こづかい三万円の日々

40代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

輝きのあとを生きる/『ラブライブ!』シリーズの大人たち、そして山村響について

 『ラブライブ!』のアニメシリーズにおいて、主人公である9人のスクールアイドル以外に登場する人物は非常に数が限られています。
 そのぶん彼らにはそれぞれ重要な役割があるわけですが、今回は大人の脇役について考えてみたいと思います。

 


 『ラブライブ!』『ラブライブ!サンシャイン!!』に登場する大人たちとその声優をかんたんにリストアップしてみましょう。


ラブライブ!
・穂乃果の母:浅野真澄
・ことりの母:日高のり子
・真姫の母:井上喜久子
・にこの母:三石琴乃
・女性シンガー:高山みなみ

ラブライブ!サンシャイン!!』
・高海志満:阿澄佳奈
・高海美渡:伊藤かな
・千歌の母:釘宮理恵
・梨子の母:水樹奈々
・善子の母:椎名へきる


 実に錚々たるメンバーが揃っています。声優オタク、アニメオタクでもない人にも名前やその代表作がよく知られている人たちばかりです。
 脇役を演じる声優については、オーディションではなく、音響監督の長崎行男の采配で決まっている可能性が高く*1、この配役にはなんらかの意図があるようにわたしには思えます。


 声優一人ひとりの個性は置いておくとして、このリストの声優たちの共通点を探すとすれば、いずれもアイドル的に熱狂的な人気を誇ってきた声優たちである、といえるでしょう。彼女たちはμ's・Aqoursにとってアイドル声優としての先輩なわけです。
 なぜ主役のアイドルたちの周りに、アイドルの先輩たちを配するのか。
 一つには、アイドル声優としてのキャリアを歩き始めたμ's・Aqoursに、先輩の姿から学び取らせるためでしょう。映画でも演劇でも、若手俳優の脇にベテランを配し、演技においても、俳優という職業においても、長年のキャリアで培われた知識や経験を学ばせる、という試みはよく行われています。このとき、ベテランのキャリアが若手のそれに重なるようなものであればあるほど、互いの親近感も高まるでしょうし、知識や経験が参考になることも多いでしょう。
 さらに、先輩格の声優が登場することは、視聴者にも影響を与えます。アイドル声優として名を馳せた声優が出演することが、作品やμ's・Aqoursのアイドルとしての力量や正当性を保証するのです。先輩格の声優たちが、若手の後ろ盾になって、「この子たちも私と同じくすばらしいアイドルですよ」という無言のメッセージを視聴者へ向けて発するわけです。
 この効果は、リブートものの映画において、旧作の俳優たちが新作に脇役で登場することで得られるものをイメージしてもらえるとよりわかりやすいかなと思います。J・J・エイブラムス版『スター・トレック』にレナード・ニモイが出ていたようなものですね*2


 さて、こうした大人たちのなかで、わたしがもっとも好きな配役が、『ラブライブ!サンシャイン!!』に登場する、山村響さんの演じた「先生」です。

 

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「はーい、みなさん!ここで転校生を紹介します。今日から、この学校に編入することになった…」 

 

 「先生」は高海千歌たちの所属する浦の星女学院二年生のクラスを担当しています。セリフは、1期1話の上記の一文だけです*3
 このセリフは、スクールアイドル部を立ち上げながらも仲間が集まらず焦る千歌と渡辺曜のまえに、秋葉原からの予期せぬ転校生・桜内梨子をいざなうものです。
 先生自身は、この言葉がどれだけ重要なものかはわかっていません。この直後に展開される『Hand in Hand』のライブパートも、千歌の妄想であって、先生にはもちろん、梨子にも見えていません。そして梨子は千歌のスクールアイドル部への誘いをあっさりと断ります。高海千歌と物語は走り始めますが、すぐにつまづいてしまう。そして、そういったすべてを先生は知りません。
 でも、それでも、そうした1期1話の走り出しそうで走らない構成も含め、そこに響く山村響さんの声は、作品を祝福しているように聴こえるのです。


