こづかい三万円の日々

40代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

『ルート・アイリッシュ』

 前回「つづく」とか言っちゃったけどつづいてません。ボンド話はまたそのうち。
 『裏切りのサーカス』はもちろんのこと、現在『外事警察』に『ミッシングID』とスパイ映画が目白押しです。そんななか、公開がそろそろ終わりそうなこの映画を観てきました。

 紛争地帯での警備業務を請け負う傭兵ファーガス(マーク・ウォーマック)。バーの喧嘩騒ぎで数日間勾留されていた彼が釈放後に聞かされたのは、幼馴染で傭兵仲間のフランキー(ジョン・ビショップ)がイラクの危険地帯で命を落としたという報だった。フランキーたちを雇う警備会社はテロリストによる襲撃だと説明したが、フランキーは死の直前、拘留中で連絡の取れないファーガスにメッセージを残していた。ファーガスはフランキーをイラクへ誘った後悔を胸に、真相を探り始める。

 バグダッドグリーン・ゾーンと空港を結ぶ道路ゆえ、国外からやってきた西側の要人が狙われる危険地帯となっているのが「ルート・アイリッシュ」。アイルランド人たちの物語と勝手に解釈しギネスを飲んで観賞に臨んだのですが、主人公たちの生まれはリヴァプールでした。
 映画の起点となる事件はイラクで起こるものの、主人公ファーガスが現在を過ごすのはもっぱらリヴァプールです。イギリスの人びとにこだわって映画を作っているケン・ローチ監督の映画ゆえイギリスを映画の中心に置くのは予想していたものの、イラクのことはもっぱら短めの回想と記録映像、そして登場人物の撮影したビデオのみで描かれるのには少し驚きました。
 さらに残念なことに、イラクをとらえたそれらの演出にあまり力がない。
 記録映像はいかにショッキングな映像であるとはいえ紋切り型のものが多く、逆に当地の悲惨さを薄めてしまっているように思ってしまいました。主人公たちの語りも映画の進行のための情報提供の域を出ていません。
 事件の真相に関わるビデオ映像を、一度観客に見せたあとで、しばらくのち本物の映像のモンタージュに繋げて再度見せる(結果、この架空の物語も現実に地続きなのだと思い知らされる)といううまいアイディアも含まれていただけに残念です。
 戦地の悲惨と日常を描く映画として、『ハート・ロッカー』『戦場でワルツを』といった傑作が作られている現在、もう少し力を入れてもよかったのではないかと思います。

 ただし、この映画が後半へ向け焦点をあわせていくのは、実はそれらイラクの悲惨だけではありません。より根源的な、人間の抱く暴力性についての問題意識がそこにはあります。
 終盤で明かされる真相、そしてそれを知ったファーガスがたどる顛末は、じつに苦い。クライマックスでファーガスが叩きつけるある言葉なんて、普通のアクション映画であれば実にスカッとするものなんですが、ここではそれがより一層の苦味をもたらしている。
 このあたり、さすが名匠といわれる監督だとしみじみ感心しました(あ、ケン・ローチは今作が初めてだったのです)。

 主演のマーク・ウォーマックは主にテレビでキャリアを重ねてきた人のようす。死線を渡り歩いてきた兵士の風格をたたえつつ、乱暴者特有のいやーな感じも備えていてうまい。
 字幕では翻訳されていないものの、ファーガスとフランキーは元SASという設定だったようです。真相を探るために色々と策を練ったりとか、小規模な傭兵派遣会社を運営していたりとか、実はそこそこ頭の回る男でもあるという彼のキャラクターはちょっと飲み込みにくいんですが、元SASであれば納得できるかも。
 どっちにしろ色気はあんまりない人なので、フランキーの妻が彼に惹かれてしまうという展開はやや難有りです。ファーガスとフランキーはいつだって一緒に行動する奴らで、ついには女すら共有する、ていう関係なのに、『裏切りのサーカス』みたいな雰囲気はまったく出てないのでした。

 そのせいか、スパイ感もまったくなし。軍需産業と戦う元SASの話なので、ちょっと期待してたんですが、まあケン・ローチですからね――って、観る前と観た後でケン・ローチに対するイメージがまったく変わってないなあ。