沼津市内浦長浜地区、唯念名号碑ちかくの風景。右側に山が迫る。左側には内浦湾があるが写真には写っていない。道路のむこうに、消防団員のかたが歩いていた。
3月1日の8時すぎ、沼津駅に着く。好天の日曜日とあってどれだけの人出があるかと身構えていたが大したことはなく拍子抜けする。 最近、駅そばにはまっている身としては、駅構内の蕎麦屋に寄りたかったのだが、バスの時刻があるので急いで駅を出、内浦方面ゆきのバスへ乗り込んだ。気温は低いが雲のない晴天だ。6時前に小田急線のホームで小田原ゆきの電車を待っているころには、朝方の冷え込みが強く、薄めの上着にしたことを後悔していたが、杞憂だったようだ。 バスは当然のようにAqoursのラッピング車両で、車内アナウンスはAZALEAだった。JR東海の推し旅キャンペーンとのコラボレーション柄だった。安全のための諸注意を呼びかける黒澤ダイヤ/小宮有紗さんの声が耳に心地よい。彼女の声はこういうアナウンスによくあうなと思う。
今日の目的のひとつは、前回、11月に沼津を訪れてプレイした謎解きゲーム「沼津ナゾトキ街歩き」のうち、網羅できなかったおまけコンテンツ部分をクリアすることである。4つあるチェックポイントのうち、シネマサンシャイン沼津については11月に訪れることができていたから、残りはあわしまマリンパーク・グランマシーサイド店・島郷海水浴場の3か所となる。 まずは最も遠方であるあわしまマリンパークへ向かう。そこから沼津駅のほうへ戻りつつ、順に各ポイントを周る。 夕方からはもうひとつの大きな目的である、『沼津ナゾトキ街歩き』の制作陣によるトークイベント「ナゾトキノヒモトキ」が開催される。それまでに沼津駅近くの上土地区へ戻ってくる必要がある。
バスは空いている。半分くらいの座席の客を載せて、青空のもと、沼津の南方へと向かっていく。車内アナウンスは駅から離れるといったん通常のものに変わったが、『ラブライブ!サンシャイン!!』の主な舞台となる内浦地区が近づくと再びAqoursのものに戻っていた。AZALEAからCYaRon!の三人に代わっていた気もするが、わたしは窓外の風景に気を取られあまり頓着しなくなっている。窓の外に『ラブライブ!サンシャイン!!』の風景がある。そこにAqoursがいる。人間の生活が土地によって形づくられるように、わたしにとってAqoursは沼津の風景によって形づくられたものだから、時にはこのように声優さんの声よりもバスからの眺めのほうに、おたくとして見るべきものを見出してしまう。 本来の目的地であるあわしまマリンパーク前では降りず、前回「沼津ナゾトキ街歩き」の際に訪れた一番南の地点である三の浦総合案内所も通り過ぎ、内浦湾の奥のほう、重須のJAの即売所(「OH!MOS」)まえでわたしはようやくバスを降りる。マリンパークに行く前に黒澤ダイヤの住む長浜地区のあたりを散策しようと思っていたのだが、海辺をぐんぐん進んでいくバスに乗っている楽しさが膨らみ、できるだけ遠くまで行きたいと思ってしまったのだ。 重須のさきへと春の光のもと走ってゆくバスの姿は見ていて気持ちがよかった。わたしは『ラブライブ!サンシャイン!!』のファンを通じて世の中にはバスおたくが一定数いることを知ったが、なるほど美しい沼津の風景を走る東海バスの姿は魅力的であるなと思う。 即売所には柑橘を買い求めるドライブ客がいくらかいた。隣接する倉庫のような建物のなかでは、寿太郎みかんを出荷するための作業が行われているようだった。寿太郎みかんも、わたしにとっては『ラブライブ!サンシャイン!!』の劇中のアイテムのようなものだ。伊波杏樹さんが初出荷を祝う姿が報じられる、画面の向こうにあるもの。それを実際に育て、収穫し、売りに出す人たちが目の前で作業をしていることにわたしはいちいち驚き感動する。 OH!MOSの向かいには長浜城跡に付属する広場があった。海側にせり出して存在する岩のかたまりのような長浜城のかげにこんな空間があったのか、と道路をわたって見に行く。芝生の空間の中央に、野外ステージのようなものがある。よく見ると大きな船をかたどっているようだ。傍らの掲示によると、安宅船(あたけぶね)という戦国時代の軍船を模しているようだ。ずいぶん大きい。あわしまマリンパークへわたる際に乗る船よりも大きいのではないか。内浦の、箱庭のようにこぢんまりとした湾に浮かぶにはずいぶん大きいように思える。