みなさんあけましておめでとうございます。
年が変わってもわたしたちの社会は新型コロナウイルスの感染拡大を収束させることはできないままなので、なにがおめでとうじゃ、2020年も2021年もSame Shit Different Dayだろうよ、というやさぐれた気持ちもなくはないですが、いやしかし2020年だっていいことはたくさんあった!例えば声優さんの音楽とか!
というわけで、2020年にリリースされた声優さんのアルバムのなかから、特によかったものを選んで褒め称えようじゃないかという記事です。
条件としては、2020年内にリリースされたアルバムで、サブスクリプションサービスで聴けたものに限ります。それもわたしが使っているのはYoutubeMusicなので、他のサービスより網羅の範囲は狭いかもしれません。また、ミニアルバムは含みますがシングル・EPは基本的に省きました。
候補となった作品は以下の通りです。
宮野真守『MAMORU MIYANO presents M&M REMIX 2』
釘宮理恵『せめて空を』
鈴木愛奈『ring A ring』
上田麗奈『Enpathy』
石原夏織『Water Drop』
イヤホンズ『Theory of evolution』
麻倉もも『Agapanthus』
斉藤壮馬『in bloom』
鈴木みのり『上ミノ』
DIALOGUE+『DREAMY-LOGUE』
斉藤朱夏『Sunflower』
三澤紗千香『I AM ME』
伊藤美来『Rhythmic Flavor』
小野大輔『STARGAZER』
降幡愛『メイクアップ』
下野紘『WEGO!』
大橋彩香『WINGS』
諏訪ななか『Color me PURPLE』
工藤晴香『POWER CHORD』
西山宏太朗『CITY』
YUKIKA(寺本來可)『SOUL LADY』
降幡愛『Moonrise』
DUSTY FRUITS CLUB(矢野妃菜喜)『勇気のかけら』
雨宮天『Paint it, BLUE』
早見沙織『GARDEN』
諏訪ななか『So Sweet Dolce』
山村響『Suki』
では、以下、順不同で紹介していきたいと思います。
- イヤホンズ『Theory of evolution』
- 降幡愛『Moonrise』
- 西山宏太朗『CITY』
- 三澤紗千香『I AM ME』
- 早見沙織『GARDEN』
- 山村響『Suki』
- 大橋彩香『WINGS』
- 声優さん以外のベストアルバム
- ベスト楽曲(2020年以前のものも含む)
イヤホンズ『Theory of evolution』
イヤホンズはユニットの成立当初は気になっていたんですけど、最近は全然追えていませんでした。既存曲のリミックスを含む今回のアルバムを聴いていて、活動当初に期待していたものってこういうことなのかも、と思いました。冒頭、□□□の三浦康嗣による『記録』『記憶』という二曲は、三人の声優さんの声を細かく分解してつなぎ合わせて、「声が聴こえること」の原初の楽しさみたいなものを感じさせてくれます。そこでいったん分解された三人の声の魅力が、アルバムを通じ、いろいろな組み合わせで魅力を発していくような感覚がありました。
メンバーのうちの高橋李依さんについては、アプリゲーム『Fate:Grand Order』マシュ役として毎日声を聴いているので、彼女の声が聴こえるとそれだけで嬉しくなってしまう、ということもありました。役柄としてよりもゲーム関連の生放送なんかで聴くオタク状態のはしゃぎ声のほうに親近感を抱いているので、『記録』で素っぽい声が聴こえてくると余計楽しかったです。
降幡愛『Moonrise』
『ラブライブ!サンシャイン!!』発の声優ユニットAqoursからは、メンバーの九人のうち七人がソロデビューしていますが、そのうちの一人、降幡愛さんがここまで大躍進を遂げるとはAqoursファンのなかでも予想できた人は少なかったのではないでしょうか。以前から、岡村靖幸を始めとする1980年代~1990年代の音楽への憧憬は語っていたので、ラジオDJ的な活躍はするかなと思っていたけど(その一方、小宮有紗さんがクラブDJとして活躍していくことになっている、というのも楽しい驚きでしたね)。
本間昭光というビッグネームの作曲編曲の威光に負けない密度で自分の趣味を打ち出した歌詞は、セカンドアルバム『メイクアップ』で一層の充実をみるのですが、年間ベストとしては、彼女の才能が初めて全貌を表した一枚目のこちらを選びました。
