距離以上に開いていく。だが、その感覚はさほど苦しいものではなかった。自分はこの遠さを受け入れられる、と思った。
時間に余裕があったので、ドーム場内の売店も見て回ることができた。あまり人の並んでいないブースで、抹茶シェイクを買った。抹茶好きな黒澤ダイヤさんにかこつけたセレクトだ。最後の最後に、自分が一番好きな人にまつわるオタク的消費行動ができてよかったと思った。
客席でシェイクをすすっていると、場内に波の音が響き始める。抹茶シェイクの容器を足元に片付けて、わたしは、ステージの上にあらわれる小宮有紗さん/黒澤ダイヤさんの姿を見つめる。
ダイヤさんはベルーナドームのステージ上につくられた砂浜に「Aqours」と書く。『ラブライブ!サンシャイン!!』アニメ一期の劇中で、回想として描かれたシーンを模して。アニメのなかのダイヤさんが「Aqours」と書くのはかつて自分と親友たちが結成したアイドルユニットをもう一度蘇らせるためだ。今ステージ上の小宮さんは確かにそのダイヤさんを模してAqoursと書くが、彼女は『永久hours』の衣装を着ており、そこに現れるのはアニメの回想とは全く異なる風景である。
一見それは「Aqoursの始まり」のように見えるが、違う。
そもそもアニメのなかのダイヤさんの行動も、かつてあったAqoursの再起を意図しているのであって、「Aqoursの始まり」ではない。正確に言えば、それらの景色は、すべて「Aqoursの再びの始まり」である。
Finaleライブは「再びの始まり」で始まる。それは二日間繰り返された。
ならばまたいつの日か、「再びの始まり」があってもいい、と今のわたしは思う。素敵なことが何度あったっていいじゃないか。
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前述の通り、二日目冒頭、ライブスタート時のおなじみのコール&レスポンスパートでの鈴木愛奈さん/小原鞠莉さんのことを書き記しておきたい。いつもの通りに会場に「シャイニー」と言わせるとき、鈴木さんは、今まで一番美しい声で、と指示した。そして返された会場のファンからの大声の「シャイニー」を聞いて、彼女は、美しい、と褒めたのだった。コーレスをやり直そうと思ってたけど、本当に美しかったからOKだ、と微笑んだ。
わたしはルーティンとして繰り返されるコーレスの細部を覚えていないから(自分は本当に覚えていないことばかりだ)、このやり取りも過去何度もなされてきたことなのかもしれない。しかしなんにせよ、人を大きな度量で褒め称えるありさまがとても鞠莉っぽくて、前日の鈴木さんのあいさつからのつながりを感じて泣けてしまったのだった。自己肯定をできなかった鈴木さんが、鞠莉の力を借りて自分を肯定して、今度はファンたちも肯定する。なんて素敵なことなのだろう、と思った。
ここまで書いてきてはたと気づいたのだけれど、かつてμ'sのライブ映像を初めて観たときの「二次元の人物が現実の世界に現れていることへの感動」を、今の自分はほとんど意識していない。ステージの上にいるAqoursは鈴木愛奈さんであり、小宮有紗さんであって、小原鞠莉や黒澤ダイヤだ、と誤認しうる認識のゆるさは自分のなかに残っていない。もう10年間もかれらを観てきたのだから、かれらがスクリーンのなかの人物とは違う人間だとわかりきっている。
今でもかれらはすさまじい努力をしてMVのなかのキャラクターのモーションを再現し、高レベルな「シンクロダンス」を行っている。Aqoursを今まで観たことのなかった人は、まずそのことに驚き感動するだろう。それは変わっていない。
変わったのはわたしのほうで、そのことを意識しなおしたほうがよいなと思う。自分がかつて深く感動した、二次元のキャラクターを現実世界へ呼び込もうという作り手たちの意思と実践はいまも熱意をもって続けられている。それを軽んじたいわけではない。例えば今後Finaleライブの映像を見るときは、改めてそのシンクロダンスの細部を楽しみ、驚きたい。
しかし残念ながら自分にはもう、「二次元の人物が現実の世界に現れている」ことの力が信じられなくなっているのだろうと思う。理想化されたキャラクターたちが現実に現れるなら、彼女たちの体現する理想(夢をかなえること、お互いに信じ合うこと、歌と音楽が世界を変えること…)も現実に起こるはずだ、と信じられなくなった。
新たに信じられるようになったこともある。シンクロダンスはシンクロしているから価値があるのではない。どんなにシンクロしたとしても映像のなかの人物とステージ上の人物は異なる。それでもより緻密に美しくシンクロし、映像のなかの人物へと近づこうとするキャストの意思や、そこに両者の合致を見出す観客の感動にこそ価値がある、と今のわたしは思う。叶わないとしても、理想を目指して走り続けることに意味はある。鈴木さんが、自分と観客を肯定する力を得たように。
