- 作者: ジェームズ・グレイディ,池央耿
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1975
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白昼のワシントンDC。CIAの末端組織「アメリカ文学史協会」が襲撃され、一人を除く全職員が惨殺される。唯一の生き残りマルカム――暗号名「コンドル」は、追っ手に命を狙われながら、公刊された小説を分析するだけのしがない部署のはずだった「文学史協会」が襲撃された真相を探る。
ロバート・レッドフォード主演『コンドル』の原作となった、グレイディのデビュー作。
マルカムは、ミステリ小説ばかり読んでいた学生時代、教授にスカウトされCIA入りしたというボンクラな青年だ。迫り来る刺客にあっさり消されそうなものだが、素人ながらも必死に頭を絞って危機を乗り越えていく。追う側にも制約があり、生々しく逼迫した追跡劇が一つの読みどころになる。
陰謀の中心には、恐らく当時としてはセンセーショナルで悪夢的だったであろう、政府内部の腐敗がある。そうした危機がいかに現実的であるかを示す、ジャーナリスティックな情報も多く盛り込まれており、当時のグレイディの本職を伺わせる。
そうした部分はいかにも王道のスパイ小説ではあるのだが、前述の主人公のボンクラぶりをはじめとして、グレイディらしいオフビートな味わいもたっぷりある。
たとえば、各章の冒頭には警句や実在の人物の発言などが引用されるのだが、クライマックスの章の冒頭に掲げられるのはこうだ。
「従業員は用を足した後必ず手を洗うこと」
――洗面所によくある掲示
なんじゃそりゃ〜。
いや、でも、この人を喰った態度が、劇中の切実で切羽詰まったマルカムの行動や心情に、不思議としっくりくるのだ。
狂気に操られているようにしか思えない地獄めいたこの現実と渡り合うには、こちらも狂気に足を突っ込んで、笑いながら戦うしかない。たとえばヴォネガットのような、笑いやばかばかしさを武器としたアメリカ文学の血も感じられる。この態度こそが、ぼくがグレイディ作品を愛する理由の一つだ。