そして現在。11年から12年にかけて――すなわち今、スパイ映画業界はかつてない話題作のラッシュを迎えています。
まずは2011年、『ミッション:インポッシブル ゴースト・プロトコル』が公開されました。
これは、前年の『ナイト&デイ』とあわせ、トム・クルーズが自身のスパイ映画歴を総決算させると同時に新たなステップへと進化させた作品となりました。
『ミッション:インポッシブル2』で、大仰な無敵のアクションヒーローを演じた彼は、私生活の奇行とあわせ、もはや観客の親近感とは乖離した存在になってしまっていました。『ナイト&デイ』はその度を越したヒーロー像を笑い飛ばすことで、血肉の通う親しみ深い一人のスパイ像を取り戻し、『MIGP』では、チームでの活躍を描くことで、オリジナル版『スパイ大作戦』の魅力を現在進行形のチームものブーム*1の文脈で再構築し作品を成功に導きます。
また、トム・クルーズの二作品の成功には、『Mr.&Mrs.スミス』、『キス&キル』、『ゲット・スマート』等、近年コンスタントに作られているロマンス・コメディ風味の強い作品群の存在も大きく影響しているでしょう*2。
同じく2011年、スパイ・フィクションの大家ジョン・ル・カレの名作をみごと映画化した『裏切りのサーカス』が登場します。ホモソーシャルな色気をぞんぶんに放ち、現代ではほぼ成立し得ないであろうクラシックなスパイの世界を極めて魅力的に描いています。
一方、本作の原作者ジョン・ル・カレは、『裏切りのサーカス』の原作を愛する旧来のファンからは青臭く粗雑という批判を受けてしまうような作品群を発表し続けています。09年に邦訳された『ミッション・ソング』は、スパイの世界に憧れる通訳者の青年が、アフリカの資源戦争に恋人とともに巻き込まれてしまう物語。確かにスマイリー三部作の頃の緻密さはありませんが、会議で発せられる声と同時通訳をめぐって物語が展開してゆく中盤の、読者の耳を刺激するサスペンスの色気はすさまじいものがあります。出口のないアフリカ情勢の暗黒ぶりに対する怒りも実に若々しい。2005年の『ナイロビの蜂』のように、実力ある作家によって映画化されればいいなあと思います。
そのル・カレを継ぐであろう作家といえば、おそらくオレン・スタインハウアー。ル・カレの緻密さと色気、そして現代エンタテイメントのスピード感を備え、911以降の世界を反映させたスパイ譚を発表しています。
ジョージ・クルーニーによって『ツーリスト』の映画化が進行中との話もありますが、果たして…?
2012年になると、イーストウッドの『J・エドガー』、McGの『ブラック&ホワイト』、ソダーバーグの『エージェント・マロリー』、トニー・ギルロイ『ボーン・レガシー』と著名監督によるスパイ・フィクションが連続公開されました。井筒和幸『黄金を抱いて翔べ』、TVドラマの映画化『外事警察』と日本映画も負けていません。ほんとにすごいラッシュです。
『スカイフォール』を控えた現在、興行的にも批評的にも最も盛り上がった2012年のスパイ・フィクションといえば、『アルゴ』でしょう。
第一作から一貫して、ひとの決断と行動、そこに生じるドラマを描いてきたベン・アフレックは、荒んだ70年代の諜報の世界にスウィートな娯楽映画のタッチを持ち込むことで、世間からつねに悪役扱いされるCIAの暗黒を、軽やかに昇華させることに成功しました。
911以降、「CIAは何をしていた?」という問いのもと、失敗の追求と裏切り者探しを続けていたスパイ・フィクションの時代は、ここでいったん区切りを付けられたと言えましょう。
次は、「いかに現代的強度をもってかっこよくCIA(的な機関)を描くか」の時代に突入した、というのがぼくの印象です。世界は地獄だ。でもやるんだよ!と静かに闘志を燃やすスパイたちの物語です。
じゃあ『ネイビーシールズ』みたいな、俺たちスパイだぜヒャッホーイ、という映画ばかりでいいのかっていうとあれはあれでまた頷けない問題があります*3。
恐らく問題は、スパイを仕事人として描けるかどうかという点。国家も仲間も家族も、時には自分すら信じないけれど、職務を果たすことには忠実。すべてを疑いながら、自分の仕事にすべてを賭ける。それでこそスパイなのです。組織と個人の間で葛藤してこそ色気は出るし。
これからのスパイ・フィクションはどこへゆくのか? 来年には、ビンラディン暗殺といういま最もホットな題材を描く『ゼロ・ダーク・サーティ』という超注目作も控えています。スパイ・フィクションの行く末を妄想する意味でも、2012年最後の話題作、『スカイフォール』が果たしてどう出るのか、楽しみで楽しみで仕方ありません。