2023年にリリースされたものからベスト25を選びました。一部、どうしてもというものは2022年以前のものも含みます。
Youtube Musicでのプレイリストはこちら。
あそぼ/Galileo Galilei
アルバム『Bee and The Whales』が素晴らしかった。中核メンバーである尾崎雄貴・尾崎和樹らの別バンドBBHFのここ数年の活動も素晴らしかったけど、さらに一層素晴らしかった。アルバム中、本作や『色彩』のように、人生のしんどさを的確に指摘しつつも、そこに閉塞せず、かといって自己啓発的な前向きさにも舵を取らない楽曲にはとても救われた。『ノーキャスト』『ピーターへ愛を込めて』といった軽やかな曲もすごい。わたしよりちょっと下の世代だけども、今の自分の気分を最も的確に表現してくれる人たちだと思っている。結局、しんどさを常に抱えながら、「あそぼ」、とはしゃいでいくしかもう道がないのだ。
Cast-Off(feat. Justin Vernon)/Bruce Hornsby
2019年のアルバム『Absolute Zero』から。早速レギュレーション破りなんですけど、去年始めて聴いたしたぶん一番多く聴いてた曲なので。打ち捨てられることを、もっと悲劇的だと思っていたけどそう悪くなかった、という歌いだしから、寂寥感たっぷりで低空飛行を続けてくれるところが好き。いろんなものに見捨てられつつあるな、という自分の気分に則していました。
Talking To Myself (demo)/Lauv
自分と話すのに疲れた、という歌詞に共感するほかなかった。
Love me more/Sam Smith
(承前)だからお前もっと自分を愛したほうがいいよ…という。アルバムも特に年の前半は繰り返し聴いてました。このウェルメイドな曲はアルバム内でもけっこう異色のもので、アルバム全体のトーンとしてはどぎつく欲望を歌い、自分を貶めるものへ牙をむく姿勢がかっこいい。本来はそういう曲をこそ選んだほうがいい気もしますが、結局一番聴いてたのはこれでした。
Maybe Happy Lucky 人生/山村響
あまり時間をかけずに作った曲らしいですが、そのゆえなのか、軽やかな歌詞の流れがとても気持ちよい。特に一番。仕事帰り、しんどい気持ちでこの曲を聴くと、その気持ちよさによって問答無用で身体ともにほぐされて、楽しい気分に持ってかれるのでした。
第一夜/ヨルシカ
アルバム『幻燈』から。他にも好きな曲が複数あるのですが(『都落ち』『チノカテ』)、特にこれは繰り返し聴いていました。自分は昔から夢(睡眠中にみるほうの)を題材にした映画や音楽が大好きなので。
地球儀 - Spinning Globe/米津玄師
『君たちはどう生きるか』主題歌。前知識なしでこの楽曲を、特にピアノと椅子のノイズを、映画館で聴けたのは幸せだった。歌詞と音の双方で宮崎駿の作品テーマを見事に凝縮して伝えていると思う。
アンコール/ササノマリイ
ササノマリイは去年『万聖街』のエンディング『まわりまわる』が良かったので新曲をチェックしていた。古い記憶のなかの自分たちを祝福するために「アンコール」をする、という願いの姿勢が好きだ。ささいな、個人的な感傷の記憶であったとしても、人間は過去をないがしろにしてはいけないのだと思う。
今の僕から・・・/高橋幸宏
1986年のアルバム『...ONLY WHEN I LAUGH』から。1月の訃報を聴いてからオリジナルアルバムを順に聴いていた。8枚目のこのアルバムに至って、満足してしまって一時中断している。去った恋人か友人について歌っていると思っていたのだけど、どうやら、自分自身との対話(あるいは、過ぎ去ってしまってもう対話は不可能になってしまった過去の自分への一方的な発信)を描いているのだった。高橋幸宏の詩情はこの程度のドライなトーンのときのほうが断然輝いている。
Mandinka/Sinéad O'Connor
1987年のアルバム『Lion and the Cobra』から。シネイド・オコナーの訃報の際には"Nothing Compares 2 U"のほうが紹介されていたと思うけど、関連して色々聴いていたらこんなかっこいい曲があってびっくりした。白人歌手が、怒りを抱える自分をアフリカの民族(Mandinka)に喩えることにはやや違和感があったものの、自身も修道院での虐待経験を持ち、世間に先駆けてカトリックによる虐待と隠蔽を非難した(そして社会から不当に大きな反発を受けた)オコナーの経歴を知ると得心がいくものがないではない。そうしたグレーな印象も含めて、繰り返し聴きたい曲だと思う。同時代の日本のポップスにもアフリカを美化・神聖化して歌ったものがあると思うし、西側諸国のショービジネスとアフリカの関係史を追っていくと得られるものがあるかもしれない。