これに武器をもった人間たちが満載され襲ってきたら相当な迫力であろう。今日、道中で読んでいた『沼津三枚橋城物語』で描かれた戦国時代のいくさが一層リアルに想像される。 OH!MOSに戻り、寿太郎みかんのジャムを買う。『ラブライブ!サンシャイン!!』のアニメが放映されていた2010年代後半に来たころに比べれば、店内の賑わいもおだやかだ。ジャムのふたには未開封であることをしめすマスキングテープが貼ってあり、Aqoursメンバーのイメージカラー別に9つの色が使われていた。黒澤ダイヤを示す赤のマスキングテープが貼られたものを選ぶ。ほんとうは豊富にならぶ生の柑橘類などたくさん買いたいが、このあとの移動を考えると我慢するしかない。
OH!MOSを出て、徒歩で内浦湾わきの国道を歩き出す。空には雲がなく、朝の冷たい空気の名残りは山側のうっそうとした木々の作る日陰にしかない。とはいえ日差しのもたらす暖かさは、さわやかさを追い出すほどではない。 『ラブライブ!サンシャイン!!』のおたくとして、アニメの名場面の背景として登場する唯念名号碑のあたりは少し立ち止まって眺める。しかしそういうポイントをおさえるだけでなくて、そこから「黒澤家」までがどんな距離感なのか、雨の中を走る小原鞠莉からどんな景色が見えていたのか、彼女を見送って、ダイヤさんやルビィたちは「黒澤家」のほうにたたずんでいたのではないか、といった想像をしながら内浦の道を歩くことを大事にしたい。
碑のある道に沿って歩いていくと、山側に安養寺という寺があった。敷地内の住宅に人の気配があったから、失礼します、と声をかけてお邪魔する。この立地ならば黒澤家の人々も訪れることがあるだろう。本堂らしきところで賽銭を納め、黒澤ダイヤさんを筆頭とする沼津の人々と、自分と家族とその他さまざまな人のことを祈っておく。あとで調べると、安養寺は納骨堂としてひろく永代供養を受け付けているところらしかった。きわめて小さな集落の寺でありながら小綺麗に整備された境内はそのような事業によって成り立つものなのだろう。墓を継ぐ子や親族のいない人間にとってはこういうスタイルは好ましく感じる。 安養寺から出てふたたび「黒澤家」のほうへ進むと、その手前の山側に、小さな神社があるのが目に入った。社へ続く道は住宅の敷地と一体化しておりそこを進んでよいものか迷ったが、安養寺に立ち寄ってこちらに挨拶しないのもなあ、と思って進む。 社の銘が見当たらず、Googleマップを開いて、白髭神社という名の場所だと確認する。 鳥居には汚れのないしめ縄と紙飾りがかけられ、境内にも定期的に人の手が入っているようだったが、全体に、社の奥に控える山の自然の力に気圧されているように思われた。社の建物や石畳にはわずかなたわみや傾きがあるのが見て取れた。果たしてこの神社はあとどのくらい自然に飲まれないままに保たれるのだろう、とつい考えてしまう。 『ラブライブ!サンシャイン!!』による賑わいを抜きにしても、内浦地区は美しい海の風景を抱え、爽やかで、清新な空気のある地域だといえる。しかしこの社のように、留めようのない時の流れの厳しさを感じさせる箇所も数多くある。ずっと都会で暮らしてきたわたしのような人間には、そのような場所で生きていくことの感触は想像の埒外にある。人の家の軒先に勝手にやってきて勝手にネガティブな感情を抱くなよ、と叱られても仕方のない感想だが、黒澤ダイヤのこと、Aqoursのことを考えるとき、かように、自分にはまったく内浦のことがわかっていないのだということを忘れてはいけないと思う。
白髭神社をあとにして、「黒澤家」、すなわち大川家の正面側へゆく。 『ラブライブ!サンシャイン!!』の公式な発信から大川家が除外されるようになって、長い時間が経った*1 。わたしはかつて一度だけ、大川家の門をくぐり、家屋のなかを拝見させていただいたことがある。そのときの経験がなければ、わたしと『ラブライブ!サンシャイン!!』の関わりは大きく変わっていたはずだ。同人誌を作ることもなく、もしかしたら、Aqoursをここまで愛することもなかったかもしれない。 大川家の前に立つと、あのときのお礼を大川家の方々に伝えたい、あのとき教えていただいたこと、見せていただいたものが、どんなにわたしの人生を豊かにしてくれたか、一言でいいから伝えたいという気持ちで胸がいっぱいになり、苦しくなった。それはわたしの勝手な思い入れであり、大川家の方々の平穏を乱すことはできないから、当然、わたしは長屋門を仰ぎ見るに留める。 門を眺めていると、クロネコヤマトの配達員が軽快な足取りでわたしの脇を通り過ぎ、門のなかへと入っていった。敷地の奥のほうから、玄関チャイムが鳴らされる音が聞こえた。わたしは門から数歩離れ、自分の感情の重たさに内心で苦笑し、踵を返す。