 山村さんも、記事冒頭のリストの面々と同様に、アイドル的な活動経歴を持つ声優です。彼女は、アニメ『蒼き鋼のアルペジオ アルス・ノヴァ』発のユニットTridentの一員として、2013年から2016年にかけて活動していました。
 Tridentがラストライブを行ったのは、2016年4月3日のことでした。そう、μ'sのファイナルライブの翌々日のことです。


 Tridentの詳細については省きます。とにかく、Tridentは、そして山村さんは、輝いていた。ぼくにとっては、μ'sと同じくらいに。
 ラストライブの夜、Tridentは最後の輝きを放って、解散しました。
 その翌日から、μ'sもTridentもいない日々が始まりました。それは平和でもあり、辛くもあった。平和だから、普通の日々だったからこそ、辛かったのかもしれません。まあ、あの複雑な気持ちは、この記事を読んでいるような人のほとんどは知ってますよね。
 知らない人は、『ラブライブ!サンシャイン!!』2期13話Bパートを観てください。高海千歌が、あの輝きを知ってしまったあとの日々の辛さを代弁してくれているから。


 人は、輝きを知ってしまったあと、どうやって生きていけばいいのか。
 自分の人生にはめったに降りてこないような眩しい光を見てしまった人間は、どうやってくすんだ日常を生きていけばいいのか?
 ぼくは、そういう気持ちは、ステージのこちら側、客席にいるファンだけが抱えるものだと思っていました。しかし、そうではない、ということを、山村さんは教えてくれました。
 Trident解散後、ときどき、山村さんは弱音を口に出してくれたのです。まるで、Tridentやμ'sを仰ぎ見るこちら側の人間みたいに。

 

「平気だって思ってる中でも、やっぱりずっと周りの輝きや過去の自分に捕らわれて。

自分の中で自分の輪郭を決めつけちゃって、もうそれ以上何者にもなることができない。

そんな感じだった気がします。」

*4


 山村さんは、Tridentとしての活動以前から、「hibiku」という名義で音楽活動を行っていました。ライブは200人程度の会場で、CDはAmazon同人音楽即売会などでの販売、というインディーズでの活動です。
 小さなライブハウスでの自分自身の活動と、幕張メッセや品川ステラボールといった大会場でのTridentの活動を、同時に並行して行っていた時期もあります。自分一人の力で立てる場所と、Tridentとして立つ場所の差を、彼女自身が認識できないわけがなかった、ということなのでしょう。そして、率直に口にするには難しい複雑な感情を、慎重に言葉を選びながら、山村さんはたびたび語ってくれました。その弱音は、弱音だけれど、ぼくに力を与えてくれました。
 そして、山村さんは、そんなふうに弱音を吐きながらも、たとえTridentのときみたいな広い会場でないステージであったとしても、それでも見事に光り輝いてみせていた。
 世の中には輝く人と輝かない人がいて、ぼくにとっては山村さんは輝く人で、自分は輝かない人だと思っていました。でも、山村さんの弱音を聞いて、そんな二元論は無益な思い込みかもしれない、そうぼくは思えたのです。


 Aqours高海千歌は、μ'sのように輝きたいという気持ちを抱えて、スクールアイドルを志します。輝いていない「普通怪獣」が、自分も輝けるかもしれない、と信じて跳ぶ。そして、一度だけではなく、一度体験してしまった輝きに囚われながらもまた新たな輝きを求めて再び跳ぼうとする。ぼくにとっての『ラブライブ!サンシャイン!!』とはそういう物語です。輝かざる者たちが、輝きを得ようと戦い、ときには敗北して、しかしそれでも再び挑む物語。
 山村響さんが演じる名もない教師の一言が、そんなAqoursの物語の幕を開く。その配役に、製作者の側はそこまで大きな意味を込めていないかもしれません。むしろ、そのあとの梨子の声やドラマティックな展開を引き立てるために、さらりと聞き流される声でなくてはいけなかったはずです。
 それでも――いや、そんな「普通」の声だからこそ――ぼくはつい、そこに大きな意味を見出してしまい、嬉しくなってしまうのです。


♪♪♪


 さて、最後にお知らせ。
 今週末はいよいよAqoursのサードライブツアーが始まるわけで、もうAqoursのこと以外考えられないぜ!というかたがほとんどかと思うんですけども、なんと今週、山村響/hibikuさんの新しいミニアルバムが発売されました。しかも今回は、キャリア初の全国流通盤です。
 hibikuさんは、昨年、それまでの音楽活動上の共同作業者と決別せざるを得ない状況になってしまったらしく*5、いっときは音楽活動自体を休止することも検討していたようです。一時は、直近にライブの予定がありながらも、既存の持ち歌をまったく歌えないという状態にまで追い込まれていた彼女に手を差し伸べたのが、Tridentへ楽曲提供をしていたヒゲドライバーと彼を擁する事務所・TOKYO LOGICのクリエイター陣でした。今回のミニアルバムでは、昨年から今年にかけてのライブで披露されてきた、TOKYO LOGIC体制下でのhibikuさんの新しい楽曲を聴くことができます。
 いい意味でも悪い意味でも垢抜けなさの濃かったこれまでのhibikuさんの音楽活動に比べて、今回のミニアルバムは格段にポップです。と同時に、それでも全曲の歌詞をhibikuさん自身が書いているのでやっぱり垢抜け切れてはおらず、そういうとここそが、輝きを目指す途上にいる人ゆえの魅力につながっています。

 一曲目の『Love Magic ~素直になれないアタシが最高に可愛くなれる魔法~』なんて、いやもうそのサブタイトル、ちょっと恥ずかしくないかなあ、と思うじゃないですか。ぼくは正直思った。でもこれがですね、もう、すべての声優と声優を愛する人に聴いてほしいと思わざるを得ない、声優讃歌なんですよ。アンセムですよ。ほんとうにすばらしい。
 CDを買わなくてもこの曲だけはフルで聴けちゃいます。

 


hibiku/山村響 「Love Magic ~素直になれないアタシが最高に可愛くなれる魔法~ 」 Music Video.


 役から力をもらい、そして声で役を活かす。声優とはなんてすばらしい仕事なんだろう、と思わされます。そのメッセージを、問答無用で伝えてきてくれるhibikuさんの歌唱力といったら!

soundcloud.com


 Soundcloudでは、アルバム全体も試聴できます。

www.animate-onlineshop.jp


 6月10日日曜日には、秋葉原でリリースイベントも開催されます。12時からなのでAqoursのライブともぶつかりません。
 よかったら、Aqoursの物語のまえに、彼女たちの物語の幕を開いたあの「先生」の歌を聴きに行きませんか。もしかしたらその歌は、あなたの物語の幕を開ける手伝いをしてくれるかもしれませんよ。

*1:2018年4月28日「Saint Snow PRESENTS LOVELIVE! SUNSHINE!!! HAKODATE UNIT CARNIVAL ライブビューイング特別応援会場in大宮ソニックシティ」にて、松田利冴さんが、自分たち同級生を演じた声優は、Aqoursと被らないような声質を狙ってキャスティングされたと長崎音響監督から言われた、と発言していました。

*2:この例はちょっと特殊すぎたかもしれない…あれは『ラブライブ!サンシャイン!!』に三森すずこ園田海未役で出るようなもんだし…。

*3:もし他にも喋っていたら教えてください。

*4:山村響オフィシャルブログ 2017年12月31日「2017年。」 https://ameblo.jp/funnytrain/archive1-201712.html

*5:このあたりの事情はあくまで推測です。でもたぶんそういうことだと思う。