Welcome To My Island/Caroline Polachek
前述のシネイド・オコナーの"Mandinka"をアラニス・モリセットとフー・ファイターズが去年の夏のフジロックでカバーしていたのだそうで*1、なるほどオコナーからモリセットへつながる、怒りを込めた叫びが歌唱と不可分になっている女性アーティストの系譜、というラインが見えるなあと思った。そしてさらにその系統樹の最先端の一人がこのキャロライン・ポラチェックなのではないか。この曲がちょっと特別で、他の曲ではそこまで叫んでいなかったかもしれませんが。
Pretty Girls/Reneé Rapp
1990年代に生きていた人間としてはサビはドナ・ルイスの"I Love you Always Forever"を思い出しました。あの曲、当時は淡々とした歌だなとか思っていたけど、これを書くために聴き直したら情感がたっぷりのった歌に聴こえて新鮮でした。この"Pretty Girls"も、基本的にクールでドライだけど、淡々と描写される「かわいい女子」たちが騙ったり酒を飲んだりするさまはどこかとてもエモーショナルだ。
ショートケーキの苺は、あなたにあげる。/渕上舞
これまた淡々と感情をあらわにしている素晴らしい楽曲。名曲だと思う。2022年の発表だけど本当にすごくよい歌で、これを2022年のベストに挙げなかったのは声優アーティストの音楽を多少なりとも追っかけている身として恥ずかしく、反省しつつ挙げます。作詞は渕上舞本人によるもの。ふわふわした希死念慮(と言ってしまっていいのか?)を、本当に歌い手がそう思っているのだと聴くものを説得する渕上舞の歌唱力・演技力の高さを思い知る。
Walking Dream/上原歩夢 (CV.大西亜玖璃)
温度差がありすぎる。でもこれも本当に名曲だと思う。まさかこんなに大西亜玖璃の楽曲を繰り返し聴く日が来ようとは。もちろん、『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』のキャラクター:上原歩夢としての楽曲としての魅力が中心にあるんですけど、大西/上原のボーカルの魅力を引き立てつつ、実に細かくかたちづくられた音の運びに感嘆する。80年代ぽさも今っぽさも兼ね備えつつ、それらのスタイルをなぞることでなく、上原歩夢という人物を描き魅力を引き出すために音が作られている、というふうに思える。
クローゼット・ミュージック(feat. 朝日奈丸佳)/山村響
声優によるキャラソンの1位が『Walking Dream』なら、アーティスト曲の1位は断然これだぜと思う。電話を模した会話とイントロから、圧倒的な多幸感に襲われる。どんな服を着て生きればいいのかわからん、という苦しさが前提にある歌で、そこからのエンパワメントの理路整然とした筋道もないのだが(やるっきゃないぜ!という精神しかない)、でもまあそれでいいのだと思うし、その心もとないエンパワメントぶりこそが私に切なさの詰まった幸福感として届くのだと思う。
Something Comforting/Porter Robinson, Galileo Galilei
ポーター・ロビンソンはまったく知らなかったのだけど、4月の来日公演の夜、サポートアクトのkzとの繋がりについてTwitterのTLで大騒ぎしてる人たち(古参初音ミクファン)を見て少しだけ聴いた。なるほどよいなと思っていたところにGalileo Galileiとの競作動画が公開されて、そっちも繋がるのか〜と納得してヘビロテしてた。
彼らの競作は『 サークルゲーム』もよかった。Galileo GalileiはTHE FIRST TAKEでの茅野愛衣との『 青い栞』もよくって、いっときの再生履歴がアニメは全然知らないのに『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』のファンみたいになってしまった。他人の青春の記憶を盗んだようで申し訳なし。
夏のばね/鈴木みのり
尾崎雄貴みたいだなと思ってきいてたらほんとに尾崎雄貴だった。ほかの声優さんに提供してた曲はぴんとこなかったので何でもかんでも好きというわけではないのだが、まあかなり好きなのでしょう。
他人(目標にしている人?)と自分の関係性を、ばねによる運動のイメージで描いてみせた抽象表現のフレッシュさと美しさがすばらしい。こういうモダンな抽象表現のある声優さんの歌をもっと聴きたいのだ。
ギター、管楽器にもGalileo Galilei陣営の方々が参加してたはずで、各アーティストのTwitterのログを探したのだけど見つからなかった。それらの音もとてもよい。尾崎雄貴以外の人物もチェックせねばいかん。