♪
『ラブライブ!サンシャイン!!』のアニメーションの物語は、わたしが永遠にたどり着けない理想のものとしてスクリーンのなかにありつづける。
しかしその映像もまた、作り手たちが理想を求めながら彫琢し、叶わないことを飲み込みながら作り上げてきたもので、100%の理想形ではないはずだ。ずっとその姿を見つめ続ければ、やがて表面のでこぼこが見えてくる。
ある作品と長期間向き合い、作り手のことを調べ、考え、自分の考えを文章にし、また作品を見返していくと、ただ理想のものとして観ていたときには受け取れなかったものを受け取れるようになる。作品はただその作品だけで鑑賞者にたくさんのものをくれるけれども、それを作った人たちのことを視界にいれると、より豊かな背景のなかでその作品を鑑賞できるようになる。作品がひとつの結節点として、自分と世界のあいだにバイパスを形成してくれる。作品は、作り手たちが世界中から引っ張ってきた何億もの光ファイバーが束ねられてできあがる一つの発光体のようなものだ。そうして世界は、輝いて見えるようになる。
『ラブライブ!サンシャイン!!』のアニメーションが新作として放映されていたころ、わたしが毎週アニメを何度も見返し、ブログの記事を書き綴ることで享受できたのはそういう体験だ。あれだけの熱意をもってフィクションに向き合えたのはあれが最初で最後だったと思う。
小林愛香さんが二日目の挨拶のなかで、Aqoursが長い年月活動するなかで、離れてしまったファンもスタッフもいる、という話をされていたとき、わたしが真っ先に考えたのは酒井和男監督のことだった。
Finaleライブの幕間に流された新規制作のアニメーションには、酒井さんは関わっていなかったようだ*8。そのことは猛烈に寂しい。酒井香澄さんとともに関わる『ガールズバンドクライ』に全力投球され続けているのだろうと思うが、『ラブライブ!サンシャイン!!』でやるべきことはすべてやりきったというふうに考えていらっしゃるのかもしれない、とも勝手に推測する。実際わたしも、じゃあ酒井和男の『ラブライブ!サンシャイン!!』でのどんな新しい仕事を見たいわけ?と訊かれたら答えられない。黙ってブルーレイを取り出して過去の映像を観ることにする。
でも、そういう優等生的態度とは別にですね、酒井和男のタッチで、沼津でぐだぐだしてるAqoursの日常とか、最新の映像技術とセンスで彩られたMVとか、いくらでも観たいじゃないですか~~~~!!とは思う。
しょうがないですね。好きなんだからね。
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こういう冗談めいた態度を取っていられるのも、Aqoursも『ラブライブ!サンシャイン!!』も、完全終了するわけではないことが明らかだからではある。Finaleライブと銘打っておきつつ(実際ちゃんとFinaleではあるのだが)、数日後、数週間後にライブではないけれどさまざまな活動の予定があるのはすごいことだ。
諏訪ななかさんが最後の最後の挨拶に至ってもまだ「終わり」の実感がわかない、と話されていたことにも、確かにな~、と共感するところがあった。たぶん諏訪さんはいつもそういう感じではあるのだろうなとは思うし、彼女の豪胆さとバランス感覚ゆえの平静ぶりと、わたしが作品側の運営姿勢によって平和な気持ちでいられるのとはちょっと違う話ではあるだろうが。なんにせよ、諏訪さんの、感慨でもなく無関心でもない、自然な態度は見習いたいと思った。
一方、降幡愛さんの挨拶については、過去を振り返り、区切りを迎え入れる内容ではありつつも、他の8人にはない「これからがある」という責任感を思わせる空気があった。AiScRreamに所属する降幡愛/黒澤ルビィとしては、『ラブライブ!』史上にない規模での世界的なヒットの真っ只中におり、9月にはライブイベントの開催も控えている。恐らくはその先、2025年末のテレビの音楽番組やイベントへの出演もすでに予定されているのではないか。
意図せずして『ラブライブ!』シリーズを背負って大舞台に登らなければならないことの負荷が心配になりはするものの、とはいえ降幡愛/黒澤ルビィがここまでの偉業を成し遂げていることに嬉しさが止まらない。趣味の悪いことですが、かつて黒澤ルビィさんのセンター総選挙の結果などをあげつらって不人気だとばかにしていた連中に「見る目ないですね~!!!!」と言って回ってあげたい。まあ別に『愛♡スクリ~ム!』の超特大ヒットがなくったって降幡さんの魅力は変わらずあるし、『ラブライブ!』シリーズにもたらしてくれたものはとてつもなく大きいのですが。