大川家の脇に、大川家と同じような古さを感じさせる日本家屋の一角を使って、子供向けの絵描き教室が開かれているのに気づいたのは、前回、『沼津ナゾトキ街歩き』に参加した2025年11月の来訪時のことである。平日の夕方、学校の終わった子どもたちがその家の軒先で、カラフルな絵の具を使って思い思いに絵やモノに色をつけている姿を見かけた。日曜の早朝である今は人気がなかったが、家の壁には「おえかき」と大書され、地面や家屋の基礎のブロックには絵の具のあとが目立ち、子どもたちが熱心に筆をふるう姿が思い出された。 家屋のガラス戸にもカラフルないたずら書きがたくさん残されている。子どもたちがいたときにははばかられて近寄れなかったそれに一歩近づいて眺めてみると、髪の長い女の子の顔が描かれているのが目に入った。一瞬、その女の子のくちびるの脇に、ほくろが描かれているように見えた。口元のほくろは、ダイヤさん、あるいは小宮有紗さんの特徴である。もしや、絵描き教室に参加した地元の子どもが、この間近に住むとされるダイヤさんあるいは小宮さんを描いたのではないか。わたしは感動にはやる心をおさえて目をこらす。しかししっかり見てみれば、ほくろに見えたものはただの描線の乱れであるようにも思われてきた。やはりわたしはこの場所に思い入れを持ちすぎている。日曜の朝に、人の家の軒先で抱えるには湿っぽすぎ、個人的に過ぎ、おたく的すぎる思い入れだ。ふたたびわたしは内心で苦笑してその場を離れた。
この文章を書くにあたってインターネットで検索してみたところ、かの場所で、「ちーちゃん」という方が長年続けている絵描き教室のことを詳述した記事を見つけることができた。その教室は、40年ほどの長きにわたって続けられているのだという。2016年から17年にかけて何度かこのあたりを訪れた際には気づかなかったが、それはわたしが休日にしか内浦に来たことがなかったからだろう。
ヌマヅノミナミ 「ちーちゃんのお絵描き教室」
southnumazu.jp
教室をめぐる「ちーちゃん」さんのお話は非常に興味深く心を動かされるものだ。詳しくはぜひ上記の記事を読んでほしい。「ちーちゃん」さんの話のなかで特にわたしの印象に残ったのは、かつて東京に住んでいたころ通っていた四谷の聖イグナチオ教会で体験したというエピソードのことである。一時、正教会の若き信徒としてニコライ堂に学んでいた大川四郎左衛門の姿とだぶるものがある*2 。
大川家の前から、富士見広場と長浜公民館の間を抜け、三の浦総合案内所のほうへ歩いていく。広場では『ラブライブ!サンシャイン!!』のドリンクを売るキッチンカーのスタッフとみられる人と、通りかかった人がなごやかに話していた。案内所のなかでは、これからやってくる観光客を出迎えるためだろう、什器や配布物などを整えているらしい人の動きが垣間見えた。 国道の歩道まで進んで、目の前に青く鮮やかにひろがる内浦湾、その向こうにみえる淡島、そしてさらにその向こうの富士山をゆっくりと眺める。 景色の美しさに圧倒されながら、これからどちらへ向かおうとぼんやり考えていると、目の前の道路を行き交う車のうちの一台が、ゆっくりと停車してくれた。わたしが、少し離れたところにあった横断歩道を渡りたがっていると思ってくれたのだろう。 わたしはドライバーの好意にあまえて道路を渡り、道路脇の低い壁を越え、内浦湾に沿ったコンクリートの堤に降り立った。エメラルドグリーンの海面がまぶしい。 海に沿って歩き出す。時間はたっぷりあった。
♪♪♪
というわけで、本当は一日をひとつの記事にまとめるつもりでしたが、当日の歩み同様にずいぶんゆっくりとした文章になってしまったので、ここでいったんひと区切りとします。このあとのこと、特に「ナゾトキノヒモトキ」のことはちゃんと書きたいですが、またすぐに沼津へ行くことになりそうなので、記憶が確かなうちに書けるところだけ書いて公開していくスタイルでやっていきます。続いて書けるといいなと思っていますが、はてさて。
realdgame.jp