くちびるの奥の宇宙/中島愛
昨年尾崎雄貴が提供した『GREEN DIARY』もすばらしかったし、あの曲ほどにはヘビロテしてないのだが、この曲には聴くたびにのどの奥の胸が軽く締めつけられる感覚を抱く。身体と宇宙を直に繋げるロマンには昔から弱い(岩男潤子『手のひらの宇宙』は声優アーティスト楽曲のオールタイムベストだ)。歌いだし、「ひ/とり/とざ/した/くち/びる/には」と区切られてたどたどしくはじまる言葉が、最後までたどたどしく手探りする感覚を失わないままに、「わたしだけのゆずれないなにか/見つけられるかな」と歌う盛り上がる部分などを通過していく構成と言葉選び・符割りが見事だと思う。おそらく尋常でないポップスへの造詣の深さを誇る中島愛の知識を生かした歌詞でもあろうし、ここ最近の活動におけるキャリア振り返りの流れを汲んだ個人的な想いのゆえでもあろう。
Ghost (Nao Sagara Remix)/tiny baby
2022年の曲なんですけども。しかもリミックスなんですけども。原曲より先にこっちを繰り返し聴いてしまったので、原曲がけっこう外向的というか、わかりやすい朗らかさをまとった曲なのに、そこからこういうリミックスができるのか、と驚いた。いや本来リミックスというのはそういうもんではないか、という気もする。自分はGhost、すなわち幽霊・心霊のたぐいがとても苦手で怖いのですが、しかし自分がそういったものになるならこういう感じの手触りのGhostだといいね、と思った。
Boyhood/The Japanese House
The 1975のマシュー・ヒーリーが2023年2月のポッドキャスト番組で多数の差別的なジョークに加担した*2と知り、以後わたしはThe 1975の音楽を積極的に聴くのをやめた。もともと危ういところのある人だったかもしれないが、この件に関しては、事後の対応としてきちんとした謝罪や反省の弁を発しておらず、そのまま見過ごすことができなかった*3。The 1975の音楽や歌詞は、自己憐憫や、聞き手との親密な共感によって駆動しているところが大きい。件のポッドキャスト番組のような、近しい属性の男性が集まった場での悪ノリは、そうした表現と紙一重、というところがある。だからこそThe 1975は自身の表現活動と、ポッドキャスト番組での悪質なジョークとの境に一線を引かねばならなかったのだが、彼らはそうしなかった。残念でならない。
ヒーリーと古くから親交が深いThe Japanese Houseのアンバー・ベインは、この事件のあと、ヒーリーに対して長いメッセージを送ったとインタビューで明かしている*4。記事で読めるかれの言葉は実に歯切れが悪い。しかしその歯切れの悪さは、かつてThe 1975を愛聴し、今もランダム再生で流れてきてしまったときにスキップせず聴き入ってしまうわたしの抱える歯切れの悪さでもある。
ここで挙げた"Boyhood"は、自分自身の成長や、違う人間になることの難しさと憧れなどをうたっている歌のようだ。いまこうやって一連の件を振り返ってみると、自分がこの曲をヘビロテしていたことに意味があったように思えてしまうが、実際にはただただ心地よい曲であったから繰り返し聴いていたに過ぎない。自分は、表現を消費するときに倫理的に正しい姿勢を自他に求める人間だが、この曲の自分の聴き方を考えると、そういう己の倫理的姿勢の、実に小さい限界を感じる。
ピリオドとプレリュード/クラムボン
アルバム『添春編』収録。シングルとして聴いたときからずっと好きで、アルバムとして聴き直し、このインタビューを読んで一層忘れがたいものとなった。
クラムボン、ミトが語るバンドの現在地──新作『添春編』、そして“ピリオドとプレリュード”へ - OTOTOY
インタビューでのミトは、音楽と社会、自分自身を詳細に俯瞰する目をもって分析しつつ、アルバムの最後に置かれたこの『ピリオドとプレリュード』を頂点とする極めて個人的な部分に降りていく。曲の作られた背景を知ってわたしはつねに死のことを思いながらこの曲を聴くようになった。家族の死のことも、自分の死のことも考える。極めて美しく、聴いていて晴れやかな気持ちになれるポップソングでありつつ、そうした想いを自分のなかで巡らせる契機を常に与えてくれる音楽というのは、本当に稀有でありがたいものだと思う。
UA/すべての会いたい人へ(クリスマスバージョン)
23年の中頃、家族が鉄道Youtuberのスーツ氏の動画をよく見ていたことや、将棋のJT杯を見に大阪に出かけたことなどがあって、普段まったく使わないJR東海に少し親しみをもっているさなか、UAによる新しいJR東海のCMソングが発表された。作曲は岩崎太整。『サイタマノラッパー』も遠くになりにけり。もはや国民的作曲家である。