降幡愛さんの才覚というのは、浦ラジやオールナイトニッポンで発揮されてきた通り、共演する人や、ラブライブ!シリーズの他作品を、真摯さと愛とでバランスよく受け止めさばいていくところにあると思う。単に話がうまいというわけではなくて、対象の良いところを見つけて引き出したり、自分のなかで噛み砕いて表現したりすることを、真摯さと愛に満ちた手つきでさばける人なのだ。その才覚はきっと、どんな大舞台でも共通して通用するものだ。この記事を書いている時点ですでに9月のイベント「AiScReam presents TOPPING LIVE」は成功裏に終わり、出演した『ラブライブ!』各シリーズのファンからも非常に好意的に受け止められていたと思う。
自分は、『ラブライブ!』シリーズを楽しむことはもちろん、音楽を聴く楽しさについても、降幡愛さんからたくさんのことを教えてもらった。そういう人の歌声が世界中でさまざまなリスナーの耳を楽しませているのを見るのはたまらなく嬉しい。降幡さんはきっとこれからもそういう情景をわたしに見せてくれるのではないかと思う。
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ライブというのは、ステージ上のスターの姿だけでなく、自分と同じファンの姿を観る機会でもある。SNSの発達によってファン同士の相互認識は良かれ悪しかれ進んだとはいえ、生で姿を見ることのインパクトは変わらずある。
今回のライブでも、たくさんのファンたちの姿を見た。ライブを思い出すとき、わたしは彼らのことをも思い出す。
もはや定番となったファン企画「Aqours Rainbow」*9は、安定した運営ぶりで、大半のファンには自然なものとして受け止められていたのではないかと思う。こういうファン企画に縛られたくないという感覚もあるとは思うのだけど、(特定の誰かの発言として見聞きしたわけではないのだが)「そういうのがあるのはわかるし、まあやっときますよ、自分は自分で盛り上がるし」みたいな物わかりのよい雰囲気が醸成されていたのではないか。
二日目、その客席の「虹」が形成されていくとき、わたしの斜め前くらいの席に座る同世代の男性ファンが、周りに「色を変えようぜ!」というメッセージをひたすらボディランゲージで示しまくっていた姿には苦笑してしまった。最初は「やりましょう!」という感じの雰囲気だったのが、やがて遠くのほうでライトの色を変えていない人を目ざとく見つけては、手旗信号で交通整理する警官のように「変えて!色変えて!」と必死に(声には出さず)メッセージを送り続けていた。いやそこまでやらんでも…とは思いつつ、止める気にはならなかった。声も出していないし(声を出していても周りのアンコールの声にかき消されていただろう)、彼の気持ちもわかる。みんなで一緒に、Aqoursにきれいな景色を見せたかったのだろう。彼のことも、彼にどれだけ合図されてもライトの色を変えなかった(あるいは他のことで頭がいっぱいで気づかなかった)ファンのことも、わたしは愛おしく思う。
二日目の終演後、ベルーナドーム内の大通路を歩いていたら、すぐ隣を、沼津でとある小売店を営む店主さんが歩いていることに気づいた。自分と同じ業界で仕事をされている方であり、直接の面識はないけれど、その活動をSNSで追いかけ、とても尊敬している人だ。ライブのこと、これからのことを知人の方と話している声が周囲の喧騒のはざまに途切れ途切れに聞こえてきた。声をかけてみようかとも思ったけれど、混雑していたし、いつか必ず沼津でお会いできるだろうと思ってやめておいた。
沼津に行けば会えるのはAqoursだけではない。Aqoursのファンにも、Aqoursを通じて知ることのできたさまざまな人たちにも、会うことができる。ライブ会場に以前よりも一層増えたように思われる海外からやってきたファンの人たちや、自分とは異なる層(女性や子どもたち)の姿もまた、沼津でこれからもずっと目にできるのだろう。
帰りの西武国分寺線のなかでは、自分よりかなり若い男性ファンのグループに居合わせた。彼らの大半にとってAqoursはフォローしている声優のうちの一角であり、毎週のようにさまざまな声優のイベントに参加しているようだった。Aqoursよりも彼らの年齢に近いであろう、最近始まった『ラブライブ!』の他シリーズのキャストについて話すときのほうが、熱気がこもっているようにも聞こえた。Finaleライブという自分にとっては人生を画するような場であっても、Aqoursに対してそのくらいの距離感のファンも来ているのだ、という驚きがあった。
かれらの態度には、若さゆえの、異性の声優をがつがつと消費していこうというマインドがあふれていた。下品な言葉を口にしていたわけではない。声優さんの事務所がぎりぎり許容できる範囲の「消費」ではあった。しかし年長者としてはなにか言ってやりたくなり、ではどう言えばいいのか、考えに詰まった。もちろん最初から彼らに声をかけるつもりなどはなく、しかしなにか伝えられるとしたら。
