こづかい三万円の日々

40代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

もやしっ子に寄す

 もやしブックスとして各種の読書子向け小冊子等を発行するに際し、下記のような巻末言をしたためた。
 元ネタは岩波文庫の「読書子に寄す」、をパロった伊藤ガビン「読書ッ子に寄す」(MF文庫『ジュブナイル』)です。
 われながらいいアジ文になったと思う。

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もやしっ子に寄す

 真理は万人によって求められることを自ら欲し、とはじまる岩波文庫の巻末言「読書子に寄す」に心昂らせ、世の真理の追求を志つつも、しかし世界と対峙するまでの強き心と身体をついに手に入れられぬまま、もやしっ子たちは冷暖房とコンピュータが完備された部屋の外へ飛び出すことを躊躇し続ける。
 世界は広大で不条理で粗野だ。そこで戦い続けられるのはほんの一握りの英雄のみである。幼稚園の砂場で、小学校の体育館で、中学校の定期試験で、それを思い知った者たちの心には、諦念と、永遠に追いつけない英雄たちへの憧憬が刻み込まれる。
 すべての者が英雄になることはできない。しかし、英雄のことを語り継ぐことは誰にでもできる。物語を己の全身全霊をもって受け止め、咀嚼し、次代へと引き継ぎ広めることで、己と同じように世界で苦闘する者たちの力になることができる。あるいはそれは、時の経過による風化と忘却から、物語をも、英雄をも救うことになるかもしれない。
 この混沌に満ちた世界で、偉業と蛮行を、慈愛と依存を、叡智と冷酷とを取り違えないでいることは難しい。よきものをみつけるためにはよきものと数多く接し審美眼を養うしかない。よきものは、よき書物のなかに満ちている。
 さあ、躊躇と憐憫と怖気づいた愛を胸に、共に読もう。暗夜を行くもやしっ子たちの道程は決して交わることはないが、それぞれの持つカンテラを遠く視認しさえすれば、ボンクラにしか照らせない何かを互いのなかに見つけることができるはずだ。
 すべてのもやしっ子のためにもやしブックスはある。

2012年7月

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 このアジ文が載った最新刊「もやしブックス夏の100冊」は鋭意作成中で、8月4日の発寒商店街古本市で頒布します。みんなきてね!