こづかい三万円の日々

30代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

「無責任な自己正当化人間」と言われてしまった

2008年6月8日千代田区外神田の中央通り沿いで起こった大きな事件について|桃井はるこオフィシャルブログ「モモブロ」Powered by アメブロ という記事については特に何も言うことがないのだが、そのブクマコメントが「無責任な自己正当化人間」ホイホイになってて面白いことになってるよ\(^o^)/
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20080611/1213162474

 、という記事にぼくのコメントも取り上げられた。
 もしかしたら全部ネタなのかも。
 それにマジメに反応しちゃうのは恥ずかしいかもしれないが(しかも二日遅れで!)、言いたいことは言っておく。

 ぼくの桃井さんの記事に対するブックマークコメントは以下の通り。

「いまは、桃井さんのように、心を尽くし、頭を懸命に働かせて、事件や秋葉原について言葉を紡ぎ、行動することが大事なのだと思う。秋葉原はまだまだ大丈夫だ。おれたちはまだまだこんなもんじゃ終わらない。」

 読み返すと、確かにぼくのコメントも「自己正当化」の匂いを感じさせてしまうコメントだったかも。前半と後半が繋がっていないからな。後半は雰囲気でものを言っている。今回の記事に取り上げられること自体は反論できません。

 id:aureliano氏のコメントは以下の通り。

むしろ終わらせて新しく始めた方がきっと上手くいくよ\(^o^)/これまでの反省とか事件から何かを学び取ろうという姿勢はゼロなんだね\(^o^)/

 んー、これが的確なツッコミとは思えないんだよな。
 「むしろ終わらせて新しく始めた方がきっと上手くいく」って、なにを根拠に?
 後半の「これまでの反省とか事件から何かを学び取ろうという姿勢はゼロ」というのも、「頭を懸命に働かせて、事件や秋葉原について言葉を紡ぎ、行動する」と言っているので、いわれのない批判でしかない。

 id:aureliano氏は、次のようなことも述べていて、いまの秋葉原には根本的な問題がある、と考えているらしい。だからぼくが安易に秋葉原を肯定的に表現したのが許せなかったのだろう。

「なぜ標的として秋葉原が選ばれたか? そんなの、小理屈こねなくても分かるだろう。「秋葉原がオタクの象徴の街」だからだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「犯罪を招くことになった「秋葉原的な何か」については、今や完全に見直す時期に来ている」
「もっと、物事を直感で、短絡的に考えた方が良い。これまで「長」絡的に見てきたことが、こういう結果を招いた。長絡的に、秋葉原とかオタクというものを受容してきた結果、こうした事件が起こった。この事件は、そういうコンテクストから読み取った方がずっとうまくいく」
くさいものにフタをするな - ハックルベリーに会いに行く

 ただ、なぜ「秋葉原的な何か」が問題なのか、については詳しい記述を見つけることができなかった。

「リアルを見ても、ネットを見ても、男女関係不全に悩む人々はあまりにも多いじゃねえか。これはもう、社会の問題として、みんなが協力して、男女をうまくカップリングさせるシステムをちゃんと構築し直した方がいい」
お見合いおばさんの復権 - ハックルベリーに会いに行く

 ってことで、非モテを野放しにするのが「秋葉原的な何か」とされているのかも。このあたりはaureliano氏の今後の記事を待たなければいけない。
 ぼくとしては、「男女をうまくカップリングさせるシステム」については基本的に賛同するけれど、そういうシステム外にいたほうが幸せな人もたくさんいるのだから、希望者のみを対象にすべきと思う。すなわち、「秋葉原的な何か」も今後も存続させていくべきだろう。

 とにかく、「秋葉原的な何か」のなにが問題なのか、早いところ書いてほしい。「秋葉原とかオタクというものを受容してきた結果、こうした事件が起こった」なんていう、一見すると無茶苦茶すぎる暴論に基づいてキツいツッコミを入れられたんじゃ、こちらはたまったもんではないです。