ステージの上や、スタジオのマイクスタンドの前に立つ、あの、輝かしくも壊れやすい、かけがえのない人々についてなにかを伝えられるとしたら。
♪
高槻かなこさんは最後の挨拶で、大好きと思うことも大嫌いと思うこともあった、と言った。これはファンのことを示しているのだろうとわたしには思えた。
伊波杏樹さんは、千歌の笑顔に励まされる時もあったし辛い時もあった、と言った。Aqoursとして歩むのは茨の道だった、μ'sが好きだったから批判する人間の気持ちもわかった、と。
二人ともファンを拒絶し全否定するためにそうした言葉を発したわけではない、とわたしにもわかっている。ふたりは過去に戻ろうとしているわけではなかった。Finaleライブであの9人は新しい未来へと歩を進めた。
とはいえわたしはかれらの言葉、そしてその言葉が指し示す過去の出来事について考え続けざるを得ない。ふたりの言葉が指し示す、特にキャリア初期のAqoursをめぐる様々なことについては、すでに自分はたくさんの言葉を費やしてきたから、今新たに過去のことを詳述しようとは思わないが、忘れられはしない。
当時のわたしは、たとえわずかでも、Aqoursと人々の間にあるなにかを変えうると思っていた。今もその考えを捨てきることはできない。傲慢だがこれはわたしの率直な気持ちだ。
わたしはAqoursからもらったものを受け止めて、考え、書かなければいけないとずっと思ってきた。Aqoursから受け取っているだけの人間になりたくなかった。わたしはAqoursとの関係をそのようにしか結べなかった。自分の考えのもと、Aqoursと自分をめぐるポジティブなことも、ネガティブなことも書く、そういう人間にしかなれなかった。もっと率直に、多くの人の心を打つようなライブレポートや、作品の感想が書ければよかったが、そうはなれなかった。
♪
伊波杏樹さんは最後に、「Aqoursは最高のスクールアイドルだった」と言った。スクールアイドルのなかで最高の存在ということ。それは、μ'sを超えたと言ったようなものだ。よくぞ言ったと思った。AqoursはAqoursのことをそうやって大声で讃えていいのだ。それだけのことを9人はやってきた。
それをわたしは十年間見ることができた。本当に幸せなことだ。幸せな十年であり、幸せな二晩だった。
わたしは、このブログとTwitterでたくさんの言葉を費やし、しかしライブのたびにその輝きに圧倒されて、自分の言葉なんて全然Aqoursに届かないな、というさわやかな敗北感と嬉しさを感じてきた。もうこれからは、Aqoursからそういう圧倒的な輝きを受け取る機会は当分なさそうだ。自分の言葉の中毒にならないように、自分の言葉の作る澱に足をとられないように、一層気をつけなければいけない。
そのうえでなお、Aqoursについて考えて書き続けたい。Finaleライブから三ヶ月が経ち、自分のなかには確かにその感情が残っている。来週には『Aqours Documentary』の公開が控えている。きっと頭を全力で動かさないと受け止められない映画になっているのだろう。
まだまだ書くことはたくさんありそうだ。できればそれがこれからもずっと、自分の人生が終わるまで続けばよいと思う。わたしはそういうやり方で、自分のなかで、Aqoursを永久にする。
*1:その後その仕事はペンディングとなり、わたしの仕事は楽になった…はずなのだが、貧乏暇なしで忙しさは変わらない。もうちょっと自分のために時間を使いたい、という日々が続いていく。
*2:https://x.com/Aqours_X_34165
*3:https://ishidamashii.hatenablog.com/entry/2020/01/27/235212
*4:https://tegi.hatenablog.com/entry/2016/12/28/004551
*5:詳しくは同人誌『黒澤家研究』を読んでください。https://booth.pm/ja/items/3094211
*6:https://tegi.hatenablog.com/entry/2025/06/22/110249
*7:https://realdgame.jp/s/aqours_numazunazotoki/
*8:幕間アニメとしては異例なことに、ライブ最後のスタッフロールにおいて制作スタッフのクレジットが公開されていた。とてもよいことだ。というか本来は全ライブがそうあってほしい。幕間のアニメや映像もライブを形成する大事な要素なのだから。なおそのアニメには『ラブライブ!サンシャイン!!』本編でも撮影監督をつとめた杉山大樹さんが参加されていた。https://x.com/tegit/status/1936788553926877440