オリジナルバージョンもいいのだけど、年末に公開されたクリスマスバージョンの楽曲とそれをつかったCMを紹介しておきたい。わたしはこのCMを2024年の年明け、能登半島地震の直後に観た。自分はこのCMに映し出されているような、家族や友人との温かい関係を豊富にもっているわけではない。だから正直、鼻白んでしまうところはある。それでも、CMの最後の「すべての会いたい人が、会いたい人と、会えますように。」というナレーションには心の底から共感し、同じ願いを抱く。
Please Don’t End It All/Cleo Sol
「すべてを終わらせないで、なぜなら神はあなたを落ちていくままにはしないから」。そのように、神をてこにして歌われる救いの歌に、キリスト教徒ではない自分が救われるのは少々おかしいと思う。わたしはそのような神の行いを信じていないから。それでも、年の後半の厳しい時期に、この曲を含むアルバム"Gold"を夜の職場で一人聴いていたときの、疲労感とそこから束の間解き放たれた感覚が忘れがたい。あとで歌詞を読んで、自分がかけてほしい言葉ばかりだったので逆に恥ずかしい気持ちになった。わたしの、無意味な自意識との摩擦をまったく起こさずに、こちらの耳と心にスムーズにタッチしてくれるすばらしい音楽。
Day After Day feat. 髙橋芽以/パソコン音楽クラブ、髙橋芽以
わたしは、「終わりなき日常を生きろ」という90年代に設定された課題を、そのときどきで変奏しながらずっと解いているのだなと思う。「日常」の質も変わり、より厳しい状況を負わされている人も多い中、ややのんびりとした問題設定に聞こえるかもしれないが。どうしてもそういう枠組みから逃れることができない。
理想の実現も、わくわくするような冒険も望めない。それでもこの世の中には(日常には)見るべきものがたくさんある。それは確かな真理なのだが、素直に受け取ることは難しい。厳しい状況を看過し、不条理をそのままにしておきたくはないし、そうはいっても理想を追いたいじゃないか、と思う。日常を並走し、ブーストしてくれる音楽に、わたしはいろいろなものを求めてしまう。この歌は、そうしたポイントをことごとく見事にクリアしてくれる。アルバム『FINE LINE』で一つ前におさめられている「Terminal」も大好きだ。パソコン音楽クラブは、中田ヤスタカやTofubeatsのように、強靭なポップネスとかっこいい電子音楽が目立ちつつ、もっとも武器になるのは歌詞、という存在なのかもしれないなと思った。
Living in the Sunshine /Bruce Hornsby
あと2曲はおまけです。
このブログやSNSを読んでいただいている方はご存知だと思うのですが、わたしにとって『ラブライブ!サンシャイン!!』とAqoursという存在とのつきあいは徐々に信仰のようになってきている。2023年も新しい同人誌を出したりしたものの、自分としてはあんまりうまく信仰生活を送れていないな、という実感があった。そんななか、敬愛するブルース・ホーンスビーの"Spirit Trail"25周年記念盤を聴いてたら、未発表曲としてこんなタイトルの楽曲があり、これは天啓というほかないなと思ったのだった。
そう、lovingじゃなくてlivingなのだ。わたしは『ラブライブ!サンシャイン!!』やAqoursが好きだというだけでなくて、かれらによってわたしのなかに形作られた世界認識のなかで生きているのだ、と思う。それを取っ払ったり、自分の楽なように組み替えることは難しいししたくない。そういう枠組みのなかで生きて感じたことを、どうにかアウトプットしていくしかないのではないか。
あそぼ/Galileo Galilei
最初に戻る。このライブ動画が本当にすばらしい。手持ちカメラでメンバーを撮っているくだりのぎこちなさも好きだ。
2024年も、ぎこちなく周りの人と目線を交わしながら、あそんだり働いたりしている。もう半年近く経過してしまったからずいぶん間抜けな締めの言葉になってしまうけど、今年も、良い音楽を良いと思える耳と頭が維持できますように。
*1:https://www.youtube.com/watch?v=iq1135c1vJQ
*2:https://front-row.jp/_ct/17606790
*3:番組内で言及したアイス・スパイスに対する謝罪の言葉はステージ上で行ったようだが、そういう個人間のことに留めてよい内容の問題ではない。
*4:ザ・ジャパニーズ・ハウス、ザ・1975のマット・ヒーリーの物議を醸した発言に言及 | NME Japan https://nme-jp.com/news/130875/