どの曲も80年代~90年代っぽさが濃厚に味わえるのですが、トロピカルな楽しさと寂しさの同居する『ラブソングをかけて』と、U2"With or Without You"、QUEEN"Radio GA GA"などを想起させる音の広がりのなかで、停滞した夜の情景を描く『プールサイドカクテル』の並びが大好きです。
『Moonrise』にしても『メイクアップ』にしても、どんなに過去の音楽・歌詞を志向していても決してそのものにはなれていません。一方、近年のジャパニーズシティポップスの再評価を経て、現在新たにリリースされているシティポップスが行っているような、現代の音楽とのブレンドも行っていないので、シティポップス再評価の流行の文脈で大いにヒットする、ということもなかろうと思います。ですが、こんなことをしているのは降幡愛だけ、というのは揺るぎません。
『ラブソングをかけて』『プールサイドカクテル』は特に、そういう降幡さんの歌が位置している独りっぷりが重なるような気がしています。
こういうとき、リスナーとしては、ただ「あえて古めかしくやっているからいいんだよね」と言って終わらせるのではなく、降幡愛の歌でしか聴こえない音とはなにか、歌とはなにか、ということを抽出して言葉にしたいものですが、なかなか難しいです。頑固なこだわりのある料理屋の価値というのは、こだわりそのものではなく、出された皿の上にあるはずなので。
西山宏太朗『CITY』
これを選ぶなら斉藤壮馬『in bloom』を優先すべきではという気持ちもあったのですが、より軽やかで、まとまりのよい一枚であったこちらを推すこととしました。
先行リリースされた『タイムマシン』は、たぶんTofubeats.feat オノマトペ大臣『水星』を意識した音に、ウィスパーボイスを載せることで、「男性声優でしかできないかっこいい曲」の最適解の一つを叩き出しています。声が甘いけど甘すぎないのがいい。
他にも、抑えたボーカルで朝と夜それぞれの倦怠と熱を歌う『外では光が踊っている』『とびきりの夜はここにある』あたりもすごくいいんですけど、ヤング101『怪獣のバラード』を意識した自作歌詞がすばらしい『チキプーアワー』がとても印象に残りました。「いや、自分、なんも歌うことないですし…」みたいな虚ろさを、そんなに気負うことなく楽しく(でもドヤ顔はせずに)打ち出せるこの個性が、今後どういう音楽活動をしていくのか本当に楽しみです。
ただし『よこはまスウィング』の外国人描写はほんとダサいと思う。
三澤紗千香『I AM ME』
何かが突出しているか?と聞かれるとちょっと困るのですが、でもよいアルバムだと思うのです。
自分は三澤紗千香さんを声優としては全然知らないのですが、そういう状態であっても繰り返し聴いているということは、それだけ魅力的な一枚だという証拠ではないかと思います。
全体的にそつのない作りの音で、2020年に聴いてださくない音である一方、そんなに音楽を聴かないオタクにも門戸が狭くなっていない印象です。これを、「オタク向けの曲」「音楽好きのための曲」をそれぞれ配置することで全体のバランスを取っているアルバムは複数あるのですが(伊藤美来『Rhythmic Flavor』がその代表例かつ成功例だと思います)、このアルバムの場合、個々の曲はどちらか一方に振ることないながら、全体として「良い音」は維持している、という印象を受けました。
それが「オタク向け女性声優のアルバムの平均点」以外の価値があるのかどうか、と問い詰められるとそれはそれで答えに詰まるのですが、たぶん、このアルバムは五年後・十年後も「オタク向け女性声優のアルバムの平均点」として、現在の満足感を維持してくれるだろうと思うのですね。で、そういう聴き心地のアルバムもまた、「名盤」というものなんじゃないかと思うわけです。
早見沙織『GARDEN』
早見さんのキャリア上は『JUNCTION』や『シスターシティーズ』のほうが目立っている感がありますが、自分がいちばん聴いている(そしてこれからも聴くだろうと思う)のは本作でした。
西山宏太朗『CITY』もそうですけど、こういうミニアルバムを好んでしまうのは、やはり2020年という状況が大変すぎて、娯楽としてはこじんまりとしたものが適しているような一年だったからだろうなとも思います。
地名そのものがタイトルになった『Akasaka 5』を始めとして、都市生活の空気が充溢していますけど、都市に染まりきらず、一線を保っている感じがあります。「都市とあなたとわたしの歌」ではなくて「都市で(たまにあなたと)生きる『わたし』の歌」、という感じ。「わたし」が一番重要。スタンドアロンぶりがかっこいい。
しかもそのかっこよさ・強さが、才能ある早見沙織さんしか持ち得ないものじゃなくて、聴いている平凡なリスナーにも得られるんじゃないかという勇気を与えてくれるようにも思えます。早見さんの歌を聴いていると、人は誰だってちゃんと背筋を伸ばして一人で生きていけるんだ、と信じられる気がしてくるのです。
山村響『Suki』
3曲のみをおさめたEPなので、厳密には今回のセレクションからは外すべきなのですが、今年一番聴いた一枚だし、この一枚がなければ2020年を最後まで生きることはたぶんできなかったので挙げざるをえません。
作詞作曲編曲録音、パッケージにMV撮影に販売にとすべての工程を自分ひとりで行ったという作品の成立過程が、歌の聴き心地と一致していることの美しさ。
もともとわたしは山村さんが好きでした。彼女の過去の作品には、山村さんのそれまでの活動などを知っているからこそ感じられる良さがたくさんあったのですが、しかし音楽の価値を最終的に決定するのは、聴く人の耳がどうとらえるかであって、山村響さんのキャリアや制作過程というのは一旦切り離して考えなければいけません。
しかし本作の場合、まず、単純にとてもよい音・歌で、よいEPなのです。ベッドルームミュージックの流行を咀嚼した的確な音の配置、美しいメロディ、都市(といっても山手線圏内じゃなくって京王線/井の頭線沿線の区内。まあこれは私の勝手な見立てですけど…)に住む独身者の生活の空気をみごとにスケッチした歌詞。そして収録された三曲がつくる一つの流れと、聴いた後の満足感。すばらしいというほかない一枚だと思います。
そしてそのうえで、前述のような制作過程による加点がある。
「自分の部屋で一人きりで作る音楽」は、2020年には特段の価値を持つようになってしまったと思います。星野源*1も「僕らずっと独りだと/諦め進もう」*2と歌わざるを得なかった年に、実際に、かように独りでよい音楽を作り上げた人がいるということは、わたしの心を大いに励ましてくれました。
大橋彩香『WINGS』
これは山村響『Suki』の対極にあるような一枚です。すごく売れている声優さんによる、たくさんの才能が関わって、世間の注目のもとリリースされたフルアルバム。
で、「自分はそういうの関心ないですね~」というのが聴く前の印象だったんですけど、これはこれでちゃんと2020年のアルバムになっていてすごいなと思ったのでした。
アルバム中盤、ミクスチャーロックの二曲(『HOWL』『Winding Road』)がけっこう出来が良く、居住まいを正したところに、『MASK』というあまりにもストレートな2020年の曲が登場します。感染防止のためのマスクというよりは、自意識のうえにかぶせる仮面、というニュアンスのほうが強い歌詞ではあるものの、むしろ、マスクをつけることが一過性のことに終わらず、われわれの生活の一部、顔の一部になってしまった2020年12月現在では、そうした歌詞のほうが刺さるものがある。わたしたちが毎日つけているマスクも、感染防止のためという以外の意味を持ってしまっているからです。
で、その次の『NOISY LOVE POWER☆』はコロナ禍以降で奮闘する人たちへの応援歌――に聴こえるのですが、2018年にシングル曲として発売されていた楽曲だと後から知って驚きました。NOISYなLOVEのPOWERなんて存在できなくなってしまったのが2020年だったわけですけど、このアルバムは『MASK』のあとにこの曲を配置することで、それでもやっぱりそういうPOWERが必要でしょう、と謳ってみせるのです。この曲のあとに続く、アルバムリリース時期ぴったりのクリスマスソング『キミがいないクリスマスなんて』が「2020年の冬のアルバムである」ことを強く意識させることからも、この配置は明らかに意図的だとわたしは思います。そうすると、アルバム終盤の『like the melody』『お月さま』も、2020年のメッセージソングに聴こえてきてしまう。
こうなるともう、まんまとアルバムの作り手たちの手のひらの上で踊っていくしかない、というわけでして、もう一度アルバムの最初に戻ると、(いい意味で)脳天気な陽性の大橋彩香さんの歌がすべて、2020年冬のリスナーであるところの自分に刺さるように機能していく。繰り返しますけど、わたしは大橋彩香さんにはほとんど何も思い入れはなかった人間ですので、そういう人間にこういう受け止め方をさせるのはすごいことだと思うのです。
こういう、ポップミュージックがその時代と誠実に対話しているさまを見ると、感動してしまいます。アルバムのうち、半分くらいは自分の好みの音楽ではないのですが、それでもいいアルバムだと言わざるを得ない力がある一枚でした。
以上の七枚が、2020年のわたしの声優さんのベストアルバムでした。
他によかったもので文中で触れなかったものとしては、鈴木愛奈『ring A ring』(鈴木愛奈の過剰な歌唱力を臆することなく炸裂させて偉い)、上田麗奈『Enpathy』(たぶん音楽的な聴き応えだけでいえば今年一番の名盤では)、斉藤壮馬『in bloom』(こんなものを作詞作曲できちゃう才能だったのかこの人、天才じゃん)、あたりでしょうか。
あと、ファンのみんなのことは好き、だけど求められる型だけにはまるつもりはありませんので…、という伊藤美来『Rhythmic Flavor』、年齢がなんぼのもんじゃい、という工藤晴香『POWER CHORD』など、女性声優からのメッセージが明に暗に聴き取れたのも楽しかったです。
定期的にジェンダーに関する問題が炎上するオタク文化界隈ですけども、業界の中の人たちの意識やその発露の仕方は(すごくゆっくりだけど)着実に変化しているんだろうな、と思います。リスナーとしてはそういうところもちゃんと聴き逃さないようにありたいです。
そういう意味でも、おそらくは個々の意思がよりダイレクトに発露しているであろう、声優さんがメジャーではないところでリリースするアルバムには注目していかなきゃなので、山村響『Suki』と同じくBoothでド年末にリリースされたMICHII HARUKA×BVDDHASTEP(道井悠)の『Howling』は早いとこ聴かなきゃいけないなと思うし、武内駿輔とLotus Juiceのユニット・AMADEUSもそろそろアルバム出してほしいなと思ったりしています。2021年の声優さんによる音楽活動も、楽しみなことばかりです。
最後に、声優さん以外のベストアルバムと、ジャンル区分なしのベストソングも挙げておこうと思います。
声優さん以外のベストアルバム
・THE 1975"Notes on a Conditional Form"
最初に聴いたときはちょっと掴みづらかったんですけど、なんだかんだ仕事中に流していたのはこの一枚でした。
・Moment Joon『Passport & Garcon』
日本のヒップホップアルバムで唯一聴いてた。あとはTHA BLUE HERBとRHYMESTER、たまに般若くらい。山村響『Suki』と同じくらい、支えてもらった感じがある。
・Ryu Matsuyama『Borderland』
コロナ禍以降、いちばん仕事がつらかった時期(5月ごろ)の残業中によく聴いていたのだけど、聴くと思い出して辛くなるせいか夏以降はもっぱら聴かなくなった。でもいいアルバムです。
・BBHF『Mirror Mirror』
これは去年のアルバムで、今年また新しいものを出していますけど、こっちのほうが好きです。今年一番聴いた曲はこの人たちの『バック』(か『リテイク』)だと思う。
・DABIN"Wild Youth"
ジャケットがかわいい。秋以降、仕事中(というか残業中)はずっとこれを聴いてました。郷愁感のあるエレクトロが好き。ここで貼った動画はアコースティック版ですけどこっちもまあまあいいです。
ベスト楽曲(2020年以前のものも含む)
・中島愛『水槽』
・CYNHN『2時のパレード』
・ぜったくん『Parallel New Days』
・AmPm『プリズム(feat.みゆな)』
・ハンバートハンバート『教訓1』『虎』
・BBHF『リテイク』
・The Chicks"March March"
・アイラヴミー『答えを出すのだ』
・土岐麻子『HOME』
・内田彩『声』
・Sacha Collisson"Tropical Love"
・ぁぃぁぃ『ねむの気力』
・Maica_n『海風』
・三森すずこ『ゆうがた』
・川島明『where are you』
・Hiplin feat.kojikoji『帰り道』
わたし、この川島明さんの『where are you』が2020年のいちばんいい曲のなかの一つだと思うんですけど、あんまり同じ意見を目にできなくて無念です。神田沙也加の歌詞が泣ける。恋愛とか友情とかが長続きしないオタク気質の人は聴いて泣いてください。