こづかい三万円の日々

40代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

ノーカントリー

 一見、インパクト強烈な殺し屋とDIY精神あふれるナム帰りの男が繰り広げる逃走劇で、そのへんを期待するボンクラな観客にもサービス満点なつくり。しかし、見応え充分な追いつ追われつのドラマに気をとられていると、いつのまにやらとんでもない次元に身を持って行かれることになる。


 原題の"No Country For Old Men":「老いたもののための国はなし」という文言は、劇中、老保安官たちがしきりに現代の犯罪の異常さを嘆くことに沿ったもの、すなわち「今の世の中おかしいぜ。昔はよかったよ……」という類の懐古主義を表すものではない。
 町山智浩さんが解説されているように*1、この文言が指し示しているのは現代だけではない。何百年、何千年と続いてきた人の世そのものを表している。


 トミー・リー・ジョーンズが演じる、事件を傍観する保安官*2は現代の犯罪を嘆くが、終盤、リタイアした保安官仲間の元を訪れ、20世紀初頭に惨殺された保安官の話を聞かされる。
 人々が意味もなく残酷な運命にもてあそばれ死にゆくこの世のすがたは、十年前も、百年前も変わらない。この映画が1980年代を舞台としているのも意図的ではないか。殺し合いを繰り広げたナム帰りの男は、その後も再生産され続けている。クウェート、アフガン、イラクと、その悪夢の生産地を変えただけで。


 殺し屋たちは生き続ける。無意味に死をばらまきながら。

 そして、保安官もまた生き続ける。われわれと同じように。

*1:http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20080320

*2:そう、決して介入しない! 彼は命を脅かされるわけでもなく、大切なものを失うわけでもない。しかし、映画の最後で彼が酷く傷付き、安寧とした老後を迎えられないであろうことが